第8話 夏の日の思い出
その日の夜、夢を見た。小さい頃。小学一年生。まだ戦隊ヒーローが現実にいると憚らなかった時代。1日がとても長く感じた時代。
うだるような暑さが身を焦がす8月。僕は近くの公園のベンチの上で、今にも溶け落ちそうなアイスを舐め、涼をとっていた。
蝉は節操なく羽音をたて、暑さを引き立てる。額にはじんわりと汗が浮かび、大きな水滴はまつげにのる。瞬き、瞬間汗が目に入りこする。
すると、前方から足音が聞こえ見上げた。
「大丈夫?泣いてるの?」
顔を覗き込むように膝をおり、少年がこちらに話しかけていた。下まつげの長い彼は中性的で、大人の女性らしさのようなものを持っているように小学生の身ながら感じた。
「汗が目に入って擦ってるだけだよ。泣いてない」
「そうかい。それなら良かったよ。泣いてるのでなければ」
安堵の表情は本当に心からしているようであった。ふっ、と息を吐き落ち着かせる彼の姿を僕はただ見上げるだけだった。にかっと、歯を見せた彼は歳同様の雰囲気を持っていた。
まるで年齢がわからなくなった僕は、過去に見た鳥を思い出した。幼い雛のように動く鳥は、次の瞬間飛び立つと羽を大空いっぱいに広げて羽ばたかせる。その姿は、何年もの間空を飛び続けている貫禄を見せる。圧巻という言葉の意味をその時実感した。
目の前にいる自分と同い年くらいの少年には圧巻というまでも、自分より遥かに歳をとっているように見えてならない。
唇を舐めて顎を引く彼は、小学生である自分から見ても魅力的なものである。
「僕の名前は、鳥海誠。君の名前は?」
「僕は、僕の名前は・・・」
瞬間自分の名前を言おうとするが、視界がぼやけ平衡感覚が失われた。
意識はまぶたの裏にうつり、朝を迎えた。
朝の光は優しくカーテンの隙間を通り抜け、顔を照らす。時計はアラームが鳴る前の時間を表していた。薄暗い部屋を見渡して、目の前にある現実を噛み締めて、あふれそうになる気持ちを心の隅に追いやる。だが、追いやっても視界にちらつく。チラついて眩い。昔日の思い出は綺麗すぎて、どうしようもなく残酷だ。身体を起こし、足を床につけてベッドに座る格好になる。
手前の携帯を拾い上げると、着信履歴を見た。何もなかった。電源をスリープにしようと電源ボタンを押した。すると、通知音がなり画面が青白く光る。
「おはよう 今日何時に行く?」
以前、図書館で話しをした時にお互い連絡が取りやすいようにと携帯の番号などを交換していた。画面をタップして、「放課後 五時くらい」と打ち込み送信ボタンをタップする。画面が光る。「了解」そのあとに人気キャラクターのスタンプが送信された。程なくして、ベッドから離れて、洗面所へと向かった。
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