第4話 手紙

 通夜では、小学校、中学校の知り合いが多く参列していた。その後は何人かの友人と話を交わし、お互いに喪に服した。通夜が終わった後、月夜を眺めていると、誠の父親真砂が僕に話をかけてくる。


 「こんなことになるまで気づかないなんて、親として駄目だな、私は」


 苦笑をしてはいるが、落胆とした黒々とした瞳をのぞかせている。今にでも倒れそうな枝のように弱々しく真砂は言った。


 「誠は隠れてしてたんだと思います。だから、気づけなかったことに対して、気を病むことは無いと思います」


 元気つけるという意味も含んでいたが、心から思っていることをぶつけた。

 

 「そう言ってくれるかい」

 

 真砂は涙を頬につたわせ、うつむき肩を震わせる。人が亡くなる時は、世界が傾くように感じる。残された他の人たちは拭いきれない傷を負う。逝った人は今何を思うのか。今では問うこともできない。

 

 ところでこの話はここで終末を迎えるのだと僕は思っていた。しかし、物語というものは僕が思っているほど単純に、かつ、型が決められているものとは違うようだ。

 夏はまだ遠い。


 次の日、クラスに来た奈々丘春から声をかけられた。渡したいものがあるから放課後図書館に来てくれとのことだった。周囲の人達は何やら浮いた話かと思い、羨望の眼差しや嫉妬、冷やかしなどの空気が流れた。勿論、僕は気にしなかった。彼女も連絡事項を済ませたらとっとと自分のクラスに戻って行った。


 ―放課後―

 

 図書館には奈々丘春ひとりしかいなかった。彼女自身が図書委員ということもあり、図書館を使用出来るように手配してくれたらしい。

 お互いに貸し借り用のカウンターに対面して座る。


 「急に呼び出してごめんなさいね」

 

 彼女は眉毛を下げて言った。


 「別に大丈夫だよ」

 「それならよかった。久しぶりだから私少し緊張してたんだ」

 

 ハニカム彼女を見て、確かに周りが気にしてしまうほど目を引かれるなと感じた。


 「ところで、本題なんだけど」


 紙を僕の前に出した。その紙には未来の僕へという題が書かれており、文章が書かれていた。


 ざっと目を通す。(1話 日常の瓦解:冒頭の手紙)

 小学生にしては大変むずかしい語彙をつかっており困惑するが、誠が書いているモノだと思うとストンッと内容を頭に入れることができた。


 「これって遺書?」

 「ではないと思う。だって、小学生の頃のものだって鳥海君のお父さんは言ってたから」

 「悪魔って、一体どういう意味なんだ」

 「さあ」


 彼女は肩をすくめ。首を横に振る。

 僕はこの手紙が果たして子どもの書いた絵空事だとは到底思えなかった。これは直感にも似た感覚なのだが、この手紙は何か強い意志を持って書かれたのではないかと感じてしまう。


 「そういえば、これをどうして奈々丘さんに渡したの?」

 「息子が万が一亡くなった時に、これを私か君に渡してくれって生前言ってたみたい」


 なぜそんなことをしたのだろう。頭の隅々を見渡すが答えらしきものは落ちていない。そのこと以前に、万が一いなくなるということは、やはり誠には自殺の意思があったのだろうか。それもこんな昔から。

 無力感と歯がゆさとの板挟みでどうにかなりそうだった。


 「悪魔の勇気か...」


 先日の体育館でのことを思い出す。

 あれも一種の悪魔がみせた夢だったのかもしれない。馬鹿らしい。一瞬で頭の中から消した。消したが跡は残り風化していく。


 「これってどう言う意味なんだろう」


 彼女は首を傾げ指で示す。悪魔の勇気。どこかぎこちない気持ちにさせられる。


 「分からない。だけど、誠が子どもの頃に何かあったのかは連想できる」

 「その何かっていう部分を見つけてくれってことなのかな」

 「なんだか誠にしては不明瞭な点が多いな」

 「そうだね、余りにも抽象的だ」


 カーテンから入る風は暖かくそして、不安にさせるようにささやかだった。手紙を見て、不安になったのもそのせいに違いない。


 「とりあえず、最近誠がどんな行動をしていたのかを知って、この手紙との関連性を掴むのがいいんじゃないのかな」

 「かもしれないね」

 「彼は何故命をなくしてしまったのか」


 誠の真意はどこにあるのだろうか。それは彼が知って欲しくないことなのかもしれない。けれども、彼は僕の友人であり恩人だ。大切な人の、無慈悲の死の理由を突き止めて手紙の謎を解く。


 そして、謎が解けたら、そしたら、そしたら何が残るんだ。


 分からない。でも、彼の気持ちを分かち合いたいと僕は願う。それがエゴだと言われても。


 「とりあえず、鳥海君のお父さんに話聞いてみよっか」


 奈々丘春は手紙を僕に渡して、立ち上がり言った。

 僕は首肯した。


 「それじゃあ、また」


 ぱたんとドアを鳴らし彼女は去っていった。手紙を見つめる。

 悪魔の勇気、か。

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