第43話刻名
秀繁は教えられなくとも知っている。
今回自分に対して讒言をおこなってきたものが、自分が歴史を捻じ曲げてしまったために凋落したもの、浮かばれなかったものであること。秀吉に盲従するもの、日本中を巻き込んだ大乱あれかしと思ったもの、秀頼を有しさらに高きを望んだもの。
彼らは自己の利益を得るために秀繁を抹殺し、その後の政権をとってあわよくば自分の天下にするために必死であったのだ。それぞれ小禄でありながら天下に少しでも望みがあるなら乱を起こすために手段を選ばなかった。秀繁がもう少し不利な状況で戦況が長引けば、それぞれ自国から反秀繁を掲げて挙兵もしてきたであろう。
秀繁が徳川家康を斬り、伊達政宗を処断したのは小禄であっても、天下を狙いに細工を一番しかけてくるのが彼らであるからだ。むろんそれだけが一因ではないけれども。
今秀繁は大坂城の謁見の間の上座に居る。下座に居るのは秀繁に従ったもの、そして反旗を翻そうとしていたもの半々である。
そしてそこへ多数の書簡が運ばれて来た。
「これは私を讒言するために、父上へ送られた書簡のすべてである。しかし私はまだ読んではおらぬ」
あるものは額に汗を流し、あるものは緊張で身体が震えてきている。
そう、これから弾劾裁判、しかも結末は極刑と決まっているものが始まろうとしているのだ!
大吾郎は興味深く観察している。
あのものとあのものは、最初から秀繁さまの味方だったな。
ああ、こいつは脂汗がすごい。秀繁さまに反旗を翻そうとしたものだ。
二股膏薬、風見鶏、洞ヶ峠。いろいろな言い方がある。
こいつらが処断されるのが楽しみとまでは言わないが、いい気味だとは思う。
もし負けていれば、自分たちがこの目にあったのだ。
秀繁さまはどんな厳罰を処するだろう?
「火を持て」
そういうとお傍付きのものが大きな火鉢を抱え、もう一人が火をつけた松明を持ってきた。
秀繁はその松明を右手に受け取り、いったん上にかざす。
傍付きが大量の手紙の束を両手で火鉢に入れ、そして秀繁は右手を下げ、その書簡すべてに火を付ける。
火は炎となり、すべての書簡は黒く焦げ、プスプスと燃え上がった。
赤い光が黒い煙へと変わって行き、それを見ていたものたちの顔色も同様に昂揚していく。
最終的には黒炭だけが残り、秀繁を裏切っていたものは永久的にわからなくなった。
彼は手紙ごとすべての疑念を燃やし尽くしてしまったのだ。
ああ、と大吾郎は嘆息した。
復讐心に燃えていた自分では思いも付かない。
秀繁さまの度量はどれほど広いのだ、と。
『秀繁さまは漢の光武帝、魏の武帝と同じくすべてを不問にしようとしているのだ。そして秀繁さまは歴史に名を刻み、僕の手の届かない場所へ行ってしまわれた』
彼は教育の賜物により歴史の故事を知るものである。
理屈だけではない、ある種の感情が彼の全身を覆っていた。
「何か言いたいことはあるかね?」
秀繁は諸将にそう述べる。
「ありませぬ!」
自称『豊臣家の長老』である黒田官兵衛が言った。
「この黒田官兵衛も一度は天下を狙った身。しかしこのたびの秀繁さまのご赦免により、秀繁さまがご健在な限りもはや日ノ本に大乱を起こすものはございますまい」
その言葉を皮切りに諸将は一斉に平伏し、日ノ本の新たな支配者に心からの忠誠を誓ったのだった。
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