第1話
神司と初めて出会ったのは、仲のいい5人組でかくれんぼをしている時のことだった。
「あっ……」
ドーム型遊具の下部に掘られたトンネルに隠れようとしたところ先客がいた。
彼は俺の声に反応し、こちらを見る。鋭い目つきのなかに垣間見える悲しい瞳。それはまるで人間を警戒している捨て猫のようだった。
「ここ空いてる?」
「広い空間だから空きはたくさんあるよ」
否定されなかったので、俺はトンネルの中へと入っていった。
四つん這いになりながら歩いている時に気がついたが、彼は足に絆創膏を貼っていた。
彼の隣に着くと一緒になって座る。横に置いていたランドセルが俺たち二人を隔てる。彼は読書をしており、『数字の不思議』という難しそうな本を読んでいた。
「足の傷どうしたの?」
「ちょっと転んで。大した傷じゃないよ」
「良かった。ここにはよくいるの?」
「うん。他に行く場所はないから。君は何をやっているの?」
「かくれんぼ」
「ここは流石に見つかりやすくないか?」
彼がそう言ったところで「豹雅、発見!」と鬼である亮太の大きな声がトンネルに響いた。彼の言った通り、俺はあっけなく見つかってしまった。再び彼を見るとジト目を浮かべている。
「名前教えてよ」
俺は気まずい雰囲気を打ち消そうと彼に名前を聞いた。
「王隠堂 神司(おういんどう しんじ)」
「王隠堂、格好いい名前だね。俺は小虎 豹雅(ことら ひょうが)。一緒にかくれんぼやらないか?」
神司に向かって手を差し伸べる。
彼は俺の手をしばらく見ると自分の手を添えることなく俺を見る。
「かくれんぼのやり方、教えてやるよ」
これが俺と神司のファーストコンタクトだった。
****
上からな物言いの神司だったが、かくれんぼの腕前は相当なものだった。
「はーい、時間切れ。豹雅の負けー!」
最後の一人である神司を探していると武己が俺へと呼びかける。
「ちぇっ。今回も豹雅を見つけられなかった」
俺は両手を組んで後頭部に乗せながら、やるせない様子で友達のところへと行く。
「豹雅ー、出てきていいよー」
武己が豹雅に呼びかけると、彼は集まっていた場所のすぐ後ろに隠れていた。
「そこ、最初に探したぞ!」
「見つからないように移動してきたのさ」
「ずる〜!」
神司とはかれこれ数十回もかくれんぼをしているが、一度も見つけたことはなかった。他のみんな同じだ。反対に、神司が鬼になるとすぐに見つかってしまう。
「どうしたら、そんなにかくれんぼ上手くなるんだ?」
「傾向と対策。君たちの今までの探し方や隠れ場所から大体想像はつくんだよ」
神司は得意げにかくれんぼの攻略法について語る。初めて遊んだ時の不貞腐れた表情はすっかり消え、笑顔が多くなっていた。それがなんだか嬉しかった。
「次は絶対見つけてやる」
「ていうか、俺たち5人が鬼になって神司を見つけるのがいいんじゃないか?」
「俺たちがずるしてどうするよ」
「「「「はっはっは」」」」
何気ない会話の後、再びジャンケンをして、かくれんぼを再開した。
****
「「あっ……」」
明くる日のかくれんぼで、俺は神司の言っていた攻略法を試すことにした。最初に隠れていた場所から見つからないように移動して、鬼である寛治が探した場所へと隠れた。
すると、運が良いのか悪いのか神司と同じ場所に隠れることになった。
「あんまりうるさくするなよ」
神司は小さな声で俺に注意喚起する。俺は「はいはい」と言いながら寛治の様子を見守っていた。
「なあ、豹雅……ありがとな」
寛治が遠くの方へ離れていったところで神司が小さく呟いた。
「いきなり、どうしたんだよ?」
「いや、2人きりになるタイミングがなかったからさ。今言っておこうと思って。君にかくれんぼを誘ってもらって良かったと思ってる」
「何言ってんだよ、友達だから当たり前だろ」
「あの時は赤の他人だったろ?」
「1回喋ったらもう友達だよ」
「なんだそれ。基準低すぎだろ。でも、そっか。俺たち友達か……」
照れ臭そうに言う神司に俺は頬を緩めた。愛らしい表情を見せる神司に嬉しさが込み上げてきたのだ。
「あー、神司と豹雅、発見!」
その瞬間、後ろから寛治の大きな声が聞こえてきた。喋っているうちに公園を1周して戻ってきてしまったみたいだ。
「おい、豹雅。何してくれるんだよ、見つかっちゃったじゃねえか!」
「俺のせいじゃないだろ。最初に話しかけてきたの神司じゃん!」
「あーあ、俺の連勝記録が終わっちまった」
「俺としてはいい気味だぜ」
「なんだと!」
俺と神司はかくれんぼが終わるまでの間、そうやって戯れるような喧嘩を繰り広げることになった。
****
俺たちは1箇所に固まらず、色々な公園でかくれんぼを楽しんでいた。
だから遠出の時は、帰るのにすごく時間がかかる。
「みんなの将来の夢って何かな?」
帰路を歩いていると、ふと庵が俺たちに聞いてくる。
「俺は警察官。悪い奴らをみんなとっ捕まえるんだ」
先手を切って俺が答える。それから庵、亮太、寛治、武己と順に答えていった。
「俺は科学者。人類がまだ知らない秘密を発見したいんだ」
最後に神司が答える。彼の将来の夢は彼らしく賢くてロマンのある夢だった。
「科学者かー。神司らしいな。ノーベル賞とったら、みんなでお祝いしてやろうぜ」
「そんな簡単に言うなよ。この世にごまんといる天才の中で抜きん出なきゃいけないんだぜ」
「神司ならいけるって。かくれんぼがめちゃくちゃ得意だし。俺が保証する」
「根拠が薄すぎないか」
俺たちのやりとりを他の4人が微笑ましく見ていた。
「なんか豹雅と神司って、性格は正反対なのに相性はすごくいいよね」
ふと庵がそんなことを言った。
「性格は正反対?」
「バカと天才ってことだろ」
「誰がバカじゃい!」
「そこまで酷くはないけど、情熱の豹雅と冷静の神司って感じかな」
「情熱っ! いい響きだぜ!」
「……やっぱ、バカの方がいいんじゃ」
「だから誰がバカじゃい!」
再び繰り広げる俺たちのやりとりに4人は相変わらずバカ笑いしていた。だから俺も自然と笑みがこぼれた。こんな時間が一生続けばいいとそう思っていた。
****
小学6年の卒業式。
俺たち6人は学校近くの公園に集合した。
手には各々が小学生時代に大切にしていた宝物を持っている。これからそれらに手紙を入れてタイムカプセルとして地面に埋めるのだ。この時はまだ小学生だったから、公園でのタイムカプセルがマナー違反であることは分からなかった。
「なんで天使?」
俺は神司の持っていた片手サイズの天使のぬいぐるみが気になってボソッと口にした。そう言う俺は、愛用の大きなティラノサウルスのフィギュアだ。腹の部分に将来の自分に宛てた手紙を巻いている。
「別にいいだろ。これしかなかったんだから」
「いいけどさ、なんか可愛いなと思って」
みんなが揃ったタイミングで各々が持参したスコップで穴を掘る。寛治がシャベルを持って来てくれたので穴掘りはスムーズに進んだ。大きく掘られた穴に、宝物を入れて掘った土で埋める。
俺はティラノサウルスが地面に埋もれていく姿を見て悲しくなった。やっぱり違うものにしておけば良かった。
「これで完了。いつ掘り起こす?」
「今度みんなが揃う時にしようぜ。神司はいつ帰ってくるんだ?」
神司は小学校卒業と同時に県外へと引っ越す。
頭の良い中学校で寮生活を行うそうだ。先月に入試試験があって首席で合格したらしい。母さんに聞いたら、「すごく頭がいい子だ」って言っていた。そりゃ、神司だから当たり前だ。
「うーん、成人式にしよう。将来に宛てた手紙だから大人になってからの方がいいと思う」
「おー、いいねー。僕も賛成」
神司の意見に庵が賛成する。他の3人も同意した。
ティラノサウルスが8年も眠ってしまうことを躊躇ったが、みんなが賛成するならと俺も乗っかることにした。
こうしてタイムカプセルは20歳になってから掘り起こすことになり、神司は県外へと引越していった。
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