孤独

第36話 逃げ出せない過去と、追いかけてくる恐怖

 全 紫釉チュアン シユは夢を見ていた。その夢はお世辞にも楽しいとは言えなかった。



『──どうして父上と母上は、わたしをあいしてくれないのだろう?』 


 全 紫釉チュアン シユが三歳になった頃、殭屍キョンシーの町で親子連れを見つける。その親子は楽しそうに町を歩き、子供が泣けば大人が慰めていた。

 それが親子の在り方なのだと、全 紫釉チュアン シユは知る。自分は、両親に愛されていないのだと。周囲の大人たちも一緒になって幼い子供を遠ざけ、誰も相手にしてくれない。


 それが三歳の子供にとって、どれだけ辛くて悲しいことなのか。

 大人たちの自分勝手さに心を痛め、それでも生きていかなければならない。泣いても喚いても、味方などいなかった。


 そんな全 紫釉チュアン シユの元に、爛 春犂バク シュンレイたちが訪れた。彼らは虐げられている子供を不憫に思い、ある提案をする。


『実の両親がいる以上は養子としては無理だ。しかし、大人の力が必要なときがあった場合、私たちが祖父となろう。それから鬼 紫釉グゥイ シユと名乗るのが辛いのならば、全 紫釉チュアン シユと名乗ればいい』


『…………はい』 


 ほんの少しだけの光が、孤独な全 紫釉チュアン シユの中に生まれた。


 それ以降、彼は公の場以外では全 紫釉チュアン シユと名乗るようになる。それでも、これはほんの些細な光。脆く、あっという間に崩れる、泥舟でしかなかった。

 爛 春犂バク シュンレイたちが何かをしたわけではない。ただたんに、鬼魂グゥイコンが滅び、その原因を作った全 紫釉チュアン シユが、長い逃亡生活を送ったからだ。

 誰にも頼れない。誰も信じられない逃亡生活の中では、名前をくれた人たちなど、心の隅に追いやられるだけ。


『もちろん感謝はしています。こんな私でも、気にかけてくれたのだから。だけど……』


 心が折れていく。バラバラと、かろうじて繋がっていた名前というものが、あっけなく砕けてしまった。

 

『きっと私は、ひねくれているのでしょうね。彼らの想いを無にしてまで、心を闇へと沈めてしまうのだから』


 ──ああ、謝らなくては……。名前をくれて、助けようとしてしていた叔父上たちに。彼らは私が逃亡生活を続ける最中、ときどき私の元を訪れては道を示してくれていた。逃げ道ではない。術の扱い方や、字の読み書きなど。叔父上たちだけが唯一の救い。


 全 紫釉チュアン シユは、そう思っていた。けれど……


コウ叔父上の息子……養子として迎え入れたと言っていた子供が、私と同じ鬼魂グゥイコン出身だった。町が滅びた後、養子になったと聞く』


 そのとき、全 紫釉チュアン シユはわかってしまう。


『ああ……私を捕まえるために、コウ叔父上に近づいたんですね』


 鬼魂グゥイコンで暗躍する者たちは皆、あか魂石こんせきを求めていた。

 幼かった全 紫釉チュアン シユが言われるがままに作り、町を滅ぼした石を。血と霊力で作られた石は、全 紫釉チュアン シユにしか扱えない。だからこそ、狙われ続けていた。

 その魔の手が、すぐそこまで迫っていることを知る。黄 沐阳コウ ムーヤンの養子となった者によって……


『……もう、逃げ道すらない』


 唯一差していた光ですら、全 紫釉チュアン シユの元から消え去っていった──

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る