第16話 結び

 春の言葉の後、沈黙が少し続いた。

 

 「君は本当に、とことんかっこいいな」

 「可愛いの間違いでしょう?」


 ひと息呼吸を入れ、夏彦は決心を固め、口を開く。


 「君が一緒に泣いてくれるなら、僕は君と一緒に笑ってあげる。だから、こんな僕とどうか付き合ってもらえないだろうか?」


 僕は、頭の中にあるボキャブラリーをフルに活用して精一杯の告白をした。

 ああ、自由に誰かを好きになることがこんなに嬉しく、何故か恥ずかしいものだったなんて、知る由もなかった。

 この世に幾万といる人の中で、かき分けて、お互いがお互いを好きになることは、運命を超えて必然性を帯びているように思える。

 春は、頬を緩め、目尻を優しく下げて笑う。


 「告白の仕方堅すぎだよ。でも、それが君らしくもあるんだろうけれど」


 頬を桃色に染めて、気恥ずかしさ内側から逃すように手のひらを顔に向けてパタパタと動かす。仰ぎ終わったところ、春はまた、口をゆっくりと開く。


 「はい。喜んで承ります」


 春は、彼女が持つ精一杯の笑顔で答えてくる。やはり、そうだ。



 「君のそういう可愛いところや気高く、誰でもほっとけない姿を見て僕は好きになったんだ」


 気持ちがいつの間にか声に出ていた。


 「へえ、君はわたしをそんな風に見てくれてたんだ。」


 春も僕もこれ以上無いくらいに、恥ずかしさを顔に出していた。自分のプライベートスペースを覗かせているみたいな恥ずかしさが背筋から襲う。


 「君の言葉でようやく僕の中の救われない気持ちを救い上げて、許すことができた。本当にありがとう」


 僕は恥ずかしさも同様にあったが、そのこと以上に感謝の気持ちを伝えられずにはいられなかった。


 「そっか。君の中で君を苦しめてたことにやっと、ピリオドを打てたのね。君のことのはずなのは分かっているんだけど、私もなんだか嬉しい」


 春は日差しの様な暖かい笑顔をつくる。


 「そういえば、なんだか、君は僕の悩みというか秘密を知っている風だったね」  

 「鳥海君に教えもらったんだ、一応秘密とは言われなかったけど、軽く言えるものじゃないと思って、話さなかったの。でま、もうこうなったら言ってしまった方がいいよね」


 春は一息置く。


 「君の秘密は知らない。これは事実なの。だけど、君が恋に対して億劫な人であることを鳥海君が教えてくれてたの。そこで、何かしら理由があるのか気になり、鳥海君に聞いた。そうしたら、荒瀬君が、君が、家の事情からそうなったと教えてくれた。だからと言うわけでもないのだけれど、それは私が介入するよりも、君自身が君を省みて、君と向き合うことでしかどうにもならないと思った。だから」

 「だから、ああやって、僕を僕が振り返ることができるために応援してくれたの?」


 春は首肯する。


 「とてもお節介だったかもしれないと考えたけど、こうやって貴方が私と向き合ってくれて、貴方の中で解決できたと思えて、嬉しかった。本当によかった」

 

 春は、また、ボロボロと涙の粒を溢れさせる。また、君はそうやって僕のことで泣いてくれるんだね。自然と僕も涙玉を流す。お互い、今日は泣いたり、笑ったり本当に忙しい日になった。だけれど、お互いに特別な日になったのは間違いなかった。声を大にして泣いたわけではないけれど、一生分の涙を流したと思った。瞳の水分が底をつき、感情の起伏は通常へと戻っていく。


 「なんだか、今日は忙しい日になったね」

 「確かにね」


 春はいつもと同じように僕の言葉を優しく受け入れてくれる。僕は、誠に僕の秘密を話したことについて、後悔はしていなかった。むしろ、今になっては良い方向に転がっているから秘密を話しておいてよかったとさえ考えてしまう始末である。


 「そういえば、君は誠の秘密を知っていると言ったね。それって、つまりこれのことかい?」


 僕は、先程見つけたある一冊の本を二人の間の中央に置いた。それは、貸し出しカードにある二人の名前があった本である。


 「そう。この内容のことを鳥海君から教えてもらった」

 「実は、この本には、誠とあともう一人彼の名前が貸し出しカードに書かれていたんだ」


 僕は貸し出しカードの欄を春に見せる。


 「これって、まさか、鳥海君の秘密はこの鳥海君と彼に関係しているの?」

 「わからない。だけれど、何かしら関係があるんじゃないかと思っている」


 本を強く握りしめて、題名に目を落とす。もしかしたら、あの二人の関係は。推測が憶測を呼ぶ。


 「とりあえず、今度彼に話を聞いて、突き止めましょう」

 「でも、彼がいつ来るかわからなくないか?」

 「実は、昨日帰りに職員室によったら、先生たちの話が聞こえて、そしたら、来るって言ってたの来週くらいから。私、彼とは同じクラスだから、来た時に声を掛けておくわ」

 「何から何まで、本当に用意周到だね。君は」


 僕は呆気にとられた。やれやれ、僕はとんでもない人を好きになってしまったようだ。心の中でのろけてしまう。


 「わかった。来週はよろしく頼む」

 「あっ、あと、一ついいかな」

 「何だい?」

 「君って呼び方、なんだかよそよそしい感じがするから、今度から春って呼んで。私は貴方を夏彦君と呼ばせてもらうから」

 「・・・わかったよ。春」

 「よし、それじゃあ夏彦君よろしくね!」


 春と僕は、蔵書の本を棚に戻して、肩を並べて、帰路に向かった。夕陽に少しだけ、雨季の香りがした様な気がした。

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