実り豊かな小さな村
櫻井あやめ
第1話
実り豊かな小さな村
その村は比較豊かそうに見えた。
村?いや僕が知ってる村よりも比較的人間は多そうに見える。
山々に囲まれて閉鎖的な村だった。
でも畑も家畜も人間も、健康そうだった。
こんな豊かな場所が?と混乱した。
僕は村から生贄とされて山に置いてかれた。
その頃10歳位だったとおもう。野犬や熊も居る山だった。
生贄を10年に1度出せばいい。そういう古い言い伝えで山に置いていかれた。
逃げられないように手足を縛られて放置された。泣いた。
泣きじゃくった。
でも僕が生贄になるのは生まれた頃から決まってたらしくて親も兄弟もとめなかった。
親が僕を縛った。寝てる僕を。
そして口も塞がれた。
暴れるので箱に入れられた。親は僕を物の用に見つめていたのを忘れられない。
そしてその箱のまま山に置かれた。
暴れまくって何とか箱から出られた。
蓋がはめられてるだけて、紐などで結ばれてなかったので出られたのだ。
しかし足と手を縛られてそれを解くのに時間がかかった。
苦しかった。
解けたとき本当に嬉しかった。
これで生き延びられると思った。
熊や野犬がいるけれど自分が生まれた村に帰る訳にはいかない。
村とは逆の方へ。でもどちらに行けばいいのかわからない。
困り果てた。
そこでここで生き延びる方法を考えた。
生贄として置いていくなら少なくとも次の生贄をおくまで来ないだろうと思った。
子供の僕には残酷な事だった。木の実をとり、食べて考えた。
何より水。
水を1番最初に探した。あちこちに溜まり水はあるけれど濁っていてこわごわ掬って飲んだ。
不味いけど美味しい。
生きていくにはどこか住む場所が必要だ。
雨風が凌げて、水が近くにある所。あちこち探した。
疲れて落ち葉の中で寝た。暖かかった。
段々分かってきた。昼間暖かいので昼間寝る。
夜は寒いので夜動いておく。
野犬は何故か寄っては来なかった。
動物が襲ってこない限りここが1番安全なのかもしれない。
少し山が削れた洞窟があったのでそこで寝起きしていた。
つらい。でも死にたくない。
それだけだった。だけど何日も何日もたってわかった。
このまま寒くなって木の実も無くなったら僕は死ぬ。
野犬や熊もいつか僕を襲うかもしれない。
生まれた村ではなく、どこか遠い村に行かなくては。
決心するまでに時間はかかった。
万が一の場合ここに戻ってこられるように木に石で印を入れながら山を下った。
幸いにも下った方は僕が生まれた村とは違う村に出たらしい。
全く知らない、豊かそうな村に出た。
僕を見て村民達がざわついた。
殺されるかもしれない。
伸びた髪、ボロボロの服。
不審者でしかありえない。
その時やっぱり山から下りるべきではないと思った。
「貴方どうしたの?どこから来たの?」
まだ20歳にもならないようなでも僕より大人の女の子が声をかけてくれた。
「わからないです」
とっさにそう言ってしまった。もし生贄として差し出された人間だとばれたらこの村で歓迎されずに最悪殺されるかもしれないと思ったからだ。
僕はただ死にたくない。それだけだった。
村の人々に女の子が声をかけて僕に水浴びをさせてくれた。
髪の毛も切ってくれた。
洗濯した服も着せてくれた。
「あちこちで村を襲ってる山賊がいるとの噂がある。その村の生き残りかもしれない」
後でそう思われてたと知った。
そして僕はここで住んでいいと言われた。
最初に僕に声をかけてくれた少女。
僕より5歳位上らしい。
よく働く子だった。
僕も村長の家で暮らすことになって、村の手伝いをしていた。
まだそこまで力にはなれないけれど、頑張った。
村を襲われた生き残りと思われてたのは本当に良かった。
過去をほとんど聞いて来ようとはしなかった。
こんな余所者の僕を養える位にはこの村は豊かだった。
山崩れも起こらず、適度に暮らせる。
不思議に思って村長に聞いたら神様のおかげだよ、と目を細めて言っていた。
他の人に聞いても笑顔でそう答えるのだ。
僕の住んでた村とは大違いだ。
いい所に来たと心から思った。
僕は一生懸命働いた。
村人と連携をして熊や動物を殺して食べるという事も学んだ。
段々と僕はコツも掴んで1人でも熊を殺せる位には強くなれた。
この村にきて10年たった。
その日がきた。
豊かな村は神様のおかげ。だから生贄が必要だ。
10年毎の生贄。それは僕に最初に声をかけてくれた彼女だった。
僕は驚いた。
ここは普通僕だろう?と。
でも。
最初から決まってた。
生まれた日から決まってた。僕と同じだった。
彼女はちょっと震えてたけれど、村のみんなが豊かに生きるためだから、と言った。
僕は彼女を連れて村を出ようと思った。
その為には用意をしなければならない。
数日分の食料。彼女は女の子なんだから他にも必要だ。
生贄にされる前日、村をあげてのご馳走が出た。
彼女は美味しそうに食べていた。逃げようと言いたかったけれど、彼女の友達が周りにいて傍に寄れなかった。
生贄にされた後で連れて逃げるべきだ。
そう思った。
だから僕は短剣を懐に入れて生贄のために連れていかれる彼女を追いかけた。
こっそりと。
彼女はある場所で両手を縛られて見たこともない木に縛られた。それが生贄だと分かるようにされているらしい。そしてその木に結ばれた鈴みたいなものを3回鳴らして去っていった。
彼女が縛られてすぐに行動をおこしたかったけれど、監視があるかもしれない。
様子を見ていた。
するとどこから現れたのか分からないが、熊より大きい生き物が現れた。
「お前が今年の生贄か」
「はい」
そう彼女が答えるとその生き物は大きな口を開いて彼女を食べようとした。咄嗟に僕は短剣を握りしめてその生き物に斬りかかった。
「ぎゃあああ!何をするんだ!!」
生き物はとても苦しんだ。僕はこのために熊を殺してきたんだ、そう思った。
「何をしてるの?やめて!!やめて!!」
彼女が叫んでいた。
「助けるから。今助けるから待ってて」
僕はそう言って短剣を強く握り、地面を蹴った。
短剣だからなかなか致命傷にならない。
「約束が違う!やめろお!」
逃げようとしてる生き物を必死で切りつけまくった。
彼女はやめてとばっかり叫んでいた。村を守って!と叫んでいた。
生き物は足を切りつけまくったために動けなくなって泣きじゃくった。
僕それを見て大丈夫だと思い彼女を助けようと彼女にかけよった。
「何をしてるの。助けて。やめて。何をしてるの」
「助けにきたよ。僕と一緒に逃げよう」
彼女は混乱してると思っていた。だから泣き叫んでると思っていた。
彼女の拘束を解いたときに真っ先に彼女は僕を叩いて生き物に近づいていった。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
「約束が違う。これじゃあ約束が違う」
僕は叩かれた瞬間にかたまってしまって意味がわからなくなった。
彼女は今何をしている?
必死で自分の服を脱いで生き物に巻き付けて出血を抑えようとしている。
「俺は今まで村が豊かになるように頑張ってきた。約束が違う」
「ごめんなさい。あの人にも言ってたのに。神様のおかげだって言ってたのに。ごめんなさい」
あの、生き物がみんなが言っていた神様?
耳を疑った。
「神様?」
「そうよ。神様に何をするの。どうして私達を生かして下さる神様に酷いことをするの」
「だって神様に殺されるんだろ?さっきこいつは食べようとしていたから」
僕は震えだした。
意味がわからない。生かしてくださってる?
頭がガンガンし始めた。
「俺は人間が美味しい。だから食べたい。育てている。全部は殺さない。無くなってしまうから」
「育てている?何をしてくれてると言うんだ!畑だって動物だって僕達が自分で育てている!」
ありったけの声で叫んだ。
冷静な彼女の声がした。
「山崩れをしないように、綺麗な水が流れるようにしてくださってるわ。それがないとあの村では生きていけない」
「じゃあ他の場所を探せば良かったんだ!」
「そんな場所はもう他の人達が住んでいる!他の村を襲って奪うしか無いじゃない!」
生き物は息も絶え絶えに話し出した。
「俺はあの場所で人間が暮らしやすいように頑張ってきた。10年に1度食べるのを生きがいにしてきた。家畜と同じだ」
「違う。違う!」
「何が違う!俺があの環境を作ってる!俺がいるから!俺がいるから!!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい……。ごめんなさい。ごめんなさい……」
彼女が悲痛な叫びをした。
「私を食べて生き延びてください。そして村を、守ってください」
彼女がそう言って生き物が彼女に向かって口をあけたとき、僕は地面を蹴っていた。
短剣は舌に刺さった。
「きゃああああ!」
「うおおおおおおおお」
彼女はただ顔を覆って泣くだけだった。
神様と呼ばれた生き物はもうぴくりとも動かなくなっていた。
「君を食べてもこいつはもうすぐ死んでいたよ。死ななくてもいいよ」
「どうして殺したの!どうして村を滅ぼそうとするの!」
「僕も生贄だった。死にたくなかった。君が死ぬのも嫌だった。それだけだよ」
それを聞いた彼女は目を見開いて動揺した。
「あなたも生贄だった?じゃああなたの村もあなたが滅ぼしたの?」
「違う!僕の村にこんな生き物はいなかった!僕は何日も何日もそこで生きてたんだ!」
彼女は力尽きたみたく倒れた。
僕の反論も聞いてくれずに。
僕は彼女を抱き抱え夜を凌げる場所を探した。
少し広い洞窟があって落ち葉を拾いその上に彼女をねかせた。
彼女が気を失ってる姿を見ながら座ったまま寝た。
そして少したった頃、気配を感じて起きた。
「起きた?」
僕彼女に声をかけた。
彼女は放心状態だった。
「本当に神様を殺したのね」
「君たちが言う神様という生き物は殺したよ」
彼女は半身身を起こしながら僕をまっすぐ見つめながら話した。
「なぜ」
「さっきも言った。僕も生贄だった。辛かった。死にたくなかった。助けてくれる人が欲しかった。だから殺した」
彼女は僕をにらんだ。そして涙が溢れ出した。
「どうしよう。神様がころされちゃったら村が滅びちゃう。私が殺すのと同じだ」
「そんなのはデタラメだよ。大丈夫だよ。あいつが本当のことをいってるとはかぎらないだろ?」
「本当かもしれないじゃない。ううん、ずっと私達が生まれて来る前から神様が村を守ってくださってたのよ?どうして貴方がわかるの!」
僕は彼女を抱きしめた。彼女は身をよじって離れようとした。でもさせない。
「守りたかった。だから。村も守る。だから」
彼女は僕に噛み付いた。その勢いで僕は手をはなしてしまう。
「殺害者。卑怯者。あなたは自分の村だけではなく私の村まで滅ぼすのね」
そう言って彼女は泣きじゃくった。
泣きたいんだ。だから泣かせておくべきだ。
僕はそう思って彼女を見ていた。
彼女は泣き疲れてまた気を失うように眠った。
僕も今度は横になり眠ることにした。
熟睡してたのか、彼女が僕の首を締め始めてから目が覚めた。
僕は彼女の手を掴んだ。
「はなして!」
僕はゆっくりと彼女のうでを首からはずした。鍛えてる僕と彼女では力の差が激しい。
殺せるわけがないんだ。でも彼女の気がすむようにさせてあげないと、今は混乱しているから。
「ごはんでも食べよう。お腹すいてるだろ?」
「……」
彼女は放心して座り込んだ。
彼女自身どうしたらいいのかがわかってないからだ。
とりあえずお腹がすいてたら考えもまとまらない。
僕は持ってきた食料を出した。
彼女は見つめていた。
だから口に突っ込んだ。
彼女の目から涙がまた溢れ出した。
「おいしい……」
「うん。だから食べて?」
彼女はゆっくりと食べ始めた。
そして水筒の水を全部飲んで寝ころんだ。
「まだ寝てたい」
「うん。水を汲んでくるね」
彼女は答えなかった。
ここに帰ってきても彼女はいないかもしれない。
でも助けられた。だからそれだけでいい。そう思いながら洞窟を出て水辺を探して水を汲んで帰った。
彼女はまだ寝転がっていた。
「村が滅びるかもしれない」
「大丈夫だよ」
彼女が時々口に出す。その度にこの繰り返しだった。
彼女は今大丈夫だという言葉が欲しいんだ。
それがわかったから、ずっとそう言い続けた。
「水浴びしたい」
そう彼女が言った。
僕は用意していた物を出しながらほっとしていた。
もう大丈夫だ。
僕は足元が悪いからと彼女の手をとって歩いた。彼女は手を離す訳でもなくむしろ僕に寄りかかるように歩いていた。
「水浴び終わったら教えて。それまで木の実とかさがすから」
「うん」
彼女の衣擦れの音を聞いてどうしようもない気持になったのを抑えながら木の実を探した。
干し肉は沢山用意しているけれど、水分も取りやすい果実が欲しい。
彼女が今水浴びしているという事がどれだけ僕の心を占めているのか考えてはだめだと夢中で探した。
「ねえ、ねえ!」
彼女が呼ぶ声がした。
慌てて彼女の元にいった。
「いなくなったかと思った」
「木の実とか探してたから、ごめん」
彼女に採れたての果物を渡した。彼女は泣きながら食べた。
こんなにも泣く人ではなかった。やっぱりそれだけ色々我慢してたんだろう。
「村に帰りたい。でも帰れないよ」
「今は無理かもしれないけど、何日か何ヶ月かしたら村があの生き物がいなくても暮らせるってわかったら、帰れるよ」
彼女は泣きながら無言で頷いた。
僕は彼女を抱きしめた。
彼女は僕に寄りかかって抱き締め返してくれた。
「ごめんなさい」
「ううん」
「ごめんなさい」
「ううん」
ずっと繰り返していた。
その後僕らは洞窟まで手を繋いで帰った。
僕ははなるべく近くにくる動物がいたら殺して過ごしていた。
あれから数日して彼女は木の実を探したり洗濯をして過ごしていた。
僕はここで彼女の気の済むまで暮らしていけるようにするために少しずつ動物を狩る範囲を拡げていた。
小動物がおおいので比較的らくだけど、小動物がいると熊などの大きい動物が来る可能性も増える。
1人だけなら大丈夫。だけど彼女をまもらないといけないから。
その為に毎日を過ごしていた。
干し肉もあったけれど、なるべく日持ちする食べ物は残しておきたい。だから毎日必死だった。
だけど。
彼女と毎日暮らしているからこそ。
彼女を抱きしめたい。その思いが強くなる。でもそんなのはだめだ。
苦しかった。
ある日彼女が寝転んでいる僕を後ろから抱きしめるまでは。
「好き」
彼女が僕に言った。僕は頭の中が真っ白になった。
好き。そうだ。僕は彼女が好きなんだ。だから命懸けで彼女をまもりたいと思ったんだ。
僕は彼女を抱きしめた。その日僕達は夫婦になった。
何日も何日もたった。
彼女はみんなどうしてるのかな、と僕に抱きついて言う。
幸せだった。
助けてよかった。本当にそう思った。
「見に行く?」
「まだ怖い」
僕はここにずっと留まるとは思ってなかったので、食料メインに持ってきたので、服が困るようになってきた。
「とりあえずどこかの村に行こう」
彼女は僕に抱きついたまま、うんと答えた。
彼女が可愛くて仕方がなかった。
多分はじめて声をかけてくれたあの日からずっと。
僕は彼女が好きだったんだろう。
あの時彼女が僕に声をかけてくれなかったら、村人が僕を助けてくれなかったかもしれない。
村に新しい人がくるのは怖い事だ。
いくら子供であっても。
彼女が僕を助けてくれた。だから僕も助けた。それだけなんだ。
神様が助けた訳では無い。自分達ががんばったから生きているんだ。
僕達は山を降りた。そして出た先は、僕が元々いた村だった。
「生贄がいなくなったのに村が残ってるなんて……」
彼女は安心して、泣き出した。
そんな様子を見て村人達が不審に思って近づいてきた。
「お前誰だ?」
「10年前に生贄にされた者だ」
村がざわついた。
老いた両親たちや兄弟達も出てきた。
「復讐にきたのか」
僕はため息をついた。
「復讐したかった。でも今は大切な人がいるししない。服が欲しいだけだ。服をくれたら去るよ」
長老が出てきた。
「生贄が生きて帰ってきたとは。もう生贄は必要ないということか」
「まさかまだ生贄を?」
僕はゾクッとした。もしあんな目にあう子供がいるかもしれないと思うと身震いが止まらない。
「今年また生贄の年だった。お前が戻ってこなければまた村の子供を置いてくる予定だった」
ものすごくほっとした。僕が生きてた意味があった。
この村ではもう生贄は必要ない。
「その人は?」
こわごわ両親が聞いてくる。
「妻だよ」
彼女はぺこりと頭を下げた。
村中が喜んだ。
生贄が生きていて妻を連れて帰ってきたぞー!!あちこちで騒いで長老に家に来るように言われた。
両親と兄弟はどうしたらいいのかわからないみたいで遠巻きに見ていた。
実際最後にみた親の目が忘れられず、話さずに済むのならそれが良かったので、僕からも話しかけようとせず、長老の家に彼女と一緒にむかった。
長老の家で話した。ここから生贄にされてもがき苦しんだこと、彼女の村で救われて暮らしてきたこと。彼女も生贄にされて助けたこと。
長老は聞き終えると不思議そうな顔をした。
山神さまは違う神なのかな。
風習が、ちがうな。
わしらは箱の中に入れて捨ておくように言われ続けた。
生贄を出さなかったら村が滅びると言い伝えられていたが、神様が守って下さってたのか……。
ぶつぶつと考え始めた。
僕達は服を頂きたい。それだけだと言うと、お前の生まれた村だ。嫌な記憶もあるだろう。だが、住みたければ家も用意する。少し住んでみないか
そう提案された。
彼女は僕の生まれた村を知りたいと言ってくれて、長老の家の離れにとりあえず住むことになった。
希望していたのは服だけだったけれど、慎ましやかに暮らすなら充分な用意はすると言ってもらえた。
これから生まれてくる子供達を救ってくれたから。
長老はそう言ってくれた。
彼女は少し考えさせて欲しいと答えた。
理由はわかりきってる。自分の、彼女の生まれ育った村に帰りたいんだ。
でもまだ勇気が出ない。わかりきっていた。
村で畑や狩りを手伝いながら月日は過ぎていった。でも、まだ僕は両親にも兄弟にも会ってはなかった。
どんな気持ちになるかわからないからだ。
ことばでは表せない気持ち。
そして彼女が妊娠した。
段々と大きくなるお腹。愛おしい彼女がますます愛おしくてたまらなかった。
彼女は毎日幸せそうに笑う。もう何もかも許せると思った。
だから両親と兄弟に会おうと思った。
だけど僕が一方的に向こうの家に行ったら怖がるだろう。
だから長老に頼んだ。
長老はこの家に呼んでここで話す方がいいと仰った。
怯えたような両親と兄弟、そして知らない弟。
久しぶりに顔をあわせた。
「いきてたよ」
「うん……」
両親は殺されると思っているのか、ずっと下をむいて座っていた。
兄弟の目も怯えていた。
見知らぬ弟も何を聞かされてるのかは分からないが、小さくなって座っていた。
僕が生贄になった後に生まれた。
「いくつ?」
「10歳です」
こんな幼いころに生贄にされたのか。
「君と同じ歳の頃僕は生贄にされたんだ」
怯えていた弟が顔をあげて僕の顔をまじまじとみた。
「うん。僕が10歳の頃。縛られてて箱の中に入れられて山に捨てられた。何としてでも生き抜こうと思ってたよ。恨んでないかと聞かれたら、うらんでるよ」
そう言って両親の方を見た。
両親は僕を見ていた。
「多分。僕にあの時謝ってくれたらそこまで思わなかったかもしれない。でも、僕はあの時本当に捨てられたんだ。だから村に戻らなかった」
両親は震えだした。
「今は。うらんでるけど、殺したい訳では無い。彼女がいたから。彼女が子供を宿してるから。まもりたいから。だから」
兄弟を見る。
兄弟も怯えた目をしている。
「関わらないで欲しい。それだけだよ。恨まない。でもこれから関わってしまったら、どんな気持になるかは正直わからない。ただの他人であって欲しい。助けを求めたら助けて欲しいし、助けるから」
僕はそう言った。
長老と相談した結果だ。
憎まずに過ごしていけるかどうかなんかはわからない。
でも距離を置いて過ごしていたら、ずっと他人だったら。この村に住めると思うと伝えたら、それがいいと言われた。
親だから大切にしろとは言わない。産んでくれた。それだけは感謝するところだけど、それ以上の気持を持とうとするとお互い不幸になるだけの時もある、と。
だから。決別だ。
赤の他人。
両親は小さな声でごめんなさいと呟いた。耳が痛いほどの静寂の中だから聞こえただけの謝罪。
それで終わりだ。
もう終わりにしたい。
離れにもどって彼女を思い切り抱きしめた。
「愛してるよ。愛してる。大切なのは君とこのお腹にいる子供だけだよ」
彼女は僕を抱きしめてくれた。
「私も愛してる」
それだけでいい。
幸せだった。
幸せだった。
半年位たって、彼女が臨月になった頃、ボロボロの姿で傷だらけの人々が数人村に助けを求めにきた。
長老が話を聴けるようになるのは随分時間がかかった。
泥まみれで腕がなかったりする人々が落ち着いて話せるようになるのは時間がかかった。
彼女がその時診療所に薬草などを届けに行った時。幼馴染と出会った。
腕がもげた姿だった。
幼馴染は彼女を見て動揺した。非常に似た他人だと思っていた。だけど彼女が幼馴染を見て悲鳴をあげて、二人とも顔見知りだと分かって。
そして知りたくなかった現実を教えられた。
僕が神様を殺したあとから、濁った水になっていき、水量がガクンとおちたそうだ。
不審に思って上流に行くと、山崩れで水場が埋まっていた。
今までなかった事だった。
神様が水場を守って山崩れを守って下さってるのに、と人々は混乱したらしい。
そして水が絶対的に足りなくなるのが分かって、村人が何人も水場を掘り起こそうとした。
だけど、人間では手が出せない大きさの岩だらけで、何とか支流を作って村の半分の人間が生きていけるぐらいの水量は確保出来たらしい。それに半年以上かかったので、作物もとれず家畜も死に、子供は飢えて死んで行ったそうだ。
神様が守ってくれていた。
それが真実だったのだ。
僕が殺した。彼女を守るために。
彼女の幼馴染は殴りたいよ、腕があったらね、と吐き捨てるように笑った。
人間を10年に1度食べるだけでいいから村を守る。
家畜と一緒。
神様は本当のことを言っていた。
僕は震えが止まらなかった。
彼女の顔を見られなかった。
彼女を助けたかった。
僕を助けてくれた村人全てを殺してまで?
僕が生贄になれば良かった。
あの時言った。
でも彼女が最初から選ばれてたからと断られたのだ。
だったら2人で食べられるのが正解だったのか?
今はお腹に子供もいる。今から死ぬ訳にはいかない。
幼馴染は
「俺はこれを伝えるために生き延びたんだな」そう言って、寝た。そして二度と目を覚まさなかった。
現実を突きつけられた僕達はどうしたらいいのかわからなかった。
村の人々も同じだった。
彼女が元々住んでいた村の人々も傷が癒えてきたからだ。
彼女は食べ物を食べられなくなっていた。食べてももどしてしまう。
お腹の子供も彼女も心配だ。しかし僕も食べられない。
この現実を受け入れて生きていけない。
彼女は僕に死にたいと泣きついた。
今まで止めていた僕も疲れ切っていた。
死にたかった。
でも死んだらなんのために村は滅びた?
わからない。
わからないけれど、子供が生まれてくる。
子供をお腹にいれたまま死ぬか子供を産んで2人で死ぬか。
選べない。
選べない。
子供のためと2人で無理やり食べた。
僕の兄弟が畑を助けてくれてご飯を作ってくれてなんとか過ごしていけた。
助けてくれてありがとう。
兄弟にそう言えた。
兄弟は泣いていた。こっちこそごめん。助けられなくてごめんなさいと。
子供が生まれた。
僕と彼女は重い罪を背負って生きることにした。
だけど。
この村に留まっているのは、彼女の元々いた村人も住んでいるので。
3人で村を出ることにした。
どんな現実が、真実かわからない。僕の村の生贄は必要なかった。
彼女の村は必要だった。
本当なんてわからないんだ。
だから、違う真実の村で暮らしたい。少なくとも子供は重い罪を背負って生きさせたくない。
ごめんなさい、ごめんなさいと呟く。
届かない。
真実はそこの場所によって違う。
正しいか正しくないかなんかはわからない。
だから、もっと知ろうと思う。
罪が償えるわけではないけれど。
終
実り豊かな小さな村 櫻井あやめ @Raimuchan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます