或る家族
鬨丸—ときまる—
とりの小気味よい囀りが届く晴天、
「うまいじゃないか、
鬨丸は高く結った髪を揺らしてよろこんだ。六歳になってから
「おれもいよいよ、兄さんに勝てるようになりましたね!」
八助は大げさに弟を見下ろして笑った。
八助は弟から
八助は満足して吹筒を下ろした。「おれの二勝だ」といって口角を上げると、素直な弟は不満げにくちびるを尖らせた。
「五回勝負です、兄さん!」
「ほう。このあと三度続けて、おれに勝つわけかい」
鬨丸はむっとして、足音を立てて兄に近づくと吹筒を奪い取った。兄は大らかに笑って弟に場所を譲った。
鬨丸は兄が抜いてきた矢を込めて、吹筒を構えた。
鬨丸は深く息を吸い込んだ。吹筒にくちびるをあてて、胸にあるたけの空気を吹き込んだ。飛び出した矢は果たして、ちいさな円の中央から右にずれたところを刺した。ふらつく頭に酸素を取り込みながら、鬨丸は満足した。
悪くない、これで兄さんにも勝てるぞ!——
八助は黙って吹筒を受け取った。先ほど抜いてきた矢を込めながら位置につく。自分のありとあらゆる
八助は乾いた口の中で緊張を飲み込んだ。的がずいぶんとちいさく見える。深く息を吸い込んで、そのままゆっくりと吐き出した。負けることが
八助はようやく吹筒を構えた。
なんてことはない、万に一つこの一度負けたところで、おれが二勝、鬨丸が一勝だ……——。
八助は矢を吹いた。矢はちいさな円に収まりはしたが、その中心までには弟の吹いた矢よりずっとおおきな距離があった。
濡れたような
あれでは誇れない——……。
ため息をついた八助のそば、鬨丸が縁側を振り向いた。「母さま!」と声が弾ける。八助が見たとき、母は膝を揃えて
「母さま。おれも、直に兄さんに勝てます!」
「まあ!」母はおっとりとした声で応じた。「すごいわ、鬨丸。八助の見ていないすきに鍛練しているものね」
母は二男を揶揄うように微笑して、「さあ、お茶をお飲み」とふたりの息子にすすめた。
八助は縁側に腰かけると、母から湯呑みを受け取って一口飲んだ。すぐ隣に坐っ
た弟に、母から受け取ったもう一つの湯呑みを渡した。喉を鳴らして飲む弟を見る。「練習していたのか」
鬨丸は口の中でくちびるを舐めた。「いいえ、兄さん。これはおれの才能です」
八助は内心そうかそうかといって、おとなぶって笑ったが、ふと冷静になって、心から「そうだろうな」と応じた。鍛練であそこまで変わるとは、八助にはどうしても思えなかった。鍛練の結果といえばたしかにそうであるのかもしれないが、しかしその大事なところには、鬨丸の才能というべきなにかがあるように思われた。鍛錬したところで五年前の自分があの距離からあれほど正確に的を射ることができただろうか。八助は、できただろうと自答するだけの自信と根拠を持ち合わせていなかった。
「鍛練に励むのにもまた、」母がおっとりといった。「才が要りますからね。鬨丸はそういう才を賜ったのね」
八助はふと幼い嫉妬に駆られて「ふん」と鼻を鳴らした。「母さま、九歳の子どもであの技量じゃ、
「おれは吹き矢の神さまってことですか?」と鬨丸がじょうずに煽るので、八助は「なに、乱暴に扱われた吹き矢の怨霊だろうよ」と返した。
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