第45話それから

 そして宴も終わりを迎えると、秀繁は重臣たちとこれからの方針を話し始める。


「それで、殿下のこれからの方針は?」


 例によって半右衛門の一言から話ははじまる。


「うむ」


 もったい付けたように秀繁は咳ばらいをする。

 我ながら偉そうなことだ、とも多少思う。


「私は日本を明治維新、そして私が元からやって来た現代・・まで一気に日本を駆け上がらせたい」


「なんと……」


「維新で行われたことを、今のうちから少しずつ片し始めてしまおうということだ」


「つまりは大名をなくしてしまうのですか」


 これは大事なことだ、半右衛門たちは創業と守成を為すために400年彷徨ってきたのだし、大吾郎にしても大名になることが夢であった。宗茂、信親にとっても家を残すことは重大であろう。


「私の代だけでは混乱が生じてまだ無理であろう。だがのちのちにはそういうことになるだろう」


 思わず皆静まり返る。沈黙の中、秀繁は続ける。


「だが、このままでは徳川家が豊臣家に変わっただけで、明治維新の代わりとなるものがいつかは起き、そなたらの子孫は大身であるがゆえに死刑場へと送られるかもしれぬぞ」


 それを聞くと一同はハッ、とするのであった。


「今現在の日本を知っているか。鉄砲の数は世界一、そして世界最大の金の産有地である。豊臣家は宗家が220万石を持ち、私のもともとの石高120万石、そして伊達から没収した70万石を加え大体400万石だ。それに北条の200万石と最上の25万石を加えても良いかもしれない。その上で蒸気船もあり、豊臣家というのは、今は世界最大の軍閥のひとつなのだ。上からの革命をするのは、恰好のときなのだ」


「北条と最上は、このこと・・・・に味方してくれるのですか」


「それとなくだが内意は知っておる」


「秀繁さまが伊達政宗をどうしても処分したかった意味が、今となってわかります。秀繁さまの世にとって不必要であるというのはこのことだったのですね」


「そうだ。察しが良いな大吾郎」


 この方針にすれば一番反発するのは伊達政宗であろう。そして彼は若く、くすぶり続け、大乱とまではならないかもしれないが乱を起こすことは必定である。


「まずこのことを進めるには、戦国の世を生き抜いてきた第一世代の荒々しい武将が一線を退くまで待たねばならない。比較的反抗的でないおとなしい、骨のなくなった第二世代の世の中になるまで待たねばならない。伊達政宗は私と同世代であり、そして前者だ。誠に彼は私の世には不要であった」


「基本方針はそれとして、具体的にはどうしていくのですか」


「うむ。衣食足りて礼節を知るという。だが教育も衣食足りてなければできない。食うことができなければ、いくら勉強をせよと言っても無駄だ。まずは第一世代が亡くなるまでは農業政策に基盤を置き、その間に私が写本したものをさらに書き写し、師範学校を作って教師を増やしていくことからだろう」


 秀繁は半右衛門を見やった。


「口惜しいか、半右衛門」


 第一世代・・・・である半右衛門は口を開き、


、若はこの時代にお出でになってからも考えておられたのですな。私は若をこの時代に連れて来ることだけを考えておりました。そして戦国武将として育て上げることだけを……」

 半右衛門はしみじみと言葉を紡ぐ。


「若の時代で、豊臣家の執事をしていた頃から、私は若を見守ってきました。私も若の親のひとりであるつもりでした。しかし、いつの世も子は親の思惑を越えていくもの。そうでなければ、人の世に進化はありますまい」


「ここで上からの維新を起こせば、世の中はどうなっていくのでしょう。民主主義、独裁、資本主義、共産主義……」


 大吾郎はよく知っている。

 現代・・の大学生よりもその知識は旺盛だ。

 なんとなく単位のために授業を受けたり要領よくサボっている学生よりも、戦国時代の大吾郎の方が生き死にに関わってくる分、吸収力が強いのだ。


「今のところ独裁・封建主義だ。人の世の理想としては、民主主義で選ばれた飛び抜けて有能な人材による共産国家が一番理想なのかもしれない。しかしそれは必ず失敗し、人間には到底不可能であることを、歴史が証明している」


 秀繁は言う。


「私もお前も、そこまでは生きてはいまい。刹那すぎる考えかもしれないが、今現在を大切に生きるのだ。今を大切に生きていれば、それが積み重なって将来幾ばくのものになるか。児孫のために美田を買わずとはいうが、あえて児孫のために美田を買ってやり、将来の選択肢を増やしてやるのも親の務めであるだろう」


 だから、写本を毎日している。日々を繰り返している、延々と。

 彼の現代知識・・・・が何事もなく受け入れられるようになるのが、彼の目指す世の中のひとつの形であるのは確かだからだ。


 未来はどうなるかはわからない。

 オーパーツとも呼べる人材は確かに歴史上いた。だが、その人物が生きていた時代だけにしか影響を与えなかった人も多い。

 時計の針を進めても、結果的に歴史は収束するかもしれない。


 しかし、自分には出来ることがある。力がある。知識がある。

 それをこの戦国が終わった世に還元しても良いだろう。

 新たな生を謳歌させてくれた、この時代に対する感謝の一種。

 それが、秀繁の毎日を加速させる。






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※注 作者自身の政治信条は語りません。

 

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