第40話讒言

『秀繁公は関白殿下に対し謀反しようとしている』

『秀繁公は関白殿下を弑逆し、茶々どのと拾君を粛清したあと関白を称し、天下を手中にしようと謀っている』

『神子田正治がどうやらその音頭をとっているようである』

 そんな噂と讒言は夏の始まりと共に流れ始め、夏が終わる頃には一般庶民の共通概念となっていた。

 たとえていうなら現代人が『民主主義』と聞いて、なんの違和感も感じることもなく、スラスラと述べられるほどにである。


「これはどうやら誹謗中傷も讒言もする『明確な敵』というものが存在するようですな」


 そう言っていた半右衛門は今現在蟄居を命ぜられ、謹慎中である。

 謀反の音頭を半右衛門が担っているにせよ担っていないにせよ、秀繁にとっては知恵袋を失ったのには変わりがない。秀繁は一番信頼していた家臣を失い、今までどれだけ半右衛門に依存してきたかを思い知らされた。


 そして大坂の屋敷にいた秀繁にも詰問使が送られてきた。選ばれたのは堀尾吉晴、前田玄以、宮部継潤、山内一豊、中村一氏の5名で秀次の事件のときと変わらない面子である。やはり歴史は秀次の代わりに秀繁を生贄にしようとしているのだろう。


 5名のほうも気が気でない。秀繁がその気・・・であるならまず間違いなく、最初に血祭りにあげられるであろう役割に選ばれたのだ。おおまかに言えばこの5名は、秀繁の死出の旅路への案内人である。


「まあ酒でも呑め」


 秀繁はわざと呑気そうに5人に言った。


「それがしたちは、酒を頂きに参ったわけではありません」


 はしごをはずされ、気もはずされて調子が狂ったように堀尾吉晴がそう言った。


「われわれは、秀繁さまを関白殿下の待つ大坂城へとお連れせよ、との命を受けて参ったのでござる」


 震える声で山内一豊が言った。胆力はあまり備えていない様子である。


「ふむ。大坂城へ私が参っても殺され、ここで断ってもそなたらに斬られるか、籠城するかしかないのであろう。これでは、やけ酒を呑むしかしようがあるまい」


 不満を掲げた声で秀繁は言った。

 そうとしか言いようがないではないか。

 自分を訝って、相手にしているのは現役の天下人。自分はその後継者とはいえ、実権を持っているのはかつての豊臣秀次と同じく寺社仏閣のことだけなのだ。

 その気になれば、秀繁は高野山に放逐され、永蟄居、もしくは切腹。悪くすれば武士の名誉を奪う斬首で終わるかもしれない。


「秀繁さま」


 詰問使筆頭であるはずの堀尾吉晴は、顔色を戻して言った。


「本当に、狂った関白殿下の命令で、ここで志半ばにしてお命を落とすおつもりですか」


 周りのものは全員ハッ、と堀尾吉晴を見た。


「関白殿下は狂ってしまわれた。それは秀繁さまが謀反を起こすなどという戯言たわごと以上に下々のものも知っておること。そして関白殿下の歳では、拾君が成人するより前に、なにものかが天下を奪うでしょう」


「ではどうせよ、と」


「具体的なことは、私の口から言うことは憚られます。実子である秀繁さまを成敗するということまでは、まさかいたしますまい。身を清めて、関白殿下が考えを改めるまでいったん謹慎、ということでこの場をおさめてはいかがでしょう」


「しかし、父上がそれで納得するかな」


「しないでしょう」


 吉晴は断言した。


「ものは言いようで、ただの時間稼ぎです。その間に関白殿下の身になにが起こっても不思議ではありません」


「命数を図る…………か」


「殿下の余命は、幾何いくばくもない。そのときに秀繁さまがおられぬと、再び天下は乱れましょう」


 この場で言って良いことと悪いことがある。他の4名にとっては後者であるはずである。特に実直を持ってなる山内一豊などは確実に秀吉に報告するであろう。


 秀繁は敵と味方を見極めようとしている。

 だが、堀尾吉晴とはここまで友誼を深めたことはなかった。

 秀繁はここまで彼のことを知らなかったが、その見識の高さに驚かざるを得ない。


「とは、神子田どののお言葉でござる」


「半右衛門が…………」


 納得である。半右衛門はしょっ引かれる・・・・・・・前に味方を増やしていたのだ。

 なんと頼もしい……いや、彼は彼の損得勘定で動いているはずだ。

 そこに秀繁と一緒に現代や戦国時代で過ごして来た情誼も数滴混ぜても良いはずでもある。


「この場は我らにおさめさせ、時を稼ぐのです。ひとたび殿下が正気に戻られたとき、秀繁さまを亡くしたと聞けば嘆かれることは必然。逆賊である明智家のものすら殿下は許してきたのです。いっときの迷いで天下のことを定めてはなりません」

 

 他の4名も納得したかのような不満げのような。

 とにかく秀繁は自主的にまた謹慎することにした。

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