第27話立花宗茂

 秀繁軍は120万石となり、およそ3万の軍勢である。

 さすがに蒸気船に全員を載せるだけの場所はないため、およそ800名と50頭の馬だけを載せて、本隊はまず激戦区となっている筑前へと向かった。

 2万を大吾郎に宰領させ豊後の別府湾へと昼夜兼行で急がせ、残りを半右衛門に任せ国もとの警備に置いてある。

 今回は以前よりきわめて少数であるが、その分軍の集中高速移動を念頭に置いた奇襲に重点を置いてある。

 

「全軍急げ! これから岩屋城へと進軍する!」


 岩屋城は大友家の重臣・高橋紹運が籠城している。

 再三にわたる降伏勧告をはねつけ、島津軍を引き付け、翻弄し、奮闘していた。


 高橋紹運は援軍が間に合わないことをわかっている。

 覚悟しているといっても良い。

 自分が犠牲になることによって、味方の士気を高める。そういう死に方があるのを知っている。

 自分が死ねば、息子の立花宗茂が勢いづくであろう。

 養子に出したが、親の目から見ても名将の器だと思っている。

 己の死は、息子を覚醒させるための最期の役割であるかもしれない。


 真っ昼間に、パァーン! パァーン! と鉄砲を撃ちかける音が後方からする。

 島津軍の大将・島津忠長は自分が攻める側であって、攻められる側だとは未だ思ってなかった。


「なんだ、騒がしいぞ! 足軽どもが暇つぶしに何かやっておるのか!?」


 豊臣軍がこの短期間で自軍の裏に回っているとまで考えが及ばず、島津軍は大将からして混乱した。

 まさか自軍の1割にも満たない軍勢が夜襲もせず、まともに向かってきているだけとは思わなかった。

 島津勢は雪崩を打つように崩れていき、そして雲のように逃散した。

 逃げている最中でも、島津忠長は何が起こっているのかわからない。


 軍が壊乱するときはこんなものなのであろう。

 圧倒的に攻めていたのは自軍であり、『青天の霹靂へきれきということはこのことか』とわずかに理解し始めていた頃には虜囚になっていた。


「おまえのやっていることには、信長公も兄上も及ばないだろう。まさか、この日数で筑前まで軍を進めるだけではなく、あの島津軍をたった一撃で離散させてしまうとは……」


「まだまだこれからですよ。私の作りたい世の中にするには、まだまだ物足りないことだらけです」


 賞賛と唖然の間で叔父秀長が絶句する。


「お味方でござる! お味方でござる!」


 そう叫びながら、一人の若武者が一騎駆けで寄ってきた。


「拙者、立花宗茂と申しまする! 援軍の大将にお会いいたしたい」


「私が総大将の豊臣秀繁である」


「おお、あなたさまが……」


 若者の身なりは良い。

 この戦場にあってはとてつもなく良いくらいだ。

 鎧には土埃さえつかず、むしろそっちから避けているかのようで、育ちの良さに周りの環境も配慮しているかのように感じられる。


「秀吉公のご子息でござったか。海道一の弓取りと言われた徳川家康を一手でほふり、その異名を御自ら奪い取ったことなど、遠く九州の地でも知らないものはおりませぬ」


「お耳汚しでしたな」


「とんでもございません! この岩屋城にはわが父・高橋紹運が籠城し籠もっておりました。もはや落ちるまであと数日。秀吉公の援軍はまだ来ないであろうと思っていたところに、あなたさまが駆けつけてくださったのです。あなたさまは、大友家のみならず我が父の命まで救ってくださった」


「それは良かった。私もたまには人の役に立つことがあるということを、叔父に見せられて嬉しいものだ」


「あなたさまは恩人です。この後なにかあれば、あなたさまのために投げ打つ命が九州にひとつあるということを覚えておいてくだされ」


 そういうと若者は、父が待っているであろう岩屋城へと馬を向けた。


「見事な武者ぶりだ」


 絶句を止めた秀長が言った。


「そうですね。彼は後世でも名が残る、立派な武将となることでしょう」


「いや、お前がだ」


 秀長は嘆息した。


「我が家はお前も知ってのとおり、農民の出だ。それで朋輩に嘲られもし、侮られもした。それが二代目となると、こうも侍稼業の血が濃くなるものなのか。おまえは、ただ後を継ぐだけの二代目で収まる器ではないな。豊臣家をさらに興隆させるものがあるとすれば、それはそなた以外いないであろう」


「神子田重治や黒田孝高の教えが良かったのですよ。私を褒める前に、まず彼らの教育を褒めるべきです。彼らは私に戦国のイロハを叩き込んでくれました。私の功は、ほぼ彼らの教育のたまものです」


「ふむ、謙虚だなそなたは。神子田らの教育が良いというのもわかった、兄上にいつか報告しておこう」


「ええ、教育こそ国の礎です。それさえ忘れなければ豊臣家は、日ノ本はいつまでも衰退することはないでしょう」


「わかったような口を利く。弁舌は教わるより先に、兄上譲りだということも覚えておこう」


 秀長は片目をつぶって見せた。

 今、言ったことは心の底からの本心である。

 甥の秀次や秀秋などが揃いも揃って不肖。

 その上、自身も実の子がいない。

 そこへ、将来一族の棟梁となるべき男子が格別、いや天下一の快男児と来ている。

 愉快、痛快。

 これほど上機嫌であったことは、棄農して侍家業を開始してから初めてのことだ。

 さぞ、義姉上も喜んでいることであろう。


「さて、本陣をどこに置く?」


 戦は一旦終わったものと、秀長はのんびり言う。


「何を仰っているんですか、叔父上。戦はこれからですよ。また蒸気船に戻り今度は豊後です。本陣は当分、蒸気船の司令官室になるでしょう。当分とまではいかないかもしれませんが、短ければ短いほど良い。兵は拙速を尊び巧遅を嫌う、私が学んだのはそういう基礎からです」

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