13話

「ねえ、あんた。さっきから何のつもり?喧嘩でも売ってるわけ?」と一人が言った。

「うん?声がうるさくて、あたしにも聞いてるのかと思ったけど、違うの?」と亜美佳は答えた。


「そんなわけねーだろ!」と、先ほど愛について語っていた女性が怒鳴った。


 充が周りを見回すと、この異変に気づいた他の客たちが、心配そうに、あるいは面白そうに彼らの方を見ていた。


「あんた、名前は何?」


 女性は何を知りたいのか、亜美佳に名前を聞いた。


 亜美佳は、冗談めかして「おまえぶ、さいく」と答えた。


「は?」

「だから、名前。おまえぶ、さいくって」と亜美佳はにやりとしながら返した。


 聞いたこともない苗字と名前に、女性は一瞬戸惑ったが、すぐに「舐めんてのかよ?」と怒鳴った。


 その声に気付いた店員が、少し離れた場所から充たちのテーブルを見ていた。「もしかしたら知り合いかもしれないけど……。でも、また何かあれば注意に行かないと……」と決意していた。




「あなた、彼氏?何か言わないの?ただ黙って見てるわけ?」

 

 隣に立っていた女性が充に向かって問い詰めた。


 充は突然の質問に戸惑い、「え、その…」と答えられずにいた。女性は充を情けなさそうに見つめた。


「それに、見た目が大事って言ってたけど、これが彼氏なの?笑えるわ」と愛を語る女性が言った。


「……」


 充は黙っていた。それは、強く出られない理由の一つだった。亜美佳の「見た目が大事」という意見に賛同するためには、自分にはいくつかの要素が足りないと充は理解していた。自分がイケてる男だなんて考えたことは一度もなかった。


「お似合いじゃない?こんな人と付き合ってると、見た目重視になるわよね」と、愛の女は、反撃しない充を見て、攻撃の対象を変えていた。彼女の細い目はさらに細くなる。


 充は「違う」とも言えず、「その通りだ」とも言えない。まるで前には虎、後ろには狼がいるような状況。そんな大げさな比喩で良いのだろうか。

 

 そもそも、充は亜美佳を止めるつもりはなかった。亜美佳には自由にしてほしい。だから、店員さんが来て止めてくれることを切に願っていた。そうしないと……と充は思うのだった。


「あんたも、よくこんな男と付き合っていられるわね」と女性が言った。



 バシャッ!



 亜美佳は、愛の女にコーヒーをかけた。たちまち、彼女の白いワンピースには不規則な染みが広がっていった。


 その瞬間、周囲はまるで時間が止まったかのように静まり返った。

 

 


「ぷっ、あはは。そういえば、今年の流行色はベージュだってさ」


 その時、怒鳴り声と「お客様」という声が重なって響いた。




 バチンッ!




 亜美佳の頬が一瞬で赤くなる。その音は、服を汚された女性のビンタの音だった。亜美佳は首を捻る形になり、手で頬を抑えていた。

 

 


—―どうしてそうなったのかわからなかった。




 充が気が付くと自分がその女性の胸ぐらを両手でつかんでいた。お客様!と叫んだはずの店員が充を必死に押さえようとしているようだった。

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