第40話 真実は無情ではなく、優しさ
建物が崩れていく。
何とか無事に逃げだせた
ともに逃げた
ただひとり、
そのことに
「ん? ああ、大丈夫だって。天井に穴が空いてたってことは、そろそろ……お?」
ひょうきんな声で空を指差す。
灰色の空がゆっくりと左右にわかれていった。次の瞬間、さんにんの元に無数の黒い羽が舞い降りる。羽に手を触れれば、淡い蛍火のような光とともに消えていった。
「……ようやく、お出ましか。遅かったな、冥王様──」
黒い羽が階段となり、誰かが、静寂を纏って降りてくる。
降りてきたのは美しい青年だった。
腰までの黒髪を三つ編みにし、漆黒の漢服を着ている。
凪の眉に、細いけれど美しい瞳。すっと伸びた鼻、薄い唇からは品が溢れていた。黒髪に見舞うだけの健康的な肌色も相まって、女性が見たら一瞬で惚れてしまいそうなほどに整った顔立ちをしている。
そんな青年は男らしい骨太な指をしている手を出し、
「──話は、
「そうか。
「
ふたりは知り合いのよう。親しい様子で話をし、黒い
青年は巻き起こる
「……この
「……んー。まあ、そんなところかな?」
青年はその表情の意味を悟ると、はあーと面倒くさそうにため息をつく。背筋を伸ばして
「……どうやら、霊力が暴走していたようだな」
表情を変えずに、壊れた建物へと進んだ。瓦礫を退けた拍子に、ふっと、笑顔を浮かべる。
視線の先には、ふたりの美しい男が横たわっていた。
ひとりは黒髪の男、
そんな彼は一緒に眠る
ただ、華服は汚れてはいるものの、破れたりはしていない。この場にいる誰よりも長い髪は、左右の一部を残して銀へと戻っていた。
互いを求め合うようにして眠るふたりを、
「……
三つ編みの美しい青年は、
眠るふたりの頬にかかる髪をそっと退かした。彼らを見つめる瞳は優しさに満ちていて、暖かさすらあ感じられる。
「秘伝の薬を渡しておこう。火傷に効く、最高級品だ」
「……そんなのあんのか? ってか、真実を伝えるのか?」
「ああ。いつまでも隠しておくわけにはいかないだろう。それと……」
青年の登場に驚いて腰を抜かしている
「馬鹿息子、冥王の元で性根を叩き直してこい!」
いい機会だと言わんばかりに、とても爽やかな笑顔になる。
けれど青年にひと睨みされた瞬間、借りてきた猫のようにおとなしくなった。
青年は深くため息をついて、
そして軽々と持ち上げ、肩へと担ぐ。
「この者が人間界でやっていたこと。それを見逃してしまっていた私にも責任はある。例え半妖だったとしても、私の配下である妖怪に変わりはしない」
どんなに偉い地位にいる者であっても、ひとつひとつを細かく見ることはできない。それはこの、冥王と呼ばれている青年とて同じだった。
けれど今回ばかりはそれでは駄目だと、はっきりと言葉にする。
「今回の騒動も元をただせば、幽霊谷に住む鬼の一族にすべて任せてしまっていた私のせいでもある。何よりも……」
仲慎ましく横たわっているふたりを注視した。
「私の子が巻きこまれてしまったわけだからな……」
「……ああ、まあな。ってか、あのことも、
寝ている彼らを荷台の中へと乗せ、自らは手綱を手にとる。
人攫い顔負けな鮮やかさを披露する彼へと、青年は軽く頷いた。
「
「ははは。あの男らしいな。……ん? 待てよ? ってことは冥王様は、今の今まで知らなかったってことか?」
「……いや。何となくではあったが、そういった予感はしていたさ」
少しだけ弱々しく首をふる。けれどそれ以上のことは言わず、踵を返した。
「細かなことは後日だ。私はこう見えても忙しい身でね」
ふっと微笑する。そして片手を
やがて、
□ □ □ ■ ■ ■
事件が一旦解決し、
おかしなことに外傷はなく、服も燃えていない。髪すらもきれいなままだった。
それについて
「……
「食べるということは、とても大事です。私は逃亡中、食べれなかったときが結構ありましたし」
笑顔で答える
「いやいや。そうだったとしても、これは……」
向かい側からから笑い声が聞こえる。ときおり、うぷっと、吐き気を堪えるようなものも耳に届いてきた。
けれど
「はあー。ご馳走さまでした」
「そ、そうか。よかったな……」
「
握ってくる彼の手は、やけにベタついていた。
その理由も、言葉の意味もわかからない
「……ふふ。突然、何を言い出すかと思えば……」
笑って誤魔化すしかできなかった。
──私も、本当はあなたのことが好きです。
己の中にある、ひとつの大きな不安が膨れていく。はいと答えることができず、ただ、首を左右にふるだけだった。
彼の手をそっと退かし、黒くなった髪の一部に視線を送る。その部分を見るだけで胸が締めつけられ、泣いてしまいそうになった。冬の寒さのせいか、それとも緊張からする震えなのか。それすら考える余裕がないほどに、胸の奧から苦しくなっていった。
涙を瞳の奧に隠し、無理やり笑顔を作る。
「……無理、ですよ。だって私とあなたは……」
──泣くな。泣いたって、何も変わらない。
必要に心の中で感情を抑えた。
作り笑いのまま
「……血の繋がった兄弟かもしれないんですから」
「…………え?」
驚いた様子で両目を見開く彼をよそに、
──
もういっそのこと、ここで別れを切り出してしまおう。そう、考えてしまった。
顔をあげて困惑している彼に伝えようと、口を開いたそのとき──
「──諦めるのは、まだ早いですよ? 父上、母上」
部屋の扉が開き、薄黄色の華服を着た
この場にいる誰よりも朗らかな笑顔。そしてふたりを見つめる瞳には、優しさが溢れていた。
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