閑話

第25話閑話休題

 閑話



 駿府の町もだいぶ発展し猥雑となってきた。

 その中には、訳アリなものも、すねに傷を持つものも、過去にさまざまなことをしてきたものたちが大勢いる。


 その中で、一風変わったものが移り住んできた。

『なんでも屋』という屋号を持っている、『喜蔵きぞう』というものである。

 彼は刀剣も作ったし鎧の修繕もする。

 建具が壊れれば直し、飴細工も作れたし、提灯ちょうちんの貼り替えも文字通りなんでもやったし、なんでもやれた。


 そこにある日、ある人物が訪れた。


「なんでも屋の喜蔵さんとはあなたかね」


「なんでえ、あんたは」


 そこには、あまり清潔という字とは親密でないように思える四十男がいた。


「あなたがなんでも作れると聞いてやって来た、客の一人さ」


「ほう、見たところ身なりがかなり良い。新しい大名さまの家来か何かかい」


「まあそういうところだ」


「本題に入るが、なんでも作れるとは本当かね」


「おおよ、この世にあるありとあらゆるものをこの喜蔵さまは作れるぜ!」


「では蒸気機関というものを作れるかね?」


「ジョウキ・キカン……?」


「正確には、まだ・・この世にあるものではない。あなたが作ったら、世界で一番最初だ」


「なんなんだ、そのジョウキ・キカンというものは」


「簡単にいうと蒸気、水が水蒸気になるときの力でモノを動かすのだ」


「なんなんでえ、そりゃ……」


「それができたら、そなたを1万石で召し抱える。どうだ、できるか?」


「それはありがたいが、そんなもんを作ってどうするつもりでえ」


「織田信長公が毛利との海戦の折に鉄でできた船。鉄鋼船てっこうせんというものを作った。知っているか」


「そりゃまあ、俺みたいなものは、新しいものには興味が尽きないもんだから知っておる」


「その鉄鋼船に、蒸気機関を付けて自動的・・・に走らせる。蒸気船というものだ」


 その発想の豊かさに、喜蔵はド肝を抜かれた。


「そんなもんを作ろうとは……正気の沙汰じゃねえな。俺でも思いつかん」


「どうだ、できるか?」


「期間は?」


「2年以内。経費はいくらかかっても構わん」


「駿府120万石が傾くかもしれんぜ?」


「構わん。即答でなくともよい」


「いや、やる。世界で一番最初、というところに惹かれた。俺の名は後世に残るかね?」


「必ずや残るだろう」




 2年後、蒸気船を完成させた喜蔵は駿府城へと登城し、駿府中納言に謁見した。


「おもてをあげよ!」


 そこで喜蔵が見たのは、2年前に依頼に来た、身なりが良かった侍であった。


「2年ぶりだな、喜蔵よ。世界で例を見ずに蒸気機関を完成させたこと、誇りに思うがよい。そなたが世界で最初だ」


「へへっ」


「約束通り、そなたを1万石で召し抱えよう」


「それですが……俺、いやわたしには宮仕えは無理と今わかりやした。こうもお人が悪いお方の周りで侍稼業をするというの、はわたしには無理です」


「はっはっは、そうか。それでは何が望みだ?欲しいものをやろう」


「では遠慮なく。金を頂きたく存じます」


「ほう、どれくらい」


「必要経費にかかった分の、およそ倍頂ければ……」


「何をふざけたことを!」


 傍に控えていた侍が激昂した。


「大吾郎、よい」


「ですが……」


 殿様は眼で家来を制した。


「わかった、二言はない。明日みょうにちにでも送ってやろう」


「出来ましたら、その金を保管するための家も頂戴しとうございます」


 若侍がまたしても怒りかけたが、殿様は今度は手で制し、


「よかろう」


「ありがとうごぜえやす」


 と、交渉は成立した。


 喜蔵はこの金によりさらに多くの物を発明し、蒸気機関だけではなくあらゆる分野の開拓者となる。

 そして喜蔵が言った『必要経費』はかなり水増しして吹っ掛けたものだということが今日ではわかっている。




※※※※※




 喜蔵が蒸気機関を発明する間に、秀繁にもやっておかなければならないことがあった。

『石炭』の発掘である。


 もともと日本の炭鉱・炭田というものは北海道・九州に集中している。

 当然のことながら、そこはまだ豊臣家の支配が及ばないところであった。

 秀繁は豊臣領のみならず、同盟中の毛利領・上杉領・北条領なども人を派遣し、石炭を発見させた。

 そして発掘させ、そこを『豊臣家直轄領』とした。

 

 むろん炭鉱事故も起きた。

 怪我をしたもの、命を落としたものの遺族には厚く手当を出した。

 そればかりか、炭鉱夫の日当を多くし過ぎたため、武士稼業を辞めるもの、離農するものも増えたので、上限を決めて制限しなければならなかったほどである。


 この時代では、日本での石炭の本格的な使用方法は見つかっていない。

 その価値も大勢のものには分かっていなかった。

 秀繁は、炭鉱夫の日当以外は発掘した石炭を丸々と自分の懐に入れた。

 近い将来、秀繁が石炭のエネルギー燃料としての価値を公表した折に、豊臣家の財は以前の歴史よりさらに増えるであろう。




 そして、スクリュー・プロペラの開発である。

 これは原理を秀繁自身が知っていたため、喜蔵に発注するとともに自ら開発に赴いた。

 それから水夫の育成である。

 ポルトガルから来たものや、瀬戸内の水軍衆を『お師匠さん』とし、これまた賃金をべらぼうに高くしたため希望者は増えた。

 そのものたちを育成する『海軍操練所』を設置し、水夫の数と質は急速に増え、高まっていった。 


 歴史を2世紀ほど早めた上で、九州攻略戦が行われようとしている。

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