第38話 暴力ではなく口で対決。これ絶体

 李 珍光リー ヂェングアンはふてぶてしいまでの態度だ。

 意識をなくしたまま玉座に座る全 紫釉チュアン シユを、我が物顔で触り続ける。悪態でなく、表情で示していた。


 それが爛 梓豪バク ズーハオにとって、怒りの矛先になっていく。

 指先にほのおを絡め、細い剣を作り出した。それを軽く一振すれば、強風へと変わる。


「ひゅー。爛兄バクニィの本気、ようやく見れたッスね」


 口笛を鳴らし、挑発した。


 けれど爛 梓豪バク ズーハオは眉をよせたまま、李 珍光リー ヂェングアン……ではなく、全 紫釉チュアン シユだけを瞳に入れる。


 そのことに気づいた李 珍光リー ヂェングアンは無視しないでほしいなと、肩をすくませた。


「…………わりぃな。こればかりは、俺じゃどうにもならねーんだ」


「…………?」


 李 珍光リー ヂェングアンが首を傾げるのを見計らい、剣を天井へ向かって投げる。


「……爛兄バクニィ、ちょっと意味がわからないッスけど?」


 本気で困惑しているのだろう。どう、捉えたらいいのかを視線で訴えていた。彼の隣にいる白月パイユエへ視線で助けを求める。

 けれど白月パイユエも彼の意図が掴めないようで、首を左右にふって答えを拒否していた。


「真面目にやってほしいんッスけど?」


「あん? やってるさ。俺的には、な」


 いつもの、李 珍光リー ヂェングアン阿光アーグアン呼びしながら、一歩ずつ距離を縮めていく。


 李 珍光リー ヂェングアンは彼の本心が掴めないまま起き上がった。顔の筋肉を強ばらせ、爛 梓豪バク ズーハオの胸の内を探ろうとしているよう。


 爛 梓豪バク ズーハオは無言で足音をたてた。コツコツと響く音だけを耳に入れて、視線をまっすぐ李 珍光リー ヂェングアンへ送る。


「……なあ阿光アーグアン、教えてくれないか?」


「……?」


 李 珍光リー ヂェングアンは札を取り出し、戦闘態勢に入った。

 片や爛 梓豪バク ズーハオは無防備そのものの姿勢で、口と足を動かす。


 奇妙で、釣り合わないふたりの行動だ。それでも爛 梓豪バク ズーハオは己の自由を貫くように、言葉を発する。


「お前は鬼魂グゥイコンの出身って話だったけど、どの種族なんだ?」


 一見すると純粋な興味。されど、それが今の状況と何の関係があるというのか。

 これにはともにいる白月パイユエにすら、ため息をつかされてしまった。


 背中越しに受けるあきれを含む吐息に、爛 梓豪バク ズーハオは苦笑いする。


「いや、だってさ。気になるじゃん。鬼魂グゥイコンの町出身ってことは、お前は妖怪? それとも人間?」


「……空気読んだ方がいいッスよ?」


「だからって、いちいち阿釉アーユに触れようとするな」


 いつの間にか李 珍光リー ヂェングアンとの間合いを詰めた。聞きわけのない弟弟子の脳天に軽い鉄拳を食らわす。


「ちょっ……あんた、本当に空気読むべきっしょ!?」


 この緊迫した事態で、なぜこのようなことができるのか。子供染みた行動だと、非難する。


「俺が、平和主義なの知ってるだろ? 争いは好まないんだよ」


「いやいや、おかしいッスよ!? ここまで来ておいて、その台詞! 能天気にもほどが……っ!?」


「いやぁ、俺ってば小心者だからさ。こればかりは、な」


 玉座のある階段に足を乗せた。そして頭を掻き、仁王立ちで李 珍光リー ヂェングアンと対峙する。


「俺、考えるとか本当に苦手でさ。でも、ときにはそういうのが必要なんだって思う」


 李 珍光リー ヂェングアンだけを瞳に映した。いつになく神妙な面持ちで嘆息する。


「なあ、本当に教えてくんない? お前、人間なの? それとも妖怪?」


「……爛兄バクニィと同じッスよ」


「え? そうなの?」


 緊張感の欠片もない会話が飛び交った。


「ってことは、半妖か。何の妖怪なんだ? ちなみに俺は、冥界の王と人間の半妖な」


 爛 梓豪バク ズーハオと同じという言葉は彼の瞳に宿る緊迫を、さらに弱めていく。エッヘンと胸をはり、鼻高々だ。

 それでも視線だけは李 珍光リー ヂェングアンへと向いている。


「……俺は、鬼の一族ッス。鬼魂グゥイコンの側にある幽霊谷を仕切る、一族の者ッス」


 ほのおのようにあかい髪を払いのけ、彼に対抗するように背筋を伸ばした。爛 梓豪バク ズーハオよりも一段上に乗ってはいるが、それでも彼より低い。

 キッと睨むように爛 梓豪バク ズーハオを見上げた。


 爛 梓豪バク ズーハオは、ふーんとだけ口にする。


「……鬼、か。あの町の出身ってのも、頷ける。だけど、わからないな」


 警戒心を全身で現す李 珍光リー ヂェングアンを横に置き、男をチラ見した。


 案の定、彼の言葉を挑発と捉えたようで、敵意剥きだしの眉をしている。瞳をギラギラと燃やしながら、憎い相手でも見てるかのような眼差しをしていた。


黄兄コウニィの養子になったのは何でだ? 阿釉アーユに近づくのに、都合がよかったからか?」


 一歩、階段を登る。李 珍光リー ヂェングアンよりも上段に行き、踵を返した。


「そうッスよ! 紫釉シユ様が親父たちと親しいって知ったから、俺は養子になることを選んだッス。そうすれば監視だってできるし、いつでもあか魂石こんせきを手に入れられるッスからね!」


 唾を飛ばすほどの勢いで語る。けれど瞳は揺れ、どこか後ろめたさがあるかのようだ。


「俺の目的は、あか魂石こんせきッス! 亡くなった父上の意思を継ぐためッス! 父上があか魂石こんせきを欲しがっていた。だから俺は……俺が、手にいれようと……」


 我を忘れて全 紫釉チュアン シユの元へと駆けていく。眠る全 紫釉チュアン シユの前で両膝を曲げ、縋るような目で全 紫釉チュアン シユの名を呟いていた。


「……阿光アーグアン


 ──なるほどな。実父の言葉に縛られてるってわけか。死んだやつの言葉だけを継いで……いや、違うな。多分こいつは……


 壊れる寸前。

 亡き父の言葉が呪いとなり、あか魂石こんせきに執着してしまっているようだった。そしてそれを皮切りに、全 紫釉チュアン シユを追い求めている。

 

 そんな李 珍光リー ヂェングアンを凝視し、彼はため息をつく。


阿光アーグアン、それ以外にも何かあるんだろ? あか魂石こんせきが実の父親の意思だったとしても、阿釉アーユに執着は違うと思うけど?」


 この場にきてから覚えた違和感。それは、李 珍光リー ヂェングアン全 紫釉チュアン シユに見せる態度だった。


あか魂石こんせきについては、実父の言葉が呪いとなってお前を縛っているんだと思う。でも、だったとしても! 人間の養子になってまで、阿釉アーユの側にいようとするのはなぜだ?」


 ぐいっと男の肩を掴んで、無理やり立たせる。瞳を深紅に染め、答えを要求した。


「…………しょうがないじゃないッスか」


「うん?」


 李 珍光リー ヂェングアンの弱々しい発言に、勢いを抑えてしまう。小首を傾げ、何だと問いかけた。


「親父は、俺を可哀想な目でしか見ない! 父上が死んで、親なしになった俺を可哀想って思いながら引き取ったんッスよ!? 愛情とかじゃなく、ただ哀れみだけで!」


 これほど惨めなことがあっていいのだろうか。泣きたくなるのを堪えながら、声を震わせてるかのように怒濤していた。


「父上も、親父も、俺自身を見てれなかったんッスよ。便利な道具として……哀れな親なし子として。だから俺は……」

 

 爛 梓豪バク ズーハオの手をふりほどく。


紫釉シユ様に縋るしかないんッスよ! 両親に見放され、今もなお、孤独に生きるしかないこの人に!」


阿光アーグアン、お前……」


 ──ああ、こいつも同じだったんだ。俺や阿釉アーユと同じで、大人の身勝手さに振り回されながら生きてきたんだな。大人の庇護が必要な子供時代を、ずっと、そうして生きていくしかなったんだろう。

 

 爛 梓豪バク ズーハオは、鬱陶しいまでに子煩悩な父、そして、幼い頃に亡くなった母の姿を思い浮かべた。

 

 父は自分に似て、黒髪だ。身長も高いし、何よりも強くて高貴な空気を持っていた。気品をもちながらも、冥界の民に信頼されている。それが父親だ。


 そして美しい銀髪をなびかせた、女性のような見目の母。儚げで、どこか小動物のようなところがある、美しい人だった。


 ふと、彼は、ある疑問を浮かべる。


 ──あれ? 阿釉アーユが母上と同じ感じだよな? 見た目も何となく似てるし、雰囲気だって……何でだ? 


 これが何を意味するのか。残念ながら、彼にはわからなかった。

 それでも今は、目の前にある問題を優先する必要に駆られる。深呼吸し、李 珍光リー ヂェングアンの頬っぺたを両手で挟んだ。


「ふぐっ! あにふるっふか!?」


阿光アーグアン、いや……李 珍光リー ヂェングアン! お前は、しっかりと黄兄コウニィに確かめたのか!? 確かめたうえで、哀れみだったって思ってるのか!?」


 李 珍光リー ヂェングアンの、意外と柔らかな頬をつねる。そしてすぐに手を離し、背中を軽くたたいた。


「尋ねもしないで勝手に決めるのは、よくないと思うけどな?」


 そう言うと、扉の方へと視線をやる。すると見計らったかのように扉が開き、そこからひとりの男が現れた。


「……お、やじ?」


 李 珍光リー ヂェングアンの両目は大きく見開かれている。



 誰もが視線を伸ばした先にいたのは、黄色い華服を着た男──黄 沐阳コウ ムーヤン──だった。




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