第47話夢

 儲は豊臣秀光と名乗り元服した。

 文叔丸は北条氏秀と名乗り、北条家の六代目である。

 おかつと名を変えたおまけ姫は大吾郎の長男と婚約している。そして駒も懐妊し、最上義秀を産み最上家を相続している。

 秀頼も死ぬことはなく、このままいけば豊臣家を翼賛する柱のひとつとなるであろう。

 将来生まれてくるかも知れない秀繁・・は秀繁の子孫であるのか、はたまた秀頼を祖とするのか。


 立花宗茂は九州探題、長宗我部信親は四国探題としてそれぞれ立花山、岡豊に戻り、半兵衛には東北探題として、大吾郎には関東管領としてそれぞれ領地を与えたが、後者の二人は子に家督を与え、秀繁の傍に仕えることを望んだのだった。


 ときは戦国時代から二代・三代を経、大名とその家老と言えども殿中育ちの腑抜け・・・の世代になり牙をむこうにもやすりで砥がれ、また小規模ではあるが反抗が起きたときは豊臣家の武力で鎮圧していった。


 秀繁の改革は当初は全国庶民に歓迎されなかった。農地を増やしておきながら、働き手の子供は学校に取られるのである。明治維新が起きたときと同様で反発を持って迎えられた。

 それでも学制は次第に浸透し、記憶力だけでなく実地力も求められる。


 天皇家だけではなく豊臣家をも含む2つを頂点とした、版籍奉還・辞官納地・廃藩置県・徴兵令・地租改正は将来的に次第に行われていくであろう。学制が浸透しきり、国民がそれぞれ思考をはじめるときに上からの革命も進行を早め、歴史もそれに比例して加速する。


 明治維新も上からの改革だと言われている。日本の当時の人口3000万のうち、教養階級である300万の武士階級が起こした革命であるからだ。


 秀繁が望んだのは、3000万の人々がすべて上下、男女の身分を越えてそれぞれ考え、改革を進めていくというものであった。上と下のものが本来ある『人間』というものに戻って手を取り合う。一種の理想郷ユートピアであり、暗黒郷ディストピアの一角をも担うものであったかもしれない。


 しかし人間は考え続ける葦である。

 秀繁の考えだけでは至らなかった場合には後世のものがそれを修正し、加筆していくことであろう。


 しかしそれを見届けることなく、秀繁も秀光に後を託すときがやって来るのだった。




※※※※※




 秀繁は還暦を迎えた。

 その祝いに一族と重臣一同がそろってやって来た。


「父上、おめでとうござりまする!」


 一同を代表して嫡男・秀光が祝いの言葉をあげる。


「うむ」


 頭が白くなり、幾分か恰幅の良くなった秀繁は気持ち良さそうに答える。良さそうではなく、実際、秀繁は気分が良い。愛する妻や子供たち家族、一緒に戦乱の世の中を潜り抜けてきた家臣、誰もが欠けることなく戦国の世を駆け抜けてきた。

 それ・・を見ているだけで気持ちが良いのだ。


「今日は発表がある」


 秀繁は全員に向かって言った。


「儂は家督と関白の地位を秀光に譲って、隠居しようと思う」


 それは皆にとって青天の霹靂へきれきであった。


「父上。私は父上は、生涯現役というものであると思っておりました」

 秀光が言う。


「秀光よ、残した功績が多ければ多いほど、その者がいなくなったときの衝撃は大きい。世代交代というものに失敗して滅びた国は多い。これからは、そなたの国・・・・・を作っていかなければならない」


「はい」


「私の事業を受け継ぐのは難しいぞ。何せ、私が目指したのは世襲を根本的に否定する世界だ。本格的に民が育ってきたら、そなたの地位は安全とは決して言うことができない。むしろまず最初に民から首を狙われるのはそなただ」


「はい、わかっておりまする」


「いいや、そなたはわかってはおらん。だいたいまずは……」


「おまえさま!」


 小春が突っ込みをいれる。


「古びたものが、若いものに説教を垂れる、というのはあまり美しいことではないですよ」


「しかし、秀光が……」


 言おうとした途端に小春は秀繁の頬をつねる。


「いたたた……何をする……」


「はっきり言うとみっともないということです!」


 断言して小春はねじり上げた。


 ねじりにねじり上げた頬から痛みが消えると秀繁は言った。


「小春よ、我らも古びたということか」


「そういうことです」


「琴よ、そなたはどうだ」


「私はまだ気持ちは若いつもりです……」


「駒、そなたはまだ若いつもりか」


「つもりとは酷い言い方ではないですか。私はまだまだ気持ちどころか実際若いです!」


 三者三様の言葉に秀繁は笑った。


「秀光、おかつ・・・、氏秀、義秀、そなたらは母は違えど、皆かけがえのない兄弟である。喧嘩などして仲たがいすることなどないように」


「はい」

 と、四人は声を揃えて言った。






 秀繁は重臣と5人だけになった。

「大吾郎、私についてきて、どうであった」

 秀繁は試みに問う。


「一兵卒が大名になれたのです。こういうことは、滅多に起きることではございません。なかなか面白い人生でございました」


「そうか、半右衛門も最期はそう言っていた」


「最期などと。秀繁さまは隠居するだけであって、まだ亡くなるわけではありませんよ」


 秀繁はそれを聴いて笑い、


「そうだったな。さて隠居して何を楽しめばいいのやら。碁、将棋、香、茶、それに料理などもいいかもしれない。趣味にいそしむ余生を過ごすか」


「秀繁さまが元居た時代ではもっと楽しめることがあったのでしょうね」


「もう遠く昔のことだ。未来が昔というのはなんだか奇妙な気がするな」


「僕も実際に行ってみたかったです。幼年の頃、秀繁さまに聞かされた話に胸をはせ、何度心が高鳴ったことか」


 羨望の眼差しが秀繁をとらえている。




「半兵衛、そなたはどうであった」


「私は生まれてこなかった存在。それが大名になったのですから同じく面白い人生でありました」


 笑みが秀繁に届けられる。


「宗茂、そなたはどうだ」


「父が生き残り、孝行ができました。討ち死にする者が戦乱の世を生き残り畳の上で亡くなったのです。これまた面白いでありましょう」


 今度は感謝の念が。


「信親、おまえは」


「死すべき存在が、無くなる長宗我部の家が残ったのです。やはり殿に付いてきて面白かったというべきでしょう」


 更に尊敬の含んだ表情が。


「なんだ、皆同じ感想でつまらん。最初から打ち合わせておったのではないか」


 5人はそれぞれに笑った。


「僕らは半右衛門さまも含めて皆、秀繁さまに付いてきて面白い人生を送ったということです」

 大吾郎が代表して言った。


「最終的には大名としてのそれぞれの家を潰すことになる。それはどう思うか」


「僕らの運命は小春さまの言うとおり、儲けものの人生でありました。家というものは余禄に過ぎなかったのですよ」


 大吾郎が言う。


「それは、とてもいい夢でした」


「夢か」


「はい、僕らは夢を共有して参ったのです」


「そうか。そうであったか」

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