第33話英雄の風土と時期

「おお。寧々の機嫌はどうであった」


 芯から心配そうに、秀吉は言った。


「だいぶ心を病んでおられました。ですが、それをすべて私に吐き出して、今ではご達者でございます」


「そうかそうか、いやそなたには悪いことをした。子はかすがいとはよくぞ言ったものよ」


 何歳いくつまでかすがいの役割をさせられるのか。

 内心秀繁は少し呆れ気味である。


「私も妻と母にやられて胃の腑を病みそうです」


「なんの、それが男の甲斐性というものよ! いちいち気にしていたら身がもたんぞ!」


 だったら今回も自分で母のもとへ何とか弁明に行けば良かったのに、と秀繁は自分に丸投げした父を少し・・恨んだ。


「さて、東北のことじゃが……」


 さりげなく秀吉は話題を変えた。


「惣無事令を出したが、いまだ伊達を中心に従っておらん。伊達と同盟を結んでおる北条と最上から帰順するように命令を出したが、無視されておる。よって、わし自ら出陣し、東北を併呑し日ノ本の統一を果たす!」


 とうとうこの時が来たか、と秀繁は感慨深い。

 無駄な死者を増やすことなく、まずは天下統一へと乗り出す。それがこの時代に来た目標のひとつであったはずだ。


「我が甥の伊達政宗でござるが、なかなかの食わせ物でござる。一筋縄ではいかぬ存在でありましょうな。それもとても悪い意味で」


 傍に控えていた最上義光が口を開いた。


「天下統一の最後の大物よ。張り合いがなくてはな。大物と見せかけて、ただの小粒であれば後世の笑いものとなるだけじゃ」


「山椒であるかもしれませぬぞ」


「辛いだけであろう。骨の髄まで呑み込むまでじゃ」


「恐れ入り奉りまする」


「なにを恐れ入る。秀繁よ、そなたには副将としてわしに随従してもらうぞ」


「はっ」




※※※※※




 英雄が出て来るにも、風土・・時期・・というものがある。

 当時、地方は中央より20~30年遅れていた。

 奥羽を統一する英雄が出てくるのも20年遅れていたわけである。

 中央の20年前と言うと、信長や信玄などが盛んに国盗りをしていた頃。

 伊達政宗が最後の戦国武将と云われる所以である。


 伊達政宗の感覚自体も20年前のそれで停止していた。

 当初は

『北条が味方に付けば、豊臣軍といえどなんとかなるのではないか』

 という極めて、利己的・楽観的な考えをしていた。

 しかし、豊臣家への北条の従属が思わぬことに強固であることを知り、彼は悲嘆にくれていた。


 ここで、豊臣軍がとった戦術は従来ならば対北条戦に使ったであろう戦略。

 つまり敵の本城を除いてすべて落とし本城の主将である伊達政宗に圧をかける、というものであった。

 豊臣軍は連戦連勝。というより相手に戦意が無く、どの城も包囲しただけでことごとく降伏するありさまであった。


 秀繁の軍勢は

第一陣・僕輝繁

第二陣・立花宗茂

第三陣・秀繁本陣

第四陣・長宗我部信親


 と、大仰に言えば布陣してきたが、大きな戦闘もなく、小競り合いがかろうじてあるくらいであった。


「国の衰亡が起きるときというものは、こんな感じなのですな」


 半右衛門が言う。


「父上でも知らないことがあるのですか」


 半右衛門の嫡子である神子田半兵衛が言う。


「私は以前は東北平定の前に死んでおった。出世を望んで秀吉さま直属を願っておったが、道を逸れることによって本道に戻るとはこの歳になるまでわからなんだ」


「よせよせ、半右衛門、まだそんな歳ではあるまい」


「そうですよ、父上まだ古びるにはまだ早いでしょう」


 秀繁と半兵衛が労わりを込めた突っ込みを入れる。


「せがれと一緒に戦場を駆け回るなどやはり歳は歳です。生き永らえた上に息子までもうけられた。思い残すことはありません」


「戦働きができなくなっても頭を働かせてもらうぞ、半右衛門。半兵衛もすべてを知っておるとはいえ、まだお前が体感してきたことを半兵衛が実感しておるとは思えないからな」


「承知しております」


「しかし『すべてを教える』と言われた日は、父上の頭が狂ってしまったのかと思いました。『未来のことを教える』と言っておきながら、それが当たったり外れたりと、どれがどうなっておるのやら不可思議で堪りませんでしたよ」


 半兵衛は遠い目をし、懐かしみながら言う。


「外れたことは若殿、秀繁さまが苦心して未来を変えなすったのだ。本来であればそなたもこの世に生を受けぬ身、生まれたとしても秀吉公によって命を奪われてしまう身であろう」


「ぐちぐち言わなくてもわかっていますよ。秀繁さまに忠勤を励め、ということでしょう」


「神子田家の2代目はどうやら頭を働かせるより実践派のようだな」


「そうらしいようで……」


 秀繁と半右衛門は互いに見合い微笑し、半兵衛は苦笑いをしている。


「しかし、半兵衛。未来を知ることによって、そなたはこの時代において特異なものとなっている。言動や所作に気を付けることだ」


「具体的に申されますと?」


「そなたが断片的にでも知っている知識は、知りたいものにとっては、殺人を犯してでも知りたいことだということだ。そなたも、半右衛門も、本来この時代に居てはいけない・・・・・・・存在だということを忘れるな。私も味方が増えるのは嬉しいが、諸刃の剣でもあるということだ。身を慎み、話す相手をわきまえるのだ」


「御意」

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