第5話:桜舞う傍で君は(最終話)
卯月と俺は雪降る道を歩いた。
公園を出て家へ向かう途中にあるコンビニを見て、俺は、
「ちょっと待ってて」
隣を歩む卯月に声をかけた。
コンビニでペットボトルのお茶を一本買うと、俺はそれを卯月に渡した。
「小銭しかなくて、これしか買えなかったけど。メリークリスマス」
「! これ」
ペットボトルの蓋部分にはおまけのキーホルダーがついていた。
「可愛い。ドラゴン?」
「竜だな。来年の干支だって」
「そっか……もう今年も終わるもんね」
「ウサギ年ももう終わりだな」
「そうだね」
キーホルダーを見つめ、卯月はにんまりと頬笑む。
「ねえ。私たち来年もあの家で過ごせてるよね」
「あたり前だろ」
俺の言葉に卯月は嬉しそうに笑顔を見せた。
家の玄関では仁王立ちした父が待ち構えていた。
時計を見るとかなり時間が経過していた。
携帯には父からの怒濤の着信が入っていて、俺たちは物凄く怒られた。
「大丈夫? どこも怪我してない?」
心配そうに顔を覗き込む清香さんを前に卯月の目は少し涙ぐんでいた。
その後四人で夕食を食べた。
卯月はこの日のご飯が今までで一番美味しかったと寝る前に俺に教えてくれた。
「悠樹今日はなんの日でしょう」
「皆大好きバレンタインデー」
「正解。はいこれ」
二月。
バレンタインデーに卯月は俺にチョコを渡してくれた。なんと手作り!
「啓介さんには会社から帰ってきたら渡すんだ」
「おう、喜ぶよ父さん」
「それとね、お母さん用も作ったの。お母さんにだけあげないのも可哀相だからね」
えへへ、笑う彼女の顔を見て俺まで嬉しくなった。
「つーかなんで俺だけわざわざ学校で渡すんだ? 家でいいのに」
「雰囲気よ」
「雰囲気?」
「学校で渡す方がそれっぽいでしょ」
「? なにが」
「はあ……授業始まるよ」
呆れた目で見つめた後卯月は先に教室に入っていった。
「……!」
こっそり中身を覗くと、ラッピング袋の中にはハート型のチョコが入っていた。
季節は冬から春へと移り、三月の頃だった。
新しい学年を迎える前に俺たちの両親の離婚が決定した。
俺と卯月が絆を結んでいく向こう側で両親たちの綻びは大きくなっていたらしい。
穏やかな話し合いのうえ、円満離婚という形で新しい家族生活は幕を閉じた。
「今日からまた他人だね」
学校の廊下ですれ違う中、彼女が俺に声をかけた。
「少しの間だったけど楽しかった。ありがとう」
感謝を告げる卯月だが、その声は以前の冷たいものに戻っていた。
「何か困ったことあったら声かけろよ」
何か声をかけなければと思った。
本当に、このまま卯月との関係も繋がりも綺麗に消えてしまいそうだった。
「もう片瀬には関係ないよ。私のことなんて」
でも、俺は受け取った。
彼女が渡したバレンタインのチョコを。
卯月の気持ちを。
「! 片瀬?」
俺は卯月の腕を掴んだ。
離れないように、しっかりと。
「なあ。俺たちってこんなんで離れる関係だった?」
「え……?」
「お前は親たちの離婚とかバレンタインとか何かしらで気持ちを区切ろうとも、俺がお前を手放す理由にはなってないよな」
「何言って……」
「だからーつまり」
ハッピーホワイトデー!!
鞄に詰め込んであったあめ玉を束ねたブーケを彼女の前に突きつける。
「好きです。これからも俺の側に、かけがえのない存在でいてください!」
ブーケを渡す手は震えていた。
頭を下げすぎてその先の彼女がどういう顔をしているかわからない。
今、卯月はどんな顔をしてる?
ぎゅっと目を瞑ったその時、
「ふっ。あははっ」
春の訪れを思わせる軽やかで温かい声だった。
「悠樹は本当に退屈しないね」
降ってきた卯月の笑い声に俺は嬉しい気持ちでたまらなくなった。
窓からそよ風と共に桜の花びらが舞い込んだ。
淡い桜の香りが、笑い合う俺たちを祝福するかのようにふんわりと包み込んだ。
恋以前、以後愛。 秋月流弥 @akidukiryuya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます