第34話 白月《パイユエ》の秘密と黒幕

 爛 梓豪バク ズーハオは、白月パイユエを連れて林の中へと潜った。お腹を空かせているロバに適当な草を与えながら、ふたりは林の奥へと消えていく。




 林の奥へと進むと、広い場所に出た。そこには小さな湖があって、とても静かなところだ。

 爛 梓豪バク ズーハオはそばにある石の上へと腰かけ、白月パイユエを目の前に座らせる。


「……で? どういうことだ?」


 足を組み、不機嫌丸出しになった。白月パイユエを睨んでは、苛立ちを貧乏ゆすりで表す。


「……そう、ですね。まずはこの、八卦鏡バーコーチンが誰の物なのか。そして、その人と僕はどういう関係なのか。それをお伝えします」


 爛 梓豪バク ズーハオの苛立ちをもろともせず、その場に正座して背筋を伸ばした。そして古ぼけた八卦鏡バーコーチンを彼の前に置き、ゆっくりと語り始める。


「この八卦鏡バーコーチンコクのふたつの族が合併した際、爛 春犂バク シュンレイが友好の証として作ったそうです」


「お師匠様が? ……あれ? そう言えばこの八卦鏡バーコーチン、お師匠様が腰にかけてるやつに似てるような?」


 八卦鏡バーコーチンなど、珍しくはなかった。普通に町の市場へ赴けば売っているほどに、國中に広がっている。

 けれど眼前にある八卦鏡バーコーチンは特注品のようだ。木製でありながらも上下左右の角に、黒と黄色の旗が描かれていた。


 ──ああ、そう言えば……昔、お師匠様から聞いたことあった。確か、國を揺るがす争いを止めるため、二代仙家が手を組んだって。それが黒と黄で、お師匠様は見届け役のような、まとめ役みたいなのをたまわったとか何とか。


 彼は、自他ともに認める物覚えの悪さはある。それでも忘れることなく、しっかりと脳の奥にしまっていたようだ。

 そんな自分に驚きながら、白月パイユエの話に耳を傾ける。


「はい。父上のおっしゃるとおり、これは爛 春犂バク シュンレイの物です。正確には、さんにんの友好の証ですが。それでも彼らの物に違いありません」


「……何でそれを持ってるんだ?」


 そう問われ、白月パイユエは丁寧に頷いた。爛 梓豪バク ズーハオと同じ黒髪を一度だけ払いのけ、深呼吸をする。


「僕のいた未来では、彼ら……爛 春犂バク シュンレイたちは動けなくなってしまっています」


「動けないって……」


 ──そんなに、お師匠様たちは忙しいのか? だって、友好の証でもある八卦鏡バーコーチンを他人に託すぐらいだし。


 岩の上で胡座をかきながら腕を組んだ。うーんと、唸りながら百面相する。眉間にシワをよせては苦笑いし、唇を尖らせながらしょんぼりした。


「……父上は、表情筋が軟らかですね」


 くすくすと、子供は朗らかに頬を緩ませる。場の空気が和らいでいきますねと言い、話の続きを始めた。


「僕はそういった経緯から八卦鏡バーコーチンを持って、この時代へとやってきました。最初はなぜ、僕にこれを託したのか。それがわかりませんでした。でも、母上が連れ去られて……」


 ようやく、理解したのだと呟く。


 爛 梓豪バク ズーハオは子供の話を黙って聞きながら、白月パイユエを凝視した。


 白月パイユエの見た目はどことなく、爛 梓豪バク ズーハオに似ている。何がどうと言われても答えられないけれど、微かに、そう感じてしまう何かがあった。

 それは黒髪のせいかもしれないし、謎を秘めた雰囲気からくるものなのかもしれない。


 ──まあ、今重要なのはそれじゃないしな。その答えは、阿釉アーユを取り戻してから探ればいい。それよりも……


白月パイユエ、お前ってさ、急に成長したよな? それは体質とかなのか?」


 そのような体質、妖怪ですら存在しないのだろう。けれどこの世には、絶体などという言葉は存在しない。ほんの僅かでも、希少な体質ならば。

 そう考えていた。


 すると白月パイユエは首を左右にふって、違いますと答える。


「この姿は、本来のものです。時を渡るという行為は、非常に危険を伴う。赤ん坊の姿になっていたのは、その過程で起きた副作用みたいなもです」


 最初はこの姿で、爛 梓豪バク ズーハオに会うつもりだった。そう告げた。


「……ん? え、俺? 阿釉アーユじゃなくて、俺ぇー!?」


 自分を指差す。驚きのあまり、起き上がった。その拍子に足を滑らせて、岩から落ちてしまう。あげく、そばにある湖の中へと落下してしまった。


「………」


 白月パイユエはあきれた様子で、ため息をついている。


 それを池の中で、鼻から上だけを出す爛 梓豪バク ズーハオが睨んだ。そしてざばーと、勢いをつけて池から這い上がる。

 水浸しになった服が気持ち悪いと思いながらも、己のドジを呪った。


「あー、くそぉ! ビショビショだ……じゃなくて! 何で俺なんだよ? お前、阿釉アーユと一緒に氷漬けにされてたじゃん」


 濡れた髪絞りながら、じっと子供を見つめる。


「僕の知る歴史なら、あの場所……僕と母上が氷漬けになった地、鬼魂グゥイコンを訪れるのは、父上だったんです」


「ん? 俺が何で、そんな場所に? 用はないはずだぞ?」


 今度は岩の上ではなく、草の絨毯じゅうたんを尻に敷いた。胡座だけはかき続け、真剣な面持ちで白月パイユエ凝望ぎょうぼうする。


「いいえ。父上が、あの町に行くはずだったんです。でも強力な歴史改変の力が働き、なぜか母上が来てしまった……」


「えっと……そのあたりは、俺にはわからないんだけど」 


 こんがらがってきた。頭を抱え、必死に脳内で整理していく。

 

 ──そもそも、何で俺が鬼魂グゥイコンに行かなきゃならないんだ? ……いや、まてよ。確か……


 腕組みし、もの思いにふけった。


「……ああ、そう言えば三年ぐらい前、お師匠様に修行のためにって、鬼魂グゥイコンを薦められた気がする。だけど……」


 ──そうだ。思いだしてきた。確かあのとき、阿光アーグアンが突然現れて、俺の修行場所の変更を強く勧めてたっけか。


 そのことを、包み隠さず伝えた。


 白月パイユエは両目を見開き、すぐに感情を殺してしまう。


「…………もう、そのときから、彼の計画は始まっていたのでしょうね」


「彼? 計画?」

 

「……」


「……」


 ふたりの間には、言い知れぬ無言の時間が流れていった。お互いを見てはいる。けれど、何も言わなかった。

 けれど、騒がしさが命のような爛 梓豪バク ズーハオは、当然それに耐えられなくなる。しばらくしてから「うがー!」と、奇妙な奇声をあげた。両手で膝を軽く叩き、よしっと瞳をきつくしめる。


「やめだ、やめ! 腹の探りあいみたいで好かない! 今の俺には白月パイユエだけが味方な状況だ。お前も、俺しか信用できない状態だろ?」


 いつ、腹の探りあいをしたのだろうか。そう、問いたくなるような唐突な叫びを発した。


 一緒にいる白月パイユエ、そして草を食していたロバ。どちらもがビックリしてしまっていた。


「そんな状況で、お互いが秘密にする理由はないだろ?」

 

 ──そうだ。俺は、知らなければならないんだ。白月パイユエのこと、それから……


 李 珍光リー ヂェングアンという男を。


 裏などいっさいない、素直なまでの笑みで話した。


 白月パイユエは驚き、両目を見開く。けれど、ふっと目元を柔らかくさせた。


「……わかりました」


 どこまでも、底抜けに明るい爛 梓豪バク ズーハオにつられ、子供は口を開く。




 爛 春犂バク シュンレイたちは、歴史が狂っていることに気づいた。その原因が何なのかまではわからなかったが、それが異変であると知る。


 きっかけは、滅びたはずの鬼魂グゥイコンが存在していたと聞かされたことだった。町へ赴いてみれば、普通に妖怪たちか暮らしていたのだ。

 寂れて、妖怪ですら住めなくなった土地ではなくなっていた。

 それを不信に思い、過去が書き換えられているのではと考査する。


 けれど、爛 春犂バク シュンレイたちを邪魔に思った者がいたようだ。名前も、姿すらもわからないその人は、彼らを襲う。

 

「そのときに、爛 春犂バク シュンレイたちは動けなくなってしまいました。唯一動けたのは、弟子の僕だけ。そこで彼らは、僕に時空渡りの術を施したんです」


 過去や未来へ渡るということが、どれほど危なのか。それを知ってはいた。けれど過去が変わってしまい、結果として白月パイユエ自身も命の危機に見舞われてしまう。


「過去や未来を改変するのには、あか魂石こんせきの力必要となります。あの石は、時空すらも干渉できる代物なので」


 その石の持ち主は、無理やり力を解放させられた。そのせいで何十年も眠り続けている。


 そう口にする白月パイユエの瞳は潤んでいた。両手も震え、鼻をすすっている。


「どうして……どうして母上が、あんな酷いめにあわねばならなかったんでしょう」


「母上って……」


 ──ちょっと待て。こいつの話をまとめると、母上ってのはあか魂石こんせきの持ち主なんだろ? でもそれを持ってるのは阿釉アーユだけ。じゃあ、こいつの母上ってのは……


 考えた瞬間、ズキッと胸が痛んだ。全 紫釉チュアン シユが誰かと結婚して、子供まで生んだのだから。

 全 紫釉チュアン シユが男で、子供が生める性別ではない。そのことすら考えられないほどに、胸の奥がズキッと強く痛む。


「…………?」


 痛みの原因がわからず、小首を傾げた。胸を華服の上から触り、きょとんとする。


 そんな彼の鈍さを知ってか知らずか。白月パイユエは話を続けた。


「父上、よく聞いてください。裏で何もかもの糸を引いていたのは、間違いなくあの人・・・です」


「は? あ、え?」


 子供の真面目な声に、彼の思考は今に戻っていく。


「すべての元凶は、あの男……」


 淡々と告げる。


李 珍光リー ヂェングアンです──」

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