第18話 答え合わせ

 僕と春は、藤崎裕樹を待つため、屋上にいた。見晴らしの良い屋上には、春の風がまだ吹き抜いて、春や僕の髪、肌を撫でる。

 春が、藤崎祐樹が来る前に手を合わせたいと願い出したので、僕は首肯してフェンスが張られている屋上の端に行き、手を合わせた。

 誠、今日で全てのことが終わると思うよ。ようやく、君を見つけ出せれる。

 心の中で呟くと、フェンスの先から見える落ちていく太陽と目が合う。目に映る全てのものに、濃く輪郭が描かれているように感じるほど、世界をくっきりと認識できた。あの電信柱や、道や、家々、街そして世界も。

 もう春の季節も終わるのだろう。グラウンドの端に咲いている葉桜も殆どが散り切っている。


 「この季節ももう、あと少しで終わってしまうんだね」


 僕は、季節を憂う。


 「そうだね。でもただ終わるんじゃないと思う。次の季節にバトンを託して、自分の役目を終えるんだと思う。そして、次の年の自分の番まで、眠りにつくの」

 「そうか、季節は、どこまでも続いていくのか」


 僕は、春の言葉に納得して、次の季節に想いを馳せる。ガチャリ。屋上の扉が開いたような気がした。そこには、藤崎祐樹が真っ直ぐこちらを見ているのがわかった。口は横一文字にくいしばって、胸を少し張っていた。


 「さあ、答え合わせを始めようか」


 僕は、自分に言い聞かせることも含めて言った。




 「来てくれて、どうもありがとう。祐樹」

 「いいさ。お前らも家に閉じこもっていた俺に会いに来てくれて、ありがとうな」


 祐樹は頭を掻く。


 「さあ、初めようぜ。誠の死について」


 祐樹は気恥ずかしさを隠すように、捲し立てる。


 「ああ、そうだな」


 僕も圧倒され、しどろもどろになる。呼吸を落ち着かせ、言葉を考え、紡ぐ。


 「まず、初めだが、祐樹。この本のことをお前知っているよな?」


 僕は鞄から蔵書点検の時に見つけた本を取り出して、見せる。


 「そ、それは。何故お前たちがそれを」

 「蔵書点検の時に、夏彦君が見つけてたの。それで、藤崎君はこの本を借りてたよね?貸し出しカードにも書かれてあったから」

 「ああ、確かに俺はその本を借りたことがある。だから何だって言うんだよ」

 「僕も祐樹だけが借りていたら、特別に気にはしなかっただろう。だけれど、この本を祐樹が借りた後に、ある男も借りたんだよ。そいつの名前も貸し出しカードに書き記されている。祐樹以外にこの本を借りたもう一人の名前は鳥海誠だった。だからと言って、この本のことが誠に当てはまることは分かるが、祐樹は果たして当てはまるのか分からない。しかし、この本が今回の件に深く絡んでいるのではないかと思ってならないんだ。根拠なんてものはない。状況を繋ぎ合わせて行った、ただの予想であり、妄想だ。つまりだ。こんなことを聞いてしまうのは、憚られるものではあるが、決して浮ついた興味本位からではなく、今回のことについてしっかりと目を向けたいと思っている。だから、問いたい、祐樹、君はこの本の内容と同じことを持っているのではないか?そして、誠との間で、その内容に関する何かが起こったんじゃないのか?教えてくれないか」

 「ちょっと待ってくれ。と言うことは何か?お前たちは、特に奈々丘も誠がそうであること知ってたのか?」


 僕と春はお互いに視線を合わせて、同タイミングで首肯する。僕は深く静かな海から、海面へと顔を出すことを決心するように、今まで触れることの難しかったその言葉を言う。


 「僕たちは知っていたんだ。誠がゲイであることを」

 

 屋上は静寂に包まれる。口火を切ったのは、祐樹だった。


 「そうか、そうだったのか」


 祐樹は考えがまとまらないようで、宙に視線を泳がせる。ふと、祐樹の顔に翳りが出る。


 「合っているよ。俺も誠と同じ、ゲイだ」


 祐樹は親に隠していた嘘がばれたようなバツの悪そうな顔をしていた。


 「一つ聞きたい。お前たちはゲイについてどう思っている。やはり、気持ちが悪いとか、一種の病気だと思うか?」


 春は頭を横に大きく振る。


 「そんなこと、私は思ったことないよ。だって、人が人を好きになる時、その人たちはたまたま好きだった人が同じ性別だったという話でしょ?世間からは性的マイノリティーとか呼ばれてるらしいけど、私は、そんなの関係ないと思う。マイノリティーだからと言って、大手を振って恋をしちゃいけないとか、愛を語ってはいけないとかは決してない。無いんだよ。それに、他人が人の恋にどうのこうのと口を挟むけど、その人たちはいつも安全圏から物を言い、口出しした恋に責任を持たない。いつも恋と向き合うのは他の誰でも無い、当人なの。責任を持って自分の気持ちに向き合うのはいつだって自分。だから、恋や愛情と言うものは、他人には縛られるものじゃなく、とても自由なものであるはずなの」

 「僕も、春の言ったことと同じように考えているよ。付け加えるなら、確かに、この世はよく分からない物差しで様々なことを窮屈に計ってしまうのが現状だ。ゲイということだけ、世間は使わなくてもいい色眼鏡をつけて、勝手な判断を下す。まあ、そういう奴らは狭く薄暗い牢獄に入っているような世界観しか持っていないことが多い。つまり、信憑性もあったもんじゃない。だけれども、いつ祐樹が自分自身をゲイと認知したのかは知らないが、これまで、周囲の人間に気づけかれないようにして生きてきたのはとても辛かったんじゃないだろうかと思うよ。僕は君ではない。君の苦しみを本当の意味で分かち合えることは多分難しいと思う。けれど、君がこれまで頑張ってきたことや耐えてきたことは曲げることの出来ない事実だ」


 春は自身の思いの丈を僕は純然たる事実を述べたが、伝えたい思いは同じである。


 「そうか。お前たちは変な目で見ないんだな」


 祐樹は、先程まで強張らせていた表情が弛緩していき、地面の底を見るように目を落とし、肩が下がった。祐樹に僕たちの思いがどれだけ伝わったかは、図れない。しかしながら、思いが届いていなくとも、これから伝え続けていけばいいのだから、問題はないと思っている。


 「誠は、お前たちみたいな考え方ができる奴らだからこそ、つるむことを選んだんだろうな」


 祐樹は、息を肺いっぱいに吸い込み、身体を外らせる。そして、思いっきり、前屈みになり、吐き出す。両手をの拳を握りしめて、僕と春を見る。


 「色々、吹っ切れたけど、まだ、整理がつかないところがある。それはきっと一生付き合っていかなければいけないものなんだろうな」


 胸のあたりを右手で強く握る。


 「それじゃあ、話すとするか。俺と誠の話を」


 そう言うと、祐樹は夕陽の方を向き、目を細めながら見て、過去のことを話す。



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