第33話 連れ去りは許しません!

 李 珍光リー ヂェングアンは、爛 梓豪バク ズーハオと同じ黒の髪と瞳だったはず。けれど今はほのおのようにあさくなっていた。

 そのことを尋ねようとした矢先、李 珍光リー ヂェングアン爛 梓豪バク ズーハオから離れる。代わりに全 紫釉チュアン シユの顔をのぞきこんだ。


「……っ!?」


 突然のぞかれた全 紫釉チュアン シユは驚きながら後退りする。銀髪の先を軽く掴まれてしまい、ゾワッと背筋を凍らせた。


 ──気持ち悪い。爛清バクチン意外に触られることが、こんなにも吐き気を催すことだったなんて……


 爛 梓豪バク ズーハオへの愛を知ったからこその感情を爆発させる。


「……な、何を……」


「いやぁ、本当にきれいな人ッスよねぇ。でも……」


 全 紫釉チュアン シユがその手を振り払うのが先か。爛 梓豪バク ズーハオはふたりの間に入って、李 珍光リー ヂェングアンの手を叩くのが先か。

 それとも、外見が変わり果てた男の方が早かったのか。 


 目に見えてはいても脳が追いつかない。そんな状況下でいつの間にか彼らは、それぞれの立ち位置を作ってしまっていた。


 怪しい行動をする李 珍光リー ヂェングアン

 爛 梓豪バク ズーハオは自身を盾に、全 紫釉チュアン シユを背中へと隠す。

 中心となろう存在の全 紫釉チュアン シユは、どうしたものかと眉を潜めた。


「そんなに警戒しなくてもいいじゃないッスか」


 最初に根をあげたのは、他ならない李 珍光リー ヂェングアンだ。そのわりには余裕のある笑みを浮かべている。

 両手をあげ、降参だと肩をすくませた。


「あなたはいったい……」


 ──この人は山の中で出会ったときと全然、雰囲気が違う。爛清バクチンの弟弟子というだけあって彼に似て、飄々としているところもあるし。だけど今の李 珍光リー ヂェングアンは、何かがおかしい。


 体をはって守ってくれている爛 梓豪バク ズーハオの肩に手を置いた。大丈夫だからと、彼を下がらせる。

 変わり果てた李 珍光リー ヂェングアンと真正面から向き合った。


 頭ひとつ分ほど背が低い李 珍光リー ヂェングアンを見下ろし、深呼吸する。そして瞳に男の姿を焼きつけた。


李 珍光リー ヂェングアン、あなた……えっ!?」


 何があったのかと、聞き出そうとする。

 そのときだった。全 紫釉チュアン シユの足元に大きな陣が浮かび上がった。それは次第に光を強くしていき、彼の動きを止めてしまう。

 陣は美しい銀髪ごと全 紫釉チュアン シユを地の中へと引きずりこんでいった。少しずつ、足から少しずつ地面の中へと落ちていく。


「……っ! 体、が……動か……」


 すぐ側で爛 梓豪バク ズーハオに名を呼ばれているのがわかった。しかし聞き取れただけで、答えることはできない。

 

 ──爛清バクチンが……白月パイユエが、私を呼んでいる。でも、ごめんなさい。私……は……


 意識が遠のいていく。


 名を呼び続けながら、青い顔で手を伸ばす爛 梓豪バク ズーハオ白月パイユエの姿を、彼は記憶していった。けれど……


 どぷっ……ん


 ふたりのその姿を見ながら、全 紫釉チュアン シユは陣の奥深くへと沈んでいった。






「…………あ、……ゆ? ……っ!?」 


 残された爛 梓豪バク ズーハオは、誰も触れていない自分の手を見つめる。


「嘘、だろ? ……阿釉アーユ阿釉アーユーー!」


 秋風が、爛 梓豪バク ズーハオの髪を揺らした。


 今の彼には普段の呑気さなど、どにもない。陣が消えた地面を叩き、指から血が出てもなお、掘り続けた。何度も愛しい人の名を口にする。制止する白月パイユエを振り切ってまで掘るのをやめない。


 やがて無駄だとわかるや否や、この原因を作った男──李 珍光リー ヂェングアン──を睨もうとする。しかし……


「…………阿光アーグアンが……いない?」


 つい先ほどまでそこにいたはずの男の姿はなかった。いたという痕跡すらなく、まるで幻でも見ていたかのような気分を味わう。


「……どうなってやがる? 俺たちは、確かに阿光アーグアンといた。それは確かなはずだ」


 不思議な出来事のせいで、冷静さを取り戻した。立ち上がって周囲を確認する。

 町の上空には不思議な光があり、雷のように鳴り続いてた。林の入り口近くの木に紐をくくりつけ、それをロバが外してほしそうに暴れている。


「意味がわからねー。どうなってんだよ……なあ白月パイユエ、どう思……って、白月パイユエ?」


「…………」  


 子供を見れば、何かを考えこんでいるようだった。爛 梓豪バク ズーハオの声すら届いていないようで、ぶつぶつと呟いている。


「おーい、白月パイユエー?」 


 ──そうだ。俺が落ちこんじゃダメだ。阿釉アーユを助けるためには、落ちこんでなんていられねーよな。


 うんともすんとも言わない白月パイユエの隣で、自分の両頬を軽くたたく。

 能天気とはいかないまでも、いつもの明るさを取り戻した。


 ──とは言え、何の手がかりもない以上は、動けないしなぁ。お師匠様に相談してみる、か? 


 確か縁二閣匐エンニィカクフにいるはずだよなと、足先を町の方へと向ける。




「──ようやく、わかりました」


「ん?」


 後ろから声がし、振り向いた。そこには先刻まで沈黙を貫いていた白月パイユエがいる。


 白月パイユエは神妙な面持ちで空を見上げた。


「父上、やっと謎が解けました」


「謎?」


「はい」


 白月パイユエは暴れるロバの背を撫で、毛並みを堪能する。存外に長いまつ毛を傘に、瞳を閉じた。


「……あの人・・・が、この八卦鏡バーコーチンを渡した意味も。そして、歪みを作り出した黒幕が誰なのかも」


「……?」


 ──相変わらず、白月パイユエの言ってることはわからん。そもそもあの八卦鏡バーコーチン、何であんなにボロボロなんだ?


 あちこちが欠けた八卦鏡バーコーチンは、使い物にすらならないだろう。そんなものを大事に持ち歩いている時点で、白月パイユエには何かある。


 爛 梓豪バク ズーハオは野生の感を働かせてみた。


白月パイユエ、ちゃんと説明してけれなきゃわかんねーよ?」


「……そう、ですね。母上が連れ去られた以上、もう、隠しておける段階ではない気がしますし」


 お話します。

 少しばかり高い声が、爛 梓豪バク ズーハオを頷かせた。


「僕はある命を受けて、ここではない、別の時代からやってきました」


「ほうほう。別の時代…………え?」


 思わず納得しかけてしまう。けれど人の脳というのは、そう簡単には理解しようとはしないもので……


「ひょ……ひょーー!」


 奇妙な雄叫びをあげては、両目を丸くする。金魚のように口をパクパクさせ、白月パイユエを指差した。

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