第22話戦国武将

 秀吉は、織田信雄の家老三人を篭絡した。

 信雄はそれを知り、三人を成敗。

 秀吉と信雄は敵対することとなったが『自分の力だけでは不足している』と思った後者は家康に同盟を求めた。


 家康にとっては、自分より格下であった秀吉が覇者になるのが許せない。

 何しろ彼は信長の同盟者(ほぼ従属関係にあったにせよ)であり、秀吉は織田家の三番目の番頭にすぎなかったからだ。

 織田家への不忠義ものとして、秀吉を討つ大義名分ができたのだ。

 後年、家康も仮にも主君であった秀頼を討つことになるのだから、まことに大義名分とは耳障りがいいだけの言葉である。



 実質上の初戦は犬山城で起こった。

 信長の乳兄弟・池田恒興はどちらに付くか迷っていたが秀吉に付くことを決意し、まず手始めに犬山城を陥落させた。

 家康と信雄は恒興が自分の側に付くものと思っていたが、そのため方針変更。

 小牧山に籠って秀吉軍と対峙することとなった。


「言うまでもなく、ここですぞ」


 半右衛門は力強く、そう言う。


「ここで徳川の息の根を止めれば、徳川幕府はもちろん関ヶ原の戦い、大坂の陣すら起こりえません」


――ふむ。と秀繁は呑気に言った。

 

 半右衛門はそれを聞いて

『この御方はこの切所を本当にわかっているのか』

 と疑う。


「言いたいことはわかっている。私があまりにも普段通りなので訝しいのであろう」


「それは……」


「半右衛門よ、我らがこのときのためにいかほど鍛錬を重ねてきたと思っている。あれだけの訓練をしたのだ。もっと、大吾郎をはじめ部下を信用してやれ。そなたは大吾郎は大器者であると言ったのではなかったのか」


「そうですが……」


「大丈夫だ、必ず成功する」


 ときに上に立つものは嘘が上手くなければならない。

 秀繁が言ったことは嘘ではない。

 しかし100%の保証がつくものでもなかった。


 どちらかと言えば保証が欲しいのは秀繁の方だ。


 普通の高校生だった身が、あれよあれよといつの間にやら戦国時代の軍閥の実質的なナンバー2になっているのだ。

 ストレスで身を壊していないだけでも、かなりうまくやっている方だろう。

 それを証拠に羽柴秀次は、日に何度も糞をするために『二糞さま』と影口を叩かれている。

 胃腸が弱い、もしくはあまりのストレスで過敏性腸症候群になっているのだ。

 もちろんこの時代に、それに対処するための特効薬はない。


 ここが切所ということは、秀繁にはよくわかっている。

 それどころか、ここのためにわざわざ連れてこられたと言っても過言ではないこともわかっている。

 半右衛門を始めとし、いろいろな者の運命が交差するところ。

 逆に徳川側からすれば、ここで負けなかったからのちの繁栄があるのだ。


――自分の成功で、喜ぶ人と悲しむ人の比率はどう変わるか


 さほどの能力も持たない自分がこの時代に来たことだけで、歴史は変わる。

 最初は、半右衛門たちのために良かれと思って若殿兼武将となったが、この時代の、これからの時代に置いて自分がどういう存在になるのか、秀繁は見当が付かなかった。

 しかし未来を変えなければ、自分にもあの悲惨な将来が待っているのだ。

 いまさら乗り込んだ船を変えるわけにはいかない。




※※※※※



 池田恒興は功に焦っていた。

 娘婿である『鬼武蔵』こと森長可もりながよしが、徳川軍と交戦し300名の戦死者を出す惨敗に陥ったのだ。


 恒興は秀吉へ献策した。

『この戦場へ手勢を多く連れてきたため家康の本国である三河は守備兵が少ない。よってそこへ奇襲をかければ徳川軍は大混乱に陥るであろう』


 秀吉はその案を却下した。

 今のこの膠着状態では、先に動いた方が負けである。

 しかし、恒興は負けじと再び献策した。秀吉は困った。ここでまたこの案を蹴れば恒興は徳川側に走るかもしれない。

 そこへ甥の秀次までもが『自分が奇襲の大将を務める』とまで言ってきた。

 秀吉は迷った挙句折れた。

 

 そして奇襲部隊としては破格の2万の軍勢を秀次を総大将として編成した。


先鋒・池田恒興 6000

二番隊・森長可 3000

三番隊・堀秀政 3000

四番隊・羽柴秀次 8000


 の総勢である。


 馬鹿な話である。

 織田・徳川連合軍は合計1万6000。

 敵の総数以上の部隊を、奇襲のために用いるのである。

 相手にばれないわけがない。

 小牧山の東を大きく迂回して長久手を通り、三河へ進軍する途中の宿泊した村で農民が家康に急報した。

 家康はこの急報を聞き、相手の奇襲部隊を奇襲する1万の軍を編成し自ら率いた。


 そして、池田恒興・羽柴秀次の奇襲部隊に奇襲をかける徳川家康・織田信雄軍に、さらに奇襲をかけるものがいた。


 羽柴秀繁である。


 舞台は富士ヶ根。

 事前に敵が奇襲をかける場所がわかっているのだから、そこの近くへ塹壕を掘り、馬と兵士を隠し前もって伏兵としておく。

 総勢3万の兵がぶつかる場所である。

 伏兵を置く場所を探すのが、一番この戦いで苦労したところである。


「我々はこの場所で、騎馬鉄砲隊をもって徳川・織田連合軍に奇襲をかける。少し、普通の奇襲と違うのは、味方・・の損害を気にしないことだ。まずは、存分に敵に味方をほふってもらう。そして、敵に自分たちの奇襲が成功したぞ! と思ってもらったところに、我らが再び奇襲をかける」


「お人が悪いですな」


「今の私にとっては誉め言葉だな、それは」


 半右衛門の言葉にそう答えると、秀繁は兜の緒を少し緩めた。


「まあ、人柄がどうということじゃあない。勝つためだ。勝たなきゃ未来を考えるどころか、敵の力が増すのをただ許すばかりだ。仮に、私が天下を受け継いだとしても、そのときに徳川家康が存在すれば歴史は繰り返すかもしれない。私が秀頼のように、大坂城の藻屑と消える可能性も、無きにしも非ずなのだから」


「秀吉公が亡くなったあとの天下について、自信がないのですか」


「悪い芽は早めに摘んでおいたほうが良いって話さ。それ以上でも以下でもない」


「よほど徳川家康という人物を高く評価しているのですな」


「天下を統一したほどの相手だ。それから250年も太平の世を続けるシステムを作った。正直、私が天下を取っても、そこまでのシステムを作れるかわからない。恐れるとまでは言わないが、尊敬に値する人物だろう。なんせ現代の人間は、ほぼ100%徳川家康の名前を知っているのだから」


 一度ふぅーとため息をつき


「まあ、無理に死者を増やすこともない。味方が適当な損害を受けたところで、出陣るとしよう。無駄な死者を増やさないのも、私の使命だからな」


「辛いとお感じで?」


「ここに来た当初の私なら、こんな策は考えつかなかったろう。味方の犠牲ありきでの策など。だが、半右衛門や官兵衛のおかげで、少し大局的に物を見られるようになった。戦死者がいない戦いなど、ないのだと。如何に味方の損傷を抑えたうえで、敵を殺すかが戦場では重要なのか、と」


「戦国武将にちゃんとなられましたな」


 半右衛門が鼻を鳴らした。

 感慨深そうでいて、どこか嬉し気であり、寂しそうでもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る