第11話

 1ヶ月後、メールが届いた。 


 十中八九、ご破産だろうと思っていたが、意外な事に要望は全て通った。ただし広告などは一切なし。初版部数も当初伝えられた数から大幅に減った。リスクをとって大々的に売り出すより、確実に捌ける部数をアクセス数から弾き出したというところか。金のない客から引っ張れる額をキャバ嬢が算段するのと同じだ。

 

 送られてきた見本を、アリサはしげしげと見つめた。実にそっけない装丁だ。それでも、ゆきの書いた小説が本になったのが自分の事のようにうれしかった。しばらくすれば実際に店頭に並ぶのだ。


 本を開き、はじめから読んでみる。

 

 妻と娘を突如喪い、断たれた未来を一人で歩まねばならない男の哀しみや苦悩、絶望的な孤独が物語の中に織り込まれている。

 

 泣いた――。人生で初めて読んだ小説に泣いた。


 ここしばらく、アリサには考え続けていた事があった。

 腹が決まった。


 スマホを手に取り、ツイッターを開く。

 一条さんに連絡を取るのだ。あの事故以来、一条さんはツイッターで精力的に情報発信していた。DMは開放されている。

 日々、嫌がらせや中傷を含め、多くのDMが届くだろう。その中で埋もれてしまうかもしれない。それでもかまわない。

 

 一条さんに、ゆきの書いた小説を受け取ってもらいたい。

 ゆきは叶うはずもないと諦めていたが、一番の願いは一条さんに読んでもらう事のはずだ。


 友人の立場で端的に書いた。

 幼い時に己も両親を交通事故で亡くし、港区のあの事故に心を痛め、わずかでも一条さんを励ます事ができないかと願いつつ小説を書き上げ、その後間もなく病没してしまったゆきという女がいた事を。


 ゆきが交通事故で死んだとは告げたくなかった。そこだけは嘘をつかせてもらった。


 DMを送り二ヶ月ほど経ったが、一条さんから応答はなかった。


 やはり駄目か……アリサがそう思った矢先、DMに返信が届いた。


 返事が遅くなったお詫びと喜んで本を受け取らせて頂きたいという旨が、丁寧に綴られていた。


 即座にお礼と、いつでも一条さんの都合のいい日時に本を手渡したい旨を伝えると、奥さんと娘さんの慰霊碑の前で待ち合わせる事が決まった。


 ねえ、ゆき――。


 一条さん、ゆきの書いた小説もらってくれるって。


 やったね、やったね、よかったね――。


 

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