捕縛

 冬吉ふゆきちと名付けられた赤子が十七回目に知った秋のことであった。草が枯れはじめ、落葉樹がそれを知って傾きかけたのような黄色おうしょくの衣に着かえた頃である。屋敷に住んでいる中年のせた女と散歩に出掛けていた。それは、さてそろそろ帰ろうかということになってしばらく歩いたところで起こっていた。一軒の屋敷から男の喚声が聞こえたので女とふたり足を止めて容子ようすうかがって事態を知ったという具合であった。

 男は庭で「放せ、放せ!」と喚いていた。なにやら二、三人の、暗色の着物の男に囲まれて拘束されようとしている。

 男は體に縄を掛けられぬようにと身を捩って喚いた。「おれは悪くない、あんなのをおいていては、おれたちの方が危険に曝されることになる!」

 「おとなしくしろ」「暴れるな」と暗色の着物の男の声があがる。

 「やめろ! なあ、どうしろっていうんだよ! あんな、あんな鬼みたいな子どもをおいて、どうして平和な暮らしができるんだ! なあ、どうすればよかったんだ! おれが悪いのか、自己犠牲の美徳に逆らった、おれが悪いのかよ!」

 男はとうとう縄を掛けられて、庭から出てきた。番犬のように縄に繋がれた體裁ていさいの悪い姿を周りの冷眼に曝しながら目的地まで歩くのである。「おれだって、おれだって彼奴あやつがまともだったならあんなことはしなかった! 子に呪われた親に救いはないのか!」嘆く男を連れた暗色の着物の男の表情は暗い。嘆いた男は香が燃え尽きたように黙り込み、冬吉と交わった視線を逸らしては項垂れて足を引き摺った。

 「冬吉さん」女がいった。「あのお方はなにをなさったんでしょうか」

 「鬼のような子どもを捨てたんだろう。子が元服げんぶくを済ませる前に。自分らの身を守るためといっていた」彼は袖の中で腕を組んだ。

 「鬼のような子とは、どのような子でしょう」

 冬吉は淡灰色たんかいしょくの着物におおわれた、同年代の者と比べて薄い肩をすくめた。「おれに子どもはいない。鬼のような子も仏のような子も知らない」

 女はしばらく黙っていたが、歩きながら再度「冬吉さん」と隣を歩く少年を呼んだ。冬吉は女に一瞥くれて続きを促した。「あのお方は、どうなるんでしょうか」

 「二十年、牢屋敷で過ごすことになる」と冬吉は応じた。「簡単だ、子の生まれた者には二十年、その子が元服するまで養育の義務が課せられるが、それに逆らえば牢屋敷で二十年過ごすことになる。このくにという親がもう一遍育て直してくれるんだよ、子を持ったような、元気なおおきな赤ん坊を」前にやった右の下駄が小石を飛ばした。「子が、生まれて間もないちびでも、一週間後に幼名を捨てる青年でもおなじだ。捨てた、家内で冷酷に扱った、そういうことが知れたら二十年を牢屋敷で過ごすことになる」

 尤もこの二十年との定めには、子に冷酷に接した者、子を捨てた者に対する処罰としてあまりに短い、いいや彼らにも事情があるのだから長いくらいだとそこかしこで談論されている。

 冬吉はそれについてまるで関心を持たなかった。自分が子を持つ将来はないように思われた。ひとというのがすでに、女であろうと男であろうと疎ましいものだったのである。対する者がひとりでもすくないのが望ましいのに子まであってはたまらない。

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