第16話おらが殿様

「主君であり実父である信長公の仇討ちである。秀勝よ、励め!」


「ははっ!」


 信長の実子で秀吉の養子、羽柴秀勝の戦意は、羽柴軍の士気を高めた。

 ただでさえ、

『この戦いに勝てば、おらが殿さまが天下様になる』

 ということで、羽柴軍の士気はこの上ないことになっている。


『殿さまが天下人なら、自分はどれほど出世できようか』


 そんなことを夢見ることができた時代だったのである。


 雑兵やら下々の人々にしてみれば、誰が天下人になっても変わりはない。

 既得権益を持つものは、自分の利益が守られるなら誰がなろうと不満はなかったし、立身を夢見るものであれば、自分が上に立てるならさらに上の者は滅んでしまった方が都合がいい。

 自分にとって邪魔なやつらが勝手に滅んでくれるなら、これ以上のことはない。

 そういう意味で、今、得意の絶頂にいるのは秀吉自身であったのである。



「秀繁さま、小栗栖おぐるすの森でござるぞ」


 注進したのは半右衛門である。


「この戦いは秀吉公の勝利に終わり、光秀は小栗栖で野伏の竹槍によって命を落としまする」


「そこを私が打ってはいる、と」


「そういうことです」


 かまをかけてみたが、正室・小春のことを思うと、秀繁は一瞬表情が暗くなった。

 逆賊・明智光秀の子として、彼女は完全に無罪というわけにはいかないだろう。

 逆に、彼自身が彼女から恨みをまったく買わないわけにもいかない。


 このときの秀吉の石高は約50万石であり、秀繁もそれに伴い5万石の扶持を受けていた。

 兵数に換算すると1200名程度。

 そのうち100名を徹底的に鍛え上げ、いかなる場合も対応できるいわゆる特殊部隊を創設していた。

 この100名でもって小栗栖の光秀を追う。


「ぬかりはございませんな?」


「ない」


「奥方さまには気の毒ですが、お心変わりなきよう」




 他の織田軍を吸収し、27000にもなった羽柴軍は、要衝である天王山を中川清秀に占拠させ、戦局を最初から決定的なものとした。

 羽柴軍は太鼓、法螺貝、鉄砲を打ち鳴らし明智軍を蹴散らした。

 一方明智軍は、火薬が濡れていて鉄砲を使うにも使えず、第一の侍大将である斎藤利三が討ち死にしてしまった。

 物理的にも、精神的にも光秀のよりどころであった斎藤利三の死は致命的であった。


「励め、進め、働け! この筑前、おまえらの働きぶりをしっかりと見ておるぞ! 功名を上げるにはこの一戦である。死んでも子に褒美をとらす。子のおらぬものは親族を探し出して褒美をとらす。一家を立てるのは今じゃ。励め、励め、励め!」


 斎藤利三の死をきっかけに明智軍は総崩れとなった。

 残党は北東の勝竜寺城を目指したが、羽柴軍はすでに勝竜寺城を包囲していた。

 やむをえず、もはや軍とはいえない明智勢は桂川をわたり坂本城を目指そうとしていた。

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