第7話


 そうして、ゆきのゴーストライターを務める日々が始まった。


―― ではお願いします。


「あいよ」


 ゆきが読み上げ、アリサがタップしていく。


―― はやい!


「そ? 毎日LINEで客に大量の営業メール送ったりしてるからね」


淡々と作業が続けられていく。


「ああ、今日はここまで。眠くなってきた」


―― はい。お疲れ様でした。


 ゆきは約束を守り、アリサが疲れている時や不機嫌な時には決して現れなかった。


 そして計7回、1ヶ月ほどが経った日。 


 「できた!よーし、アップするよ!」


―― ああ……ありがとうございます。アリサさんのおかげで、完成させる事ができました。


 そう言うと、ゆきは正座をしたまま深く頭を下げた。


「そんな大したこっちゃないよ。ポチポチしただけなんだから」

 

―― いえ、私はずっと、自分が生きる意味をつかめずに生きてました。結局わからないままだったけど、せめてこの小説だけは完成させたかった。それをアリサさんが叶えてくれました。


 その瞬間、ゆきの背後に尋常ではない眩い光の塊が現れた。まともに目を開けていられない。


―― ああ……アリサさん、お別れの時がきたようです。


 何? どういう事?


―― 向こうに行くという事です。

 

 ゆきはそう言いながら手を前にそろえ、また丁寧に頭を下げた。


―― アリサさん、本当にありがとうございました。

 

「ただ打ち込んだだけじゃんか、大げさな」

 

 ユキは、微笑みながら首を横にふる。それから一瞬、何かに想いを巡らせるような顔をした。


 「何? どうしたの?」


―― アリサさん、私のID登録のメールアドレス、アリサさんのものに変えてくれませんか?


 「私の? そりゃ構わないけど、なんでよ?」


―― この小説にまつわること全ておまかせします。全てです。


 「なによ、まつわる事って。まかされたって困るよ。ちょっと、ゆき!」

 

 ゆきが眩い光芒の渦に引き込まれていく。光の中で、ゆきは穏やかな安心しきった顔で、その身を任せている。

 ゆきは、ゆっくりと光と同化していき、そして消えた――。


 「いっちゃったか、いっちゃんたんだね」


 さっきまでの眩さが、うそのような暗い部屋でアリサは一人つぶやいた――。

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