第五章 そして再び幕はあがり……

第36話天下泰平

 季節はあらたな春を迎えた。

 草木は芽生え、太陽は照り付けるというには優しく、風は撫でるかのように体を透きとおっていく。


『春はあけぼの』というが秀繁にとって『春は真っ昼間』である。

 身体をつかさどる五感すべてが心地よい。

『夏も真っ昼間』である。

 身体が太陽によって火照ほてってきたときに浴びる行水は、この上なく気持ちよい。

『秋も真っ昼間』である。

 これから寒くなるであろうときに、少し厚着をして呑む酒は極上だからだ。

『冬は絶対真っ昼間』である。

 これは、ほかの時間が寒いから消去法でしかない。


 風情がないといえばそれまでだが、彼は平安の世に生まれた世襲の貴族ではなく、自らの力で勝ち取ってきた戦国武将兼風流を愛でることを忘れた現代人とのハーフであった。




 秀繁が戦国時代に来てやったことは、


・中国大返しを進言し、秀吉による黒田官兵衛への猜疑心をなくしたこと

・小春を娶り、明智家の血筋・家臣を残したこと

・徳川家康を討ち取り滅亡させたこと

・織田信雄家を滅亡させたこと

・琴を娶り、北条家と姻戚となり従属させたこと

・高橋紹運を助け、その子立花宗茂を配下としたこと

・長宗我部信親を助け配下とし、その父・元親の乱心を防いだこと

・駒を娶り(今のところまだ予定だが)、最上家が豊臣家から離反する可能性を著しく低くしたこと

・伊達政宗を退場させ後顧の憂いをなくし、滅亡させたこと

 などが主な事績である。




 重臣は

・神子田半右衛門正治

 を筆頭に

・僕大吾郎繁輝

・神子田半兵衛重治(半右衛門の息子)

・立花弥七郎宗茂

・長宗我部弥三郎信親

 となかなかに粒ぞろいである。


 宗茂と信親は最初、秀繁一行の成り立ちと目的・目標を知らなかった。

 知らぬ存ぜぬで重臣を重臣たらしめるわけにもいかず、思い切って秀繁は半右衛門と三日三晩相談し、ふたりにすべての事情を話した。


 ふたりとも最初は何を言っているのか理解が及ばなかった。

 だが、それぞれの父、そして自分自身が救われた経緯を詳しく話されると納得せずにはいられなかった。


 そして、


「よく、我々に打ち明けてくださった」


「信頼がなければ、我らの忠誠心も空回りするところでござったわ」


 と、逆に感謝の念をもって秀繁に言うのだった。


 秀繁の家臣は何らかによって歴史の正道では、この世に存在してない、もしくはもうしていない、存在していても武将という立場にもともといなかったもので多数構成されていることが特徴である。

 小春の言うように、誠に『生きているだけで儲けもの』の集団であった。

 それだけに家中の団結心・一体感・結びつきは一層強いものであった。


 このまま何事もなく時間が経てば、秀繁は関白・太政大臣の地位を相続するであろう。

 ただ世襲であるだけではなく、実力で、である


「逆賊の娘が従一位・北政所なんてほんまにええんやろか」


 とは小春の弁である。


「身の程を知れとはよう言うけど、自分の思惑とは関係ないところで身の程が勝手に上がっていくんやから知りようもあらしません」


 そういう小春は第二子を妊娠中である。


「おまけ、おまけ」


 と、もうお腹にいるうちから呼んでいるので『おまけ君』か『おまけ姫』が近々誕生するであろう。

 琴も懐妊した。

 こちらは、古典所以の名前をつけるために、読書にいそしむ毎日である。

 

 秀吉にも第二子・鶴松が生まれた。

 秀繁の年の離れた弟である。

 秀吉の、子供とその生母・茶々への可愛がりようは尋常ではなく、そして母・寧々からの悋気を起こした苦情の手紙も駿府に頻繁に届き、秀繁はそのたびに返書をしたためるのであった。


『悋気を起こした苦情の手紙が、大坂から駿府まで何事もなく届く』


 それが、秀繁にとって、何よりも満足であった。




 日本は平定されたのだ!




 大大名である毛利や北条も家を運営していくだけで精いっぱいであり、当主の器量からいってもその隠れた牙を天下に向ける可能性は低い。

 何事もなければ天下は秀繁に継承され、そして秀繁によって天下のまつりごとが行われていく。

 そしてそれはまたに継承され、豊臣宗家は滅びることはなく生き残っていくことであろう。


 秀繁は無為に平和を謳歌していたわけではない。彼の日常は写本と蹴鞠であった。


 写本といっても、琴が好きな古典を書き写していたわけではない。

 その逆で、現代での大学入試までの知識を書いていったのだ。

 現代文・漢文・古典などはこの時代では書き写す必要がないが、英語・数学・物理・化学、ときには科学・生物や音楽の楽譜の読み方まで、彼が知りうる限りの知識を書き写していった。

 これに関しては他のものは、言葉は悪いが、文字通りなんの役にも立たず、秀繁以外は理解不可能な書籍が積み上げられていく毎日であった。


 秀繁は自分の世の中になったとき、これらを全国に普及し日本人の一般教養を一気に高めてしまおうというのが狙いであった。

 そのためには教師が必要であるし、その教師を教えるための教師もまた必要であった。

 まず手始めに大吾郎、半兵衛、宗茂、信親を自分と同じだけの教養レベルにしようと秀繁は試みた。

 宗茂と信親は一流の師に芸事を学んだ大名の子息であるためかえって学習効率が悪く、逆に大吾郎と半兵衛はスポンジのように吸収していった。


 一方蹴鞠。

 元サッカー部で、アンダー代表にも選ばれそうになった秀繁は、リフティングには自信がある。

 ここで一気にサッカーという競技を普及させようとも試みた。


 フォワード→一番槍

 ミッドフィールド→中隊

 ディフェンス→本陣

 ゴール→大将首

 

 と名を変え、まずは京の公家にぶっこんだ。


 公家は腐っても文化の担い手。

 日本各地から、文化を求めて公家に近寄って来るものたちには、まずサッカーを教えることを進めた。むろん、金に転げやすい貴族にはそれ相応の謝礼を伴って。

 うまくいけば、日ノ本はサッカー発祥の地、そしてワールドカップ優勝の常連となるであろう。

 意外だったのは八条宮智仁親王がそれにとても興味を示したことだ。天皇家のバックアップもそれに応じて大きくなる。

 結果として、智仁親王は秀繁のとてつもない強力なシンパとなった。

 ひょっとするとサッカーという競技は『トヨトミ』と名を変えて世界中に普及するかもしれない。



 しかし平和な時間も長くは続かず限りがある。

 まず、祖母の仲が亡くなり、そして叔父であり秀繁をよく理解してくれていた豊臣秀長が亡くなった。

 大往生した仲はともかく、歴史通りとはいえ叔父の若すぎる死は秀繁にとって痛手であった。

 そして秀吉が猫可愛がりしている鶴松もまた生まれてすぐに死の床に臥せようとしている。

 秀繁が知識として知っているものに医学の範疇はなく、なす術もない。


「ここからですぞ」


 小牧・長久手の戦いのときのように、半右衛門はそう言って秀繁を励ました。

 そうである。

 文禄・慶長の役を起こさないことは秀繁に課せられた使命である。

 朝鮮の日本に対する敵愾心を強めさせ、豊臣家自体の勢力が著しく弱体化するこの国家的一大事を頓挫させることは当初からの目標であった。


 以前から秀吉は『名が三国に伝わることだけを望む』などと言ってはいたが、鶴松の死を嘆くことこの上なく、悲しみを癒すがためにこれを契機にその話は一気に進むであろう。

 徳川家康が天下を取ることはなくなったとはいえ『唐入り』されては「せっかく世が定まったというのに豊臣家の天下はもう御免だ」というものが史実で増えたのも仕方のないことである。

 それでいて徳川家の天下になると「豊臣の世は良かった」と民衆は手のひらを返すのだ。

 いかに『唐入り』が当時の庶民にとってはた迷惑であったかよくわかる話である。


 そうして秀吉を諫める文言を考えている間に、豊臣鶴松はあの世へと父より一足先に旅立った。

 秀吉は落胆し、もとどりを切り落とし、諸大名はそれにならってことごとく髻を斬り、ザンバラ頭となった。


 内政のための帰国を認められていた秀繁であったが、駿府にも『秀吉の唐討ち入り』が噂として聞こえてきた。そして「唐入り準備の軍議をするため上洛せよ」と秀吉の正式な使者がやって来る。


 秀繁は重臣を伴って蒸気船で駆けに駆けた。






―――――――――――――――――――――

🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 

―――――――――――――――――――――


※注 

作者はヒューマンドラマのサッカーものも書いています。

昨日から連載再開しています。

年末年始のお休み、1月のサッカー・アジアカップと共にお楽しみくださいませ!


※※※※※


『168㎝の日本人サッカー選手が駆け上がるバロンドールへの道』

https://kakuyomu.jp/works/16817330649478561175


父が元日本代表、兄が現役A代表というサッカーの名門の家系に生まれた少年・向島大吾。彼は小学生6年生の時点で168cmある、フィジカルを頼みにした大型フォワードであったが、高校2年になった今でも身長は相変わらず168cm。彼はただ周りと比べて早熟なだけだったのだ。

武器であったはずのアスリート能力は失われ、劣った運動能力は逆に足を引っ張ることとなり、よくある凡百のサッカー人生を終えるかと思われた。

しかし、大吾はそのあと基礎技術を徹底的に磨き、テクニック特化の選手として、プロサッカー界の大海を泳ぎ生き抜いていくこととなる。

彼のプロ生活は、前人未踏のフリーキックでの4得点を達成することから始まる。

プロ・フットボーラーとしてキャリアを過ごしていく中、大吾は『ファンタジスタ』としてある特殊能力に目覚めていって……


※※※※※


今日の『サッカー』『蹴鞠』にピクッと少しでもキタ方は読むことを本当に自薦できる作品になっております。

☆☆☆ご一読あれ☆☆☆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る