第10話股肱の臣

「五郎。五郎よ」


「はい、秀繁さま!」


 屈託のない笑顔がまぶしい。

 双方とも相手を信頼しているからこそ、出る笑みである。


「おまえが欲しがっていた褒美をやろう。名前を、やる」


「苗字を頂けるのですか!?」


 燦々と照らしている太陽にも負けないほどに、五郎の顔がこれ以上ないほどほころぶ。


「それもそうだが、まずは五郎という名だ。五郎という名はおまえの気宇の壮大さに比べて軽い。これからは大きくさとるると書いて、大吾郎と名乗るが良い」


「大吾郎、でございますか」


 大吾郎、大吾郎と、五郎であったものは繰り返し呟く。


「そして秀の字はやれぬが、私の繁の字をやろう。輝き繁ると書いて、おまえは今日から輝繁てるしげである」


「そ、そんな。ご主君からの一字拝領というのはそれなりの勲功を立ててからと聞き及びます。さすがにそれは身に余ります」


「いつ、おまえが私の家臣だと言った」


 大吾郎の顔が日本晴れから、イギリスの曇天へと変貌する。


「おまえは私の家臣ではない、ただの兄弟弟子というだけでもない。おまえは私だ。おまえと私は、秘密を知っている一蓮托生。おまえは、私の腕であり足であり、ときには頭脳でさえある。だからお前の苗字は『僕』だ」


「『しもべ』が苗字……」


「召使いの僕じゃあない。もう、私が使うことがないであろう、過去の僕を知る僕。僕自身の僕・・・・・だ。ほかの誰でもない、この苗字を使う限り私とおまえは一心同体だ」


「秀繁さま……」


 五郎の頬を一筋熱いものが這う。

 あまりにも過分な待遇に、目頭が熱くなったのだ。

 家来と同格であるなどと、どの大名が言うのであろう。

 ましてや、数ヶ月前まで雑兵であった身だ。

 あのとき、あの場所で、巡り会わなかったら、どれだけ悲惨な最期を遂げていたであろう。


「繁の字を与えるのは、おまえが私の同志だからだ。そして僕という姓を与えるのは、おまえに対する褒美と信頼からだ」


 五郎は顔をあげて答える。


ぼく大吾郎だいごろう輝繁てるしげ、羽柴秀繁さまの第一の忠臣として、命を懸けてご奉公仕ります!」


 命は懸けなくていいんだぞ、と言いかけたが、秀繁は思いなおした。


「まあ、死なない程度によろしく頼むぞ」

 と。

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