貴方が堕としたかったのはどの聖女ですか?

高山小石

魔王が本当に堕としたかったのは……

「どうかわたくしをここで働かせてくださいませ!」


 魔界では珍しいはずの聖なる輝きを持つ女性が、魔王を訪ねてやってきた。

 玉座できょとんとする少年魔王に、側近は額に手を当てた。


「魔王様? 今度は一体ナニをやらかしてくださいましたか?」


「泣いていたから話を聞いて原因を取り除いたけど、ダメだった?」


「とんでもありませんわ! 魔王様には私の国の悪しき風習である生け贄いけにえ制度を無くしていただきましたの。そのお礼も兼ねて、わたくしが魔王様にお仕えしたいと志願してきたのです!」


「それ生け贄と変わらないのでは?」


「意志の疎通もできない獣の餌になるのと、自ら喜んでお仕えするのとは全然違いますわ!」


「はぁ。正直、魔王様のお世話係は足りているので、お帰り願いたいのですが」


「嫌です! 魔王様にご恩返しできるまでは帰りませんわ!」


「はぁ貴女もですか。では、貴女の得意技が他の方と違うかどうか、隣で話し合ってもらいましょう」


「あら? どうして隣からわたくしと同じ力を感じますの?」


「貴女と同じで、魔王様に救われたという聖女がすでに多数いらっしゃるからですよ」


「えぇ?」


 数十人の聖女が集まって話し合っている中に、今来たばかりの聖女も放り込まれた。


 「みんな仲良くなれたら嬉しいね」と無邪気に笑う少年魔王に、側近は頭を抱える。


「魔王様。私は確かに『聖女を堕としてきてください』と言いましたよ。言いましたけどね、堕とし方が違うんですよ! なんでみんな聖女のまんま魔界に来るんですか! ちゃんと闇落ちさせてくださいよ!」


 聖女の力は魔人や魔界を壊すほど強力だ。

 先の大戦の後、こちらはやっと魔王が復活できたばかり。四天王はじめ将軍たちはまだ復活の兆しすらない。


 側近としては、とにかく一人でも聖女の数を減らしたかった。


 なのに聖女のまま魔界に来られては、こちらの対応次第で火をふく爆弾に入り込まれたようなもので、強く出ることさえできない。


「怒ってる? 余のことキライになった?」


 玉座から涙目で見上げられ、側近は「う」と言葉に詰まる。


 復活したばかりの魔王は幼いながら魔力量が豊富で、それは魔界の住人にはとても魅力的に感じる。

 もちろん側近も例外ではない。


「だ、だから、私のことは堕とさなくていいんですって! 人間の聖女をですね」


「言われた通りにやったよ? 聖女に甘く囁いて言うこと聞かせたよ? 『なに泣いてるの? 困ったことがあるなら話を聞くよ』って。『助けてあげられたらでいいから、余のことも助けてね』って」


「そうなのですが、そうじゃなくて〜〜」


 今の魔王は幼い見た目で幼い言動をとっている。以前の記憶がどこまであるのかもわからない。

 どうしたものか、側近が言葉を選んでいると、ばぁんと大きな音をたてて、聖女たちが集まっていた広間から出てきた。


「皆の役割が決まりましたわ!」

「これで魔王様のお役にたてます!」

「お任せ下さい!」


「あぁ、もう! 聖女がた、さっそくお聞かせください!」


 結局、聖女たちに押し切られる形で、少年魔王と聖女たちは魔界を行脚あんぎゃしてまわることになった。


 ――数年後。


 聖女たちのおかげで魔界をむしばんでいた汚染はなくなり、食物や土地を人間と奪い合う理由が消え、魔人と人間が戦う理由はなくなった。


「これでご恩返しができましたわ!」

「残念ですが、わたくし達は国に戻らなくてはなりません」

「魔王様、ぜひまた人間界にも遊びに来て下さいませ」


 聖女たちが名残惜しみながら魔界を去っていくのを見送ると、側近は聞いた。


「魔王様は人間と共存したかったのですか?」


 すっかり側近の背を追い越した魔王は、やわらかく微笑んだ。


「今生は心安らかにお前と一緒に過ごしたかったんだよ」


 青年になった魔王は、自分が復活する前から変わらず自分に仕え続ける側近を抱き寄せた。


 人間界では、魔界での行脚を通して各国の聖女が仲良くなったことで、国同士がもめても、聖女たちが連絡を取り合い、大事に至る前にとりなすようになっていた。


 復活した四天王と将軍たちは魔界の復興につとめ、民から慕われた。


 魔界も人間界も長い平和な時代となり、魔王の狙い通り、魔王と側近は末永く心安らかに過ごしたのだった。

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貴方が堕としたかったのはどの聖女ですか? 高山小石 @takayama_koishi

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