第21話戦国の色
秀繁は謹慎を解かれた。
それは、今までは父である秀吉は、秀繁を戦力とせずとも戦ってこれた、ということだ。
逆をいうと、今度の戦いは総力戦となる。
秀繁の戦力は20万石。
この時点での秀繁の6000の兵は、いないよりかはマシと言ったところなのだろうか。
なにしろ当主の2代目の兵である。
前線で戦うよりも、味方の背後で督戦することが多い身では、その真の力量は測れない。
謹慎を解かれた秀繁は、御礼申し上げるためと年賀の挨拶のために大坂へと半右衛門を伴って赴いた。
大坂城は信長の安土城を越える規模の城であり、安土城を承継するような構造でもあるが、きちんと
織田信長の最期を、ちゃんと他山の石としたのであろう。
この用心深さが、農民から天下人へと登り詰める秀吉という男の真骨頂なのかもしれない。
「上様はこちらです」
石田三成と名乗る青年が案内した。
大坂城と、上様と家臣にもう呼ばせていることからして、秀吉はもう天下様気分なのだろう。
良い気分になっている人の心証を悪くするほど愚かなことはない。
謁見の間に行くと、秀吉はすでに鎮座していた。
「来たか、我が
「父上、このたびはこの身の謹慎を解いていただいてありがたく思っております。また、この神子田正治を始めとする父上の家臣を譲っていただき、感謝の言葉もありません。そして、明智の遺臣をも許していただき妻も喜んでおります」
「ふむふむ……」
秀吉はあまり興味なさそうに話を聞いている。
その関心が実息から離れているのだろう。
今の彼の興味を引くものは……
「まあよい。それよりも、謹慎中に面白いことをしていたそうじゃな。騎馬兵に鉄砲を持たすとか。単純すぎて、逆に誰もが思いも及ばんことじゃ。なかなかどうして、柔らかい頭を持っておる」
「褒められた、と思ってよろしいのでしょうか」
「ふふ、好きに思うがよい」
秀吉は笑った。
幾人もの男女を虜にしてきた人好きのする笑いだ。
「そなたは我がせがれじゃ、跡継ぎじゃ。我が一族は残念なことに不肖の者が多い。しかしながら、跡継ぎであるそなたが有能であれば言うことはあるまい。羽柴家は天下を取るぞ。そのためには織田じゃろうが徳川じゃろうと邪魔なものは邪魔じゃ。我が天下取りのために邪魔なものは路傍の石であろうと斬って捨てる!」
そして、秀吉はきっ、と秀繁を睨むように見た。
「そなたも、この父に逆らうような真似はするなよ。そなたは有能である。そこは認めてやっておる。いち武将としても、非常に使い出のある男じゃろうて。じゃが、わしはそなたに一抹の不安を感じることがある。まるで、この世のものではないかのようなと感じるときがある。秀勝亡き後、そなたには期待しておる。期待に答え続けよ。そうすればそなたは天下人の後継者よ」
「は」
「近いうちに織田のバカ息子を成敗する。わしは信長ほど甘くはないぞ。そなたの騎馬鉄砲隊とやらの力を見せてもらおう」
※※※※※
「またしても、危ういところでした。秀吉公は、はっきりと秀繁さまに不信感を持っておられる。天下を狙うことと共に、それも宣言されましたな」
考え込むようにして、半右衛門は言った。
「それと同時に、一抹の寂しさも感じました。石田三成や加藤清正、福島正則などが台頭すると、私らのような羽柴家
半右衛門の悲痛な独白が続く。
歴史の本道ではそうだった。
それを捻じ曲げるのが、秀繁という人物がこの時代に呼ばれた所以である。
「織田のバカ息子を討つと仰っておられたが、徳川も、だろう?」
「そうです。織田信雄が挙兵し、それに徳川家康が応じるということです」
「秀勝どのが亡くなられたが、秀次どのはどんな方だ」
「凡庸、の一言で片づけられます」
――ふむ、と秀繁は答える。
「あの方が身を崩したのは、自分の力量に合わない権力・身分を手に入れられたからです。もともとの身分のままでいられたなら、幸せな生涯を送られたことでしょう。秀吉公に有能と認められた秀繁さまとはちょっと違いますな」
「私は歴史を先取りしているだけで、自らの才を褒められたわけではあるまい」
秀繁が苦笑すると、半右衛門も苦笑で返した。
秀繁は言ってしまえば、大まかな歴史の流れしかわかっていない。
内政改革をするための専門知識を持っているわけではない。
革命的な軍略を未来から持ってきたわけでもない。
ただ、歴史の有名どころをピックアップして、先取りしているだけだ。
「殿は明智光秀を討ちました。私どもは、これが大きな転換期となると踏んでいましたが、秀吉公の猜疑心を招くだけだったかもしれません。だが、明智家の遺臣を手に入れられたのは誠に大きい。それで、さらなる敵を討つことができるでしょう。今現在の目標は、徳川家康を討つこと。再戦はありません。一回きりの勝負で決めなければなりません。これでまず、豊臣家の社稷が守られることは間違いありません。あとは、後継者としての殿の力量が求められます」
「わかっている」
「そして秀頼公の存在。豊臣秀頼が生まれてからどうなるかは、私も見当が付かない。場合によっては、殿が廃嫡され、秀頼が跡継ぎとなるという可能性もゼロではないのです」
秀繁は息を呑んだ。
「淀殿……浅井茶々を今のうちにどうにかしておく、ということはできないのでしょうか」
「どうにかする、とはどういうことだ」
「暗殺する、他のものに嫁がせる。もしくは殿の
応じ方が秀繁には判断が付かない。
「悪い冗談だ。妻一人でも私の手に余っているというのに」
「そうでしょうか」
と半右衛門はうそぶいた。
「これまで見たところ、あなたはなかなか立派に戦国武将をしておられる。淀殿ひとりぐらい、どうにかできるのではないですか」
「こりごりだ。まさか、結婚相手が明智光秀の娘とはお前も思ってもいなかっただろう。私が気にかけている以上に、向こうがそれを気にかけている。あれはあれで、神経をすり減らす思いだろう。無用な気苦労を妻にかけるのは、私が個人的に嫌だ」
「そういうところは、現代的なのですな」
「細川忠興どのの室はそれでキリスト教に入信し、最期は屋敷に火を放ち自害するのだ。そこまでお前は知っているだろう。お前も我が家、我が室に火を放つ気か」
多少あきれて、不機嫌気味に秀繁は言った。
小春が石田三成に囚われ、自害する。考えるだけでぞっとする。
今のところ、秀繁の女性経験は小春だけである。
いくらとっかえひっかえの男でも、初めての女をその人生において忘れることはない。
「機嫌を直してください。ちょっと言ってみただけなのですから」
そう言って、半右衛門は鉾を収めた。
「いずれにせよ、これからは出たとこ勝負になる可能性が高いでしょう。徳川家康を討ち取ったとしても、さらに大きな敵が出てくるかもしれません」
「さらに大きな敵……」
「あなたをこの時代に連れてきた時点で、ある程度は例外的なものが出てくるのは覚悟していました。ですが、私どもの家名を残す、残さない以前の問題になるかもしれません」
それが何を意味するかは、だいたい見当が付いてきた。
白い糸であった羽柴秀繁という男は、戦国武将の色に既に染まってしまった後であるからだ。
歴史を捻じ曲げ続けるのであれば、敵対する人物もそれに応じて変わっていくに違いない。
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