第35話豊家二代目(予定)

「この者、この切所においてなかなかどうして芝居が巧い。今は臣従しても、面従腹背めんじゅうふくはいでしょう」


 秀繁は続ける。


「父上に反抗するものが多いというのは本当でしょう。しかし、我らに反抗するなと触れを出したなどと、戯言たわごとの中の戯言。結果論であって、命じたなどと捕らえたもののうちで証言したものはおりません」


「しかし、天下が定まる慶事に、わざわざ死者を出さんでもいいのではないか?」


「天下が定まっても、定まり続けるとは限りますまい。はっきり言うと、豊臣家の将来に禍根となる。私の世の中・・・・・に不必要だと言っておるのです」


 秀繁は断言した。


「わざわざ、将来爆発するとわかっている爆薬を懐に入れて大事にするものもおりますまい。芽が育ち切る前に斬るのも、剪定せんていの一種の方法でありましょう」


豊家ほうけ千年のためか」


「そうです」


「あいわかった! 死人を出すのは不本意であるが、一人で天下が定まるなら安いものである! のう、政宗、そなたの死は天下泰平のいしずえとなるのじゃ。死を覚悟して参ったと申すが、決して犬死にではない。むしろ本望であるじゃろう!」


「名もなき処刑人に首を落とされたとあっては、あの世での席次が低くなるだろう。伊達どの、私が介錯かいしゃく仕る」


「え、あ、いや……」


 政宗は思惑がはずれて絶句の上、顔面蒼白である。

 豊臣秀吉という恒星は眩しい。眩しすぎた。東北にもその名は聞き及んでいる。

 その息子、豊臣秀繁。彼は秀吉の息子であるにすぎない。恒星の周りを泳ぐ惑星ですらなく、衛星でしかない。そういう風な認識を遠く東北の地の政宗は持っていたのだ。


 彼は豊臣秀吉という人物を完全に読んでいた。

 だが、『新・海道一の弓取り』とまで囁かれるその息子の存在までは完全に失念していた。




 こうして、伊達氏17代目は豊臣氏2代目によって24歳で刑場に送られつゆと消え、伊達家は所領のすべてを失い、豊臣家の天下平定は成った。




※※※※※




「官兵衛よ」


 秀吉は傍に控えている黒田官兵衛に向かって言った。


「は」


「せがれは大丈夫か」


「は?」


「秀繁のことよ」


「はあ……」


「あやつは、わしが死ぬことをすでに見据えておる。わしの死を望んでおるかのように、わしの死期を悟っておるかのように。他に言い換える言葉がないほど、なんとも言い難い」


 秀吉は苦々しい。

 茶々が子供を産もうというのに、その成人まで生きられないかもしれない自分の年齢が忌々しい。

 さらにいえば、嫡男は己が死んだ後に明智家を再興させる腹積もりらしい。

 これが天下人たる自分への当てつけでなくて、なんというのか。

 

「良いことではありませんか。殿下が創業し、秀繁さまが守成に入られる。理想の2代目ではありませんか。もっとも、秀繁さまは天下人の後継者でなくとも、自分で創業なされるでありますでしょうが……」


「うむ、頼もしくもあるが底が知れぬのだ。あやつは一体何なのだ? わしは正直、信長公の心の中でさえ読めたと思うておる。しかしあやつは心が読めん。読めんというか、そもそもわしらとは思考方法そのものが違うのではないかとさえ勘繰っておる」


「世代が変われば思考法も変わるものでしょう。若かったものも年を取れば『近頃の若者は……』と愚痴をこぼすのが何世代にも渡って培われてきた人の世の常です」


「それはそうじゃが……」


「時代にあった後継者に恵まれるとは、まさに殿下は果報者でありますことよ。我が家の長政にも、秀繁さまの爪の垢を煎じて飲ませたいほどです。あれは猪突猛進ちょとつもうしんが服を着て歩いているようなものです」


 官兵衛はくつくつと笑った。


「秀繁も猪突猛進し、敵の虜となったときがあったな」


「は、私と一緒に荒木村重に囚われておりました」


「秀繁が生きており、心底安心したのを覚えておる。わしはともかく、あやつが死んでは寧々もあとを追うであろう」


「殿下……」


「あれが生まれておらねば豊臣家わがやはどうなっておっただろう」


「その仮定はいけませぬなあ。殿下は天下を平定されて、2代目も有能でございます。これ以上望むのは、いささか欲が深すぎるでしょう。この仮定もいけませぬが、世が世なら、この官兵衛も是非天下を望みたい。しかし、秀繁さまに器量負けして仕方なく従っている身であることをお忘れなく……」


「言うわ!」


 複雑な感情が入り混じっているのを顔に出すのを抑え、秀吉は豪快に笑った。

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