第39話 血が繋がっていなくても親子なんです

 扉のむこうがわから現れたのは、黄 沐阳コウ ムーヤンだった。彼は李 珍光リー ヂェングアンを養子として迎え入れた。実の子供のように厳しく、それでいて子供を想う親として。

 李 珍光リー ヂェングアンの前に姿を見せた。


「………馬鹿息子が!」 


 神経質そうに眉をよせ、拳を握る。ギリッと歯軋りさせたかと思えば、李 珍光リー ヂェングアンの顔面をおもいっきり殴りつけた。

 

「……っ!?」


 李 珍光リー ヂェングアンは吹き飛ばされてしまう。それでも最後には歯を喰いしばり、何とか立っていた。

 口から血は手でいない。けれどジンジンとした痛みがあるようで、頬をさすりながら黄 沐阳コウ ムーヤンを睨みつけた。


「親父……何をする!?」


「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどよ? ここまでだったとは」


 黄 沐阳コウ ムーヤンはあきれたようにため息をつく。李 珍光リー ヂェングアンへと近づき……あろうことか、下半身の服を脱がしてしまった。逃げようとする彼を捕まえ、お尻を何度もたたく。


「お前は! 何度、言えばわかる! リーの性じゃねー! コウだって、言ってんだろうが!」


「うぎゃあーー! ま、待つッス! お、親父、お尻をたた……あぎゃーー!」


 李 珍光リー ヂェングアンの悲鳴と、尻をたたく音が響いた。


「この俺様が、子供をかわいそうだと思ったから引き取っただぁ!? いつからお前は、俺の心を代弁して動くようになった? ああ!?」


「うぎゃ! じ、事実しやないッスかーー! 俺が親に利用されて、挙句の果てに捨てられて……だから親子は、俺を哀れに思って……ぎゃーー!」


 懲りずにいる李 珍光リー ヂェングアンへ、黄 沐阳コウ ムーヤンの制裁が加速していく。


「だからてめーは! いつから俺になったんだ、よ!」


「ぎ、ぎゃーー!」


「……俺の気持ちなんざ、俺にしかわからねー。もちろん、てめーの気持ちも、てめーにしかわからねーよ」


 だけどなと、尻たたきをやめた。

 

 たくさん尻をたたかれた李 珍光リー ヂェングアンは動けなくなり、その場で情けなく泣いている。


 そんな彼の頭を、黄 沐阳コウ ムーヤンはそっと撫でた。先ほどまでの怒り狂った表情はなく、子を想う親の顔になっている。そして動けない李 珍光リー ヂェングアンを軽く抱きしめた。


「──かわいそうだから引き取ったとか、そんな理由で子供養えるほど、俺の仙家せんけは裕福じゃーよ」


「…………」


 体を離す。下を履けと促し、八卦鏡バーコーチンを投げて渡した。


 李 珍光リー ヂェングアン八卦鏡バーコーチンを受け取り、それを見つめる。八卦鏡バーコーチンは東西南北の位置に四神が描かれていた。そして……白虎がいる位置に、小さな文字が彫られている。

 その文字は黄 珍光コウ ヂェングアンという名前だった。


「この八卦鏡バーコーチンは代々、頭領を担う者の名を刻む決まりになってんだよ」


 朱雀には黒 虎明ヘイ ハゥミン、青龍は爛 春犂バク シュンレイ、玄武のところには黄 沐阳コウ ムーヤンの名が彫られてている。


「お前はいずれ、空白だった白虎の位置を守護する。そのために、訓練したり作法を学ばせたりもしたんだぜ?」


 ぶっきらぼうに語る。


 黄 沐阳コウ ムーヤンは天井を仰ぎ見た。けれどそこにはなぜか天井はなく、ぽっかりと屋根に穴が空いている。

 そのことに首を傾げながら、李 珍光リー ヂェングアンへと語っていった。


「お前には才能がある。他者を動かすっていう才能がな。だから、その才能を生かせ! 間違った使い方はするな」


 かわいそうという気持ちから引き取ったのではない。才能を見出だしたからこそ、生かせるような場を作るために、養子てして引き取った。

 恥ずかしそうに、そう、話した。


「……な、ッスか、それ……はは。だったら初めから、そう、言ってくれればいいのに……」


 感情が追いつかないのだろう。李 珍光リー ヂェングアンは笑いながら、八卦鏡バーコーチンの表面を撫でていた。





 傍観者の爛 梓豪バク ズーハオはあきれる。白月パイユエはオロオロとし、これでいのかと彼に聞いていた。


「……いやぁ、あれは阿光アーグアンたちの問題だからな」


 親子の間で起きたことを、他人がどうこうできるはずもない。

 あくまでも他人事として見ていた。


 ──それに、本当の意味で制裁を加えるのは黄兄コウニィじゃねーしな。阿光アーグアンが改心したとしても、もう止められねー・・・・・・し。


 天井を凝視する。そこには、自分で開けた穴があった。


「あっちは大人たちに任せようぜ。それよりも……」


 踵を返し、王座で眠る美しい人──全 紫釉チュアン シユ──を見つめる。

 輝いていた銀髪は、ほとんどが黒くなってしまっていた。長いまつ毛や白い肌は変わらない。


「……阿釉アーユ


 そっと、優しく頬に触れた。


 ──冷たい。脈が止まりかけてる。このままじゃ……


 ギリッと、両拳を握る。椅子に両腕を固定させている糧をほのおで外した。


「帰ろう、阿釉アーユ


 泣きたくなるのを堪え、腕を伸ばす── 


 瞬間、意識を失っていた全 紫釉チュアン シユの瞳が開かれた。

 爛 梓豪バク ズーハオは彼の名を呼ぶ。白月パイユエは必死に「母上!」と、瞳を潤ませていた。


「…………」


「……阿釉アーユ?」


 意識は戻ったのに、気持ちがここにあらずなよう。眼差しは虚ろで、何も見てはいない。表情を捨てたような、そんな姿だった。

 瞬刻、立っていられないほどのほのおが、全 紫釉チュアン シユのからだから放たれる。


 爛 梓豪バク ズーハオ白月パイユエを庇いながら玉座から離れた。


 親子の喧嘩をしていた李 珍光リー ヂェングアンたちですら、何事かと、視線を走らせる。


阿釉アーユ!?」


 ときおり爛 梓豪バク ズーハオは黒いほのおを使っていた。それとは比べものにならないほどの勢い、そして熱を生んでいる。

 あまりの勢いに爛 梓豪バク ズーハオはおろか、黄 沐阳コウ ムーヤンですら近づけなかった。


「おい阿光アーグアン、お前、阿釉アーユに何をしやがった!?」


 ほのおを見ながら呆然と立ち尽くす李 珍光リー ヂェングアンの襟元を掴む。

 李 珍光リー ヂェングアンは慌てて首を左右にふった。


「ち、違うッス! 俺は何もしてないッスよ! た、多分だけど、暴走してるんじゃないッスかね!? うわっ!」


 ほのおが形を変えていく。それは巨大な竜巻となり、建物を壊していった。ほのおなので熱もあり、建物のあちこちで火柱がたっていく。

 

「……まずい、このままじゃ!」


 ──どうしたんだよ阿釉アーユ。俺のこと、忘れちゃったのか!?


 ひときしり考えてみた。けれど結論は出ない。それでもやれることはあるのだと、自分に言い聞かせた。


「……あ、ゆ……」


 熱く、チリチリと、髪や服が焦げていく。体の肉に燃え移っていき、激痛が走った。

 けれど前だけを見て、重たい体を引きずってほのおの中を進む。


 ──くっそ、前が見えない。でも、阿釉アーユを失いたくない。


 体が燃えようとも、大切な友を優先したい。そんな気持ちだけを糧に、ほのおの中で声を荒げながら名を呼ぶ。


阿釉アーユ! 阿釉アーユ! ……っ!?」


 どこをどう歩いたのか。それすらわからない、方向感覚を失うほどの視界の中、椅子に座る全 紫釉チュアン シユを発見した。


 両目は開いているが瞳は虚ろで、何も見ていないような……すべてを放棄してしまった姿の彼だけが椅子に座っている。


阿釉アーユ、帰ろう!」


 全 紫釉チュアン シユへと手を伸ばし、ギュッと細い体を包んだ。


「離して……もう、嫌だ。怖い、怖い。爛清バクチン、助けて……どこに、いるの?」


 全 紫釉チュアン シユの声、そして体は震えている。泣いてはいないけれど、瞳には感情を映してはいなかった。


 ほのおが、全 紫釉チュアン シユの傷ついた心が、彼のすべてを焼きつくしていく。それは文字通りのことで、肌のいたるところが燃えていた。


「……阿釉アーユ、大丈夫。俺はここにいるから。俺は、阿釉アーユの側にいるから──」


 ──はは。いまさら気づいた。ときどき胸を刺すような痛み……あれは、阿釉アーユを取られたくなったから。


 全 紫釉チュアン シユを愛していたからだ。


 ようやく気づいた想いを笑顔に乗せる。そして感情をなくしたまま泣く全 紫釉チュアン シユの唇に、自身を重ねてていく。


「帰ろう。俺たちの日常に。楽しくて、嬉しくてしかたのない日々に、さ」


「…………」 


 黒く、闇しなかったほのおは、ふたりの気持ちを表すかのようにあかくなっていった。

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