第2話『異世界召喚裏事情』

 ニケ様はキセルを取り出した。といっても電子タバコだ。赤色LEDで火が付いたように見えるという凝ったものだ。

「全く、『労働市場の自由化』と言うだけなら簡単だが、実際にやってみると問題だらけだ」

 煙ではなくニコチン入りの蒸気を吹き出しながら二ケ様はぼやく。毎度のことだ。愚痴に付き合うのも居候の仕事だ。

「ニケ様、そんなに難しいのですか?」

 吾輩も決まりきった質問をする。ニケ様は待ってましたとばかりに、熱く語りだした。

「どの世界も優秀な人材は必要だ。だから時には取り合いにもなる。その最たる例が異世界召喚だ」

「自分らもそのパターンでしたよ」

「集団召喚だったな。あれはかなり乱暴だった。『使えそうなやつがいれば儲けもの』というやり方だからな。最初は一本釣りだった。ところがこの方法では問題が出てきた」

「どんな問題が?」

「召喚で人材を引き抜かれる方の世界の神が文句を言いだした。『自世界に必要な人材を不当に引き抜くな』とな」

「でもラノベだと、元の世界では凡人や落ちこぼれというパターンがほとんどですが?」

「そういうパターンもあるが、全体で見れば少数だ。召喚する方も、前世で実績のある英雄の方が安心できるからな。小説なんかはレアケースの方が読者の受けが良いから、そういうパターンが多いだけだ」

「そりゃ、引き抜かれた方は迷惑ですね」

「酷いときは国を丸ごと召喚なんて事もあった。日本を丸ごと、とかな。これが『ピー』国なら逆に喜ばれたんだろうが」

「自分らとはスケールが違いますね。そりゃ影響が大きいわ」

「引き抜かれた世界の神々の中には、報復で相手の世界から召喚を行う神も出て、大混乱の一歩手前まで行った。それで世界間でルールを作ることになった」

 この話は何回も聞いて知っているが、吾輩は質問した。

「どんなルールを?」

「最初は保護プロテクト法だった。まず召喚したい人物を決めて、先方の神に召喚していいか確認する方法だ」

「なるほど、両者合意の上で召喚するわけですね」

「これなら必要な人材は保護できるし、眠っている人材の有効活用にもなる」

「いいことづくめですね」

「ところがすぐに上手くいかなくなった」

「それはまた何故?」

 もちろん吾輩は知っている。だが今のニケ様は、愚痴を聞いてくれる相手が欲しいのだ。

「召喚させる神が外聞を気にするようになったのだ。在野で眠らせていた人間が異世界で活躍すると、『あの世界の神は人事が下手だ』と噂されるようになったからな」

 外聞を気にするとは、神様も案外俗っぽいな。吾輩はそう思ったが、もちろん口にはしない。

「それで許可が下りなくなったと?」

「そうだ。そこで考案されたのが交換トレード法だ。相手に召還を認める場合、逆に相手の世界から誰かを召喚する権利を与えられるという方法だ。一方的ではなく相互的な召喚なら、どちらにもメリットがあるし、評判も公平になるだろうと考えられた」

「そうなったんですか?」

「わからん」

「わからない?」

「ウム。この方法は合意マッチングが極端に難しかった。在野の人材のみという時点でハードルが高いのに、そのハードルを両者がクリアしたうえで、互いの人材の価値を同等にしなければならなかった。そのため成立した件数が少なく、成立までの時間も長くなった。神のスケールでも現実的でないと分かった」

「はあ。それで、またルールが変わったんですか?」

 ニケ様は頷く。

「次に考案されたのが転生ワルキューレ法だ。生者を召喚するのではなく、死者の魂を召喚して、前世の記憶を持ったまま蘇らせるという方法だ」

「なるほど。死んだ後なら相手に迷惑をかけないと」

「ウム。この方法で神同士の軋轢あつれきはひとまず回避できたのだが、別の問題が発生した」

「どんな問題です?」

「生前召喚と比べると、転生法は成功率が低いのだ。世界によっては乳幼児の死亡率が高い。せっかく転生させても、活躍する前に死んでしまうケースが多いのだ」

「でも、それは世界固有の事情ですから、仕方がないのでは?」

「その事情を改善するために、転生をさせるのだ」

「それは……泥沼ですね」

「やたらと転生を繰り返す世界は、神々の間でも評判が落ちるようになった。それゆえ、転生のハードルもやはり高くなってしまった」

 世界がよくなるのなら、一時的な評判を気にする必要などなさそうだが……神様というのは意外と見栄っ張りなのだろうか? もちろん吾輩は疑問を口にしなかった。

「そこで多くの神は召喚した魂を、その世界の貴族など特権階級に転生させるようにしたのだ」

「なるほど、特権階級に生まれれば、生存確率は上がるわけですね」

「ウム、だがこれも問題があった。特権階級ばかりから優秀な人材が出るようになった結果、封建制度が長く続くようになったのだ。転生者によって一時的に社会が良くなっても、社会の構造が固定化されたため、飛躍的な進歩が起きにくくなった」

「短期的な解決にはなっても、長期的・抜本的な解決にはならなかったわけですね。それで、またルールが変わったんですか?」

 ニケ様はぷぅーとニコチンを吐き出す。

「一つの世界だけで努力するのは限界がある。問題には多世界が協力して当たろう、そういう流れになった。そこで出てきたのが全体最適化グローバル・オプチマイズ法だ。垣根を無くして多世界間で人材配置を最適化すれば、全ての世界が利益を得られるはずだ。そういう考え方が台頭してきた」

「グローバリゼーションですね。懐かしいな。自分の前世界もそうでした」

「ところがこれにも問題があるのだ」

「……ひょっとして『格差世界』ですか?」

 うんうんと頷くニケ様。

「たしかに全体最適化法で、ほとんどの世界が恩恵を受けた。だがその恩恵は均一ではなかったのだ。もともと豊かな世界ほど恩恵は大きく、そうでない世界は恩恵が小さかった。これは世界間の序列を固定化する陰謀だという説が、神々の間で流布するようになった」

 陰謀論に嵌まるとは……神様って本当に偉いんだろうか、などと罰当たりなことは決して口にしない。

「それで自世界優先ローカル・オプチマイズ主義が台頭してきた。神々の軋轢の再来だ」

「うわー、それは拙そうですね」

「陰謀というのは誤解で、単に人口と教育レベルの違いの問題だったことが数学的に証明されたのだが、それが火に油を注いでしまった。後進世界が遅れているのは、神の管理が下手なのが原因とはっきり分かってしまったからな」

「でも数学的に証明されたのなら、認めるしかないでしょう」

「それが、少なくない神々が認めなかったのだ。証明をでっち上げ《フェイク・ニュース》と否定してしまったのだ」

 神様の中にはミニト〇ンプ、いやビッグト〇ンプがいるのか。ますます人間臭い。

「それに豊かな世界でも自世界優先主義が台頭してきた。転移・転生者が活躍すると、地元民の不満が溜まる。特に優秀な人材は取り合いになることもあり、各世界は招致合戦を繰り広げるようになった。そのため待遇も鰻上りになり、地元民との間に格差が生まれるようになった」

 前世界でいうと、フランスから来た自動車会社の元経営者みたいなものか? そういや、ついさっきどこかへ転生していった鈴木たちだってそうじゃないか。

「当然地元民は、神に不満を抱くようになる。信者の減少と信仰の衰えは、神にとって力の衰えに直結する」

「それじゃあ、異世界召喚も異世界転生も先細りでは?」

 ニケ様はキセルをトントンと火鉢に軽く打ち付ける。電子タバコだから灰を落とすわけじゃない。ニコチンが抜けた葉タバコを落として、電源をオフにする操作だ。

「全体最適化法とは人材の資本主義だ。資本は常に増やさなければならない。そこに倫理観はない。今までは在野の人材を発掘することで、人材を増やしてきた。だがその過程で世界の在り方がいびつになった」

「世界をよくするために始めたのに、それでは本末転倒では?」

「その通りだ。人材資本主義も終わりかもしれん。社会の主役である『人』を、遣り取りの対象の『財』と見做みなすことに、間違いがあったのかもしれん」

「でもAIによるマッチングを、今でも続けてますよね?」

「代替案がないのだ。資本主義に代わる人材再配置モデルがないのだ」

 そう言いながら、ニケ様はキセルを掃除している。

「このまま自世界優先主義が蔓延はびこれば、世界はタコツボ化し分断される。異世界召喚や異世界転生もなくなるだろう。これらは一過性のブームとして消えていくのかもしれん」

 いつもはここで話が終わるのだが、なぜか吾輩は続きが気になった。

「本当になくなるんでしょうか?」

 ニケ様は吾輩が話を続けたことに意外そうな顔をしたが、話に付き合ってくれた。

「完全にはなくならんだろう。だがかなり地味になるだろうな」

 ニケ様は仕舞いかけたキセルに、再び葉タバコを詰めた。そしてキセルの電源を入れる。

「やはり新しいモデルを模索すべきでは?」

「それはもちろんやっている」

「『新・資本主義』ですか?」

 ニケ様は胡散臭そうな顔をした。

「何だ、それは?」

「最近、私の前世界のリーダーが言っているらしいです」

「そんなモノは知らん。最近の本当の流行りは『SRGs』だ」

「エスアールジーズ?」

 吾輩はオウム返しをしてしまった。

「"Sustainable Reincarnation Goals"(サステナブル・リインカネーション・ゴールズ)の略だ。直訳すると『持続可能な転生目標』という意味だ」

 ニケ様は再び蒸気を吸い込む。

「分かったような、分からないような、曖昧な言葉ですね」

「色々な施策の寄せ集めだからな。一言で言い表せんのだ」

 要するに、「決定打となる施策は存在しない」ということか。

「どんな施策があるんですか?」

「AI導入もそのひとつだ」

 吾輩は胡散臭そうな表情をしたらしい。ニケ様はキセルから蒸気を思いっ切り吸い込んでから、先を続けた。

「AI導入は転生先決定の高速化だけが目的ではない。転生者の寿命延長もそうだぞ」

 吾輩の脳裏には疑問符が浮かんだ。それがニケ様には見えたらしい。

「もちろん人間の生物学的な寿命は変えられない。神様といえど既に初期設定を済ませた自然法則ことわりを変えることはできないからな。それなら今の生を強制終了して、その後に新たな生を与えれば、寿命を決める生物カウンターは巻き戻せる。リセットも巻き戻しの一種だ」

「それってつまり……」

「輪廻転生だな。もちろん生まれ変わるのなら、世のため神のために役に立つ人間になってもらわなければ意味がない。そのために必要な再教育リスキリングは、新たな生を与える前に済ませる必要がある。再教育が必要な人間の選別もAIの仕事だし、各々の教育内容カリキュラムの設定も同様だ」

 吾輩は背中に冷や汗をかきながら、次の質問をした。

「……その再教育を行うための、専用の世界があるのですね」

「ウム、それをなんと呼ぶか知っているか?」

「……地獄、でしょうか」

 ニケ様は口角を上げて笑った。口が耳の近くまで裂けて三日月状になる。その様子は高橋が言ったように化け猫そのものだった。

「持続可能な転移・転生を実現するためには、再利用リサイクルは欠かせない。おまえが言ったそれは、転生者の再処理工場だ」

 これは新しいモデルなんかじゃない。『SRGs』とは人材資本主義を延命させるための手段じゃないか。ニケ様は社会の主役は『人』だと言ったが、その中に転生者は含まれていないのだ。転生者とは、どこまでいっても遣り取りの対象の『財』なのだ。そこに本人の意思はない。人材資本主義が間違いだったとしても、まだ続けるしかないというのか?

「先ほどの三人が、どこへ旅立ったか知りたいか?」

「いいえ、この世界で彼らの活躍を祈るだけで、私は満足です。それにニケ様のお手伝いができることに、喜びを感じています」

「そうか、では励むがよい。火鉢の掃除を頼む」

 ニケ様はそう言うと、ずんずんずんと寺院の奥へ戻っていった。

 吾輩は言いつけどおりに火鉢を掃除する。鈴木たちのことを考えると、無職も悪くない気がする。

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無職の吾輩が人生リセットを支援した件 無虚無虚 @void_void

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