第41話下剋上

 そして10日が経つ。


 秀繁は謹慎しているが、噂は入ってくる。

 どうやら秀吉は、既に秀繁を自分の息子であるという認識からはずし、どうしても処刑したいようである。しかし、今更反乱しようにも屋敷は秀吉の兵に囲まれ、謹慎どころかもはや監禁であった。

 噂は尾ひれを付け秀繁どころか妻子、そして側室になる予定であった駒姫までとばっちりを受けて出羽から呼び寄せられて、秀繁の血族はすべて族滅されるとのことである。


「我がことならず、か…………」


 堀尾吉晴に言われたときに素直に挙兵していれば良かったのだ、と秀繁は後悔した。半右衛門はまた400年、そして自分以上の存在を求めさらに時をくだることになるのだろう。

 後世の歴史家が秀繁評につけるのは、今までの秀次とそうなんら変わりはないであろう。秀吉の甥であったのが実子であることだけが違いである。


 慈しむ存在であるのは、我が妻と子供たちである。自分に関わらなければそれぞれ違った人生を送っていたであろう。


 特に小春。


 彼女は実父が誰であるかわからなかったかもしれないが、市井で平凡な人生を送りそして過ごしていたであろう。彼女は不満を言葉で表すが、暴力沙汰を起こしたり他人を本気で困らせるようなことはしない。


 彼女のためにも自分は殺されるわけにはいかない。


 そうして考えているうちに、銃声や剣戟の音がする。


「殿、秀繁さま!ご無事でございますか!」


 聞こえるのは今となっては懐かしいような、今までこの戦国を一緒に生き抜いてきた古き良き声だった。


「我が君、拙者は受けた恩義はまだ返しきっておりませんぞ!」

「元より失っていた命、今使わせていただくことにさせて頂きます!」


 そのふたつはまだ聞き及ぶには新しいが、荒々しくも若さを連想させる声だった。


「秀繁さまを救い、そして父上を無実の罪から解放するのじゃ!」


 それは長年お説教を食らってきた声を、幾分か若々しくしたものだった。


「こっちだ! 大吾郎、宗茂、信親、半兵衛! 私はここに居るぞ!」


 秀繁は声帯の機能が壊れるかと思うほどに叫んだ。

 自分が助けてきた命に、今助けられようとしている。自分がしてきたことは、この4名に限っては正しかったようだ。


 屋敷を囲んでいた雑兵をなぎ倒し、大吾郎は秀繁のもとへと参上した。


「秀繁さま、ご無事で本当によろしゅうございました……」


「うむ」


「超過勤務手当というものをどうか頂きたく存じます」


「そんな言葉まで覚えてしまっていたか」


 秀繁はポリポリと頬を掻く。

 どうやら自分の過ごしてきた時間を大吾郎に話したのは、彼の人格形成に大きな影響を与えたらしい。


「はい、他にも半右衛門さまからいろいろ教えて頂いております」


「そうか、ではその半右衛門も失うことはまかりならんな」


「……はい!」


「北政所さまが、非はすべて関白殿下にあるとお認めになられたのです。加藤、福島をはじめとする北政所さま手飼いのものはすべて、秀繁さまにお味方するとのことです」


 半兵衛が言う。


「母上が……そうか」


「そして豊臣家の長老も、です」


「長老……?」


「拙者のことです」


 そう言うとまた古びた声が小さな影を伴ってやって来る。


「あなたの軍師を命ぜられてから20年近く経ちますが、まだ解任された覚えはないのですがね」


「官兵衛!」


「私は豊臣秀吉が強奪した世の中ではなく、豊臣秀繁がその仲間と創り上げていく未来の世界の方に関心を持っている。それ以上に、捕虜仲間にかける言葉がありますか?」


「殿、ご決断のときです」


「史書に悪く書かれようとも、皆一緒です」


「悪名でも、無名で終わるよりかは良いではありませんか」


「地獄に落ちようとも、そこまでお供つかまつります」

 

 秀繁はコクンと頷く。

 頷かざるを得ない。

 これは自分の戦国時代最後の大仕事だ。日本の、悲惨な自分の。半右衛門や半兵衛、宗茂、信親。そういったものの未来がこの号令で変わるであろう。


 声が詰まる。

 胸を越えて、喉まで登って来た言葉が出るようで出ない。

 しかし、ここで言わなければ。宣言しなければ、『豊臣秀繁』という人物の人生はまったくの無駄で終わってしまうではないか!


「皆のもの! これが……」


 全身が震えそうになる。


 それをこれまでで得た胆力で握りつぶす。


 そうだ。令和の人間が刀を、握り実戦を経験し、実際に人を斬っているのだ。


 現代の人間が戦国時代に来ればまずPTSDになることは確実。


 自分の、度量は、勇気は、精気はこのときのために戦国で養われてきたのではないだろうか。


 この言葉を言うためだけに、自分はこの世界に転生し、戦国武将として磨かれて来たのではないだろうか。


 秀繁は意を決し、言葉を発した。


「これが……戦国最後の下剋上である!」

 

 豊臣秀吉に対し、豊臣秀繁息子は高らかに、そう宣言した。

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