第50話夢のカケラ
翌年、秀繁は国立大坂大学・史学科に進学した。
周りの入学者とは1歳違いだが、それくらいなら世代が違って話題が合わないということはない。ないのだが、秀繁は今度は戦国になれた身体を現代仕様に戻すのに苦労した。話し方が堅物っぽかったり、ウォシュレットの水が出るたびに驚いたり、コンビニの便利さに今更感嘆したり、と。
周りからの評価は『ちょっと変わったやつ』から『本当に現代人か?』というものに変わっていった。
この時代に戻ったにもかかわらず、秀繁がふんどしを愛用していることもそれに一層拍車がかかってしまう。
豊臣秀繁はかつて没個性であった。それは虚無でもあった。
それは、何もないことを示したが、何ものも受け入れることを示した、白き糸でもあった。
何色にも染まることを示したが、一度染まったら、他の色には染まりにくいことも示した。
彼は戦国色に染まり過ぎていたのだ。
2年になろうとするとき、秀繁は大学内の掲示板に『
気になった秀繁は、もちろんゼミの応募に参加を申し込む。
そしてその面接の際、
「なぜ、うちのゼミを選んだんだい?」
サングラスをかけた教授はそう言って秀繁に尋ねた。
「はい。豊臣家の興亡を主題に置いている神子田教授の研究に、興味があったからです」
「興味も何も、君はそれを実体験しているだろう」
教授は言葉とともに、サングラスを外して、ウインクする。
「いや、実際に自分が体験したことをまた研究対象にするとは、怠惰な学生が一層楽をしようとしてるとしか私には思えませんな」
「は、半右衛門……?」
「まあ、私が死んでからのことを、私は実際にはよく知らない。あなたが死ぬまでのあたりのことを私にもよく教えて頂いて、一緒に研究していけたらいいですな」
教授はそう言って握手を求める手とともに、さらにいたずらっぽく半分舌を出すのだった。
※※※※※
神子田ゼミの初顔合わせの日。背が高く、色黒で目鼻立ちがはっきりとしている女性を秀繁は発見した。
「明智小春言います。大坂出身です。オトンが九州出身の古い考えの持ち主で、『女だてらに4年生大学はどうだろう、まして史学科なんて』って言われましたが、無事説得し、神子田ゼミの一員となりました。女でも歴史学んでええですよね。それではよろしゅうお願いします」
――やっぱり一言多いんだ、
400年経ったというのに、その代わり映えの無さに、思わず笑みが零れてしまう。
あまりにジロジロと意味ありげに見つめてしまったので、
少し
そうしてゼミの第一回交流コンパが始まった。
秀繁はポテトチップスを肴に、酒を周りの人間と酌み交わしていた。
大吾郎が、半兵衛が、宗茂が、信親が。その姿が脳内に鮮明に蘇る。
彼らと交わした酒席。それは400年経っても色褪せず、忘れることはできない。
そう物思いにふけっていると、明智小春が秀繁の前に座ってきた。
「豊臣くんやったっけ?」
「あ、ああ」
「
――え? と秀繁は反応してしまった。
「だって、いくら自分の先祖っていったって、歴史の偉人さんの名前を付けるとかキラキラネームやない? あんたの親御さん、まともやの?」
口が悪いとはわかっていた。けれども、この時代ではさらに磨きがかかっているようだ。
ゼミの自己紹介のときにわかってはいたが、彼女は、教授と違って前世の記憶はないようだ。
無念なようで、心新しくもある。
「子供に信長とか名前付ける人はおることはおるけど、それってさすがに
「豊臣秀繁の正室は小春という名前で、明智の人だったらしいじゃないか。君もよっぽどじゃないのか」
「あー、ウチ口説かれてるの? ほぼ初対面で? へー大胆やねえ」
――駄目だ、論点がずれてる……
「まあ、ウチもキラキラネームかもしれんなあ。そういうことやったら、
「でも豊臣の直系の子孫は、明智家の血も引いてるんだよ?」
「あー、やっぱり口説いてるんかあ」
ふむ、ふむと小春はジロジロと値踏みを初めて、
「まあ口説きにもこない草食系とか、絶食系とかよりかは感情表現が豊かな分、マシやと思うわ。短い間やけど、激甘採点で合格点差し上げましょ!」
――何が合格点なんだか……チョロすぎるだろ……
でも、もし、
そんなことまで考えて、先走る自分がいることに苦笑してしまう。
「ほう、うちのゼミから、もうカップル一号が誕生しましたか」
神子田教授はそう言ってみんなに乾杯を求めていく。
「豊臣、おめーずりーよ、いきなり!」
「何しにこのゼミ入ったんだよ!」
そういう怨嗟の声と冷やかしの声が半々に聞こえてくる。
「みんなー、ゴメンなー。ウチ一足先に幸せになったるわー!」
調子づいた小春の頬を、秀繁は思いっきり引っ張ってつねる。
「あいたー、なんやのー?」
「なんだよ、もう亭主関白じゃねーか」
そのおちゃらけてからかう言葉に小春は思いっきりVサインを返し、秀繁の耳元でこう呟いた。
「
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