最終章 ふたりの旅路と想い

第32話 王都襲撃

 過去に起きた、いくつもの点と線が繋がっていく。

 それは幼い子供だった全 紫釉チュアン シユが産まれた瞬間から、始まっていたのだろう。両親が死に、自らは利用されていた。

 大人たちの私利私欲、そして、自分勝手な価値観によって──





 ふたりは白月パイユエの誘導によって、町の外にある林へと到着した。ロバを繋ぐ紐を近くの木に巻きつけ、さんにんは焚き火を囲む。



「…………」


 全 紫釉チュアン シユは膝を抱えながら、火を凝視した。


「……私は、誰も信じることができなくなっていた。助けてくれた叔父上たちですら」 


 血の繋がらない爛 春犂バク シュンレイたちを慕ってはいる。けれどそこから信用という言葉に至るかは、また別問題だった。


 爛 春犂バク シュンレイたちもそれをわかっていたようで、適切な距離を保って接してくれているよう。


「大人への不信感を持ったまま、私は大人へと成長してしまった。そのことに、叔父上たちも何か言いたげな様子ではありましたけど……」

 

 はあーと、疲れを全身で現しながら、長いため息をついた。

 泣き腫らした顔を恥ずかしそうに、服の袖で隠す。じっと見つめてくる爛 梓豪バク ズーハオからの視線に耐えきれず、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「あっ! 何か阿釉アーユのその態度、めっちゃ傷つくなぁー」 


 ニヤニヤと。言葉とは裏腹に、彼の顔はニヤケていた。


 そんな彼の表情に気づかない全 紫釉チュアン シユは、耳の先までタコのように真っ赤に染める。

 

「し、しょうがないでしょ。あんな姿見られただけじゃなく、あ、あなたの顔を見ると……」


「んん! 阿釉アーユが可愛い!」


「な、ば……で、ですから、そういうことは言わないでく、くだ、さ……い」


 頭から湯気が出そうな勢いで、顔を林檎のように真っ赤にさせた。ゴニョゴニョと口ごもり、彼から顔を背ける。


 ──い、言えない。言えるわけがない。私が爛清バクチンを好きになっていた、なんて。そんなこと言ってしまえば、私と彼の関係は終わる。


 それは、一種の癖のようなものだった。悪い方向にしか考えられず、何もかもを胸の内に閉じこめてしまう。

 幼い頃の出来事のせいで全 紫釉チュアン シユは、そういった感情だけを取りこんでしまうようになっていた。


「ははは。まあ、阿釉アーユが元気になったのならよし。それよりも……」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべて、全 紫釉チュアン シユの頭を撫でる。真向かいに座っている白月パイユエに視線を走らせた。


 白月パイユエは、彼が何を言いたいのかを察したよう。火を黙視しながら天を指差した。


「──間もなく縁二閣匐エンニィカクフの町は、火の海に呑まれる。そのとき母上は、町を襲った者たちに捕らわれてしまう」


「……っ!?」


 爛 梓豪バク ズーハオ全 紫釉チュアン シユは目を大きく見開き、顔を見合せる。

 そして、衝撃の言葉を投げられた全 紫釉チュアン シユ白月パイユエに問いかけてみた。


「なぜ、そのようなことがわかるのです? その言い方だと、まるで、未来がわかっているかのような……」


「……ごめんなさい、母上。それだけは言えないんです。でも、これだけは言える」


 全 紫釉チュアン シユ……ではなく、爛 梓豪バク ズーハオを見つめている。情けないまでに眉を曲げ、彼にある物を渡した。

 それは妙に使い古された、八角形の八卦鏡バーコーチンだった。木製のそれは小さな傷がいくつもついていて、欠けてしまっている箇所もある。


「これって八卦鏡バーコーチンですよね? でも、誰のですか?」


 八卦鏡バーコーチンを見ることに集中している爛 梓豪バク ズーハオを置いて、全 紫釉チュアン シユが尋ねた。

 

 白月パイユエは静かに頷き、淡々と語る。


「ある人に託されました。その人は動けなくなる前に僕にそれを託し、母上を守るよう命じられました」


「……私を? その人とは、いったい……」


 全 紫釉チュアン シユの質問は終わりだと言わんばかりに、白月パイユエは首を左右にふった。これ以上のことは口にはできないとだけ呟き、再び天を指差す。


 そして……


 ”そろそろ、そのときが訪れる”


 ふたりに聞こえるよう、静かな川の流れのような声でたゆたった。


 瞬間、町の上空は厚い灰色の雲に覆われていく。


「……っ!?」


 全 紫釉チュアン シユ爛 梓豪バク ズーハオは急いで立ち上がった。

 

 数刻前までは明るかったのに、いまでは王都上空が暗号に包まれしまっている。上空ではときおり、閃光のようなものがついては消えてを繰り返していた。

 

「始まったんです。すべての終わりと、続きの分岐点が──」


「分岐点?」


 意味がわからない。全 紫釉チュアン シユたちは、どうすればいいのか戸惑ってしまった。


 そんなふたりを背に、白月パイユエは林から出ていく。爛 梓豪バク ズーハオと同じ黒髪を揺らがせ、少しだけ高い声で彼らに告げた。


「……父上、絶対に母上を守ってください。誰かたち・・・・、あるいはひとりは、あか魂石こんせきの力に魅入られてしまっている。その石を身に宿す母上は、絶対に守り抜かなければなりません」


 彼とは誰のことか。あの人とは、誰のことを指しているのか。


 謎だらけの言葉を全 紫釉チュアン シユたちに投げた。

 

「…………」


 全 紫釉チュアン シユ白月パイユエの隣に並び、暗闇に満ちた王都へと視線をよせる。

 隣にいる白月パイユエをを見れば、今にも泣きそうな表情をしていた。


「……白月パイユエ、あなたはいったい」


 震えている白月パイユエに触れようと手を伸ばす。そのとき──




「…………い」


 王都の反対側、林の奥地から、何者かの声がした。その声は少しずつ近づいてくる。

 

「……にぃー! 爛兄バクニィ!」


 声の正体は李 珍光リー ヂェングアンだった。

 明るい声とともに手をふりながら、さんにんへと走ってよってくる。


「あー! 爛兄バクニィ、ここにいたっスか! 探したんッスよ!?」


 無邪気なまでに声をあげながら、爛 梓豪バク ズーハオの腕にひっついた。そのまま満面の笑みで、彼らに話しかける。


爛兄バクニィ、あれ、どうなってるんッスか!? 王都にいたら、突然あんな風に真っ暗になって、上空で親父たちが戦ってるんッスけど……」


「え!?」


 上空で光っているものは李 珍光リー ヂェングアンの父、黄 沐阳コウ ムーヤンを含む仙人たちが放ったもののよう。遥か上空に突然現れた何かと応戦しているのだと、教えてくれた。


 全 紫釉チュアン シユたちは驚嘆しながら上空に目をやる。光っては消えて。それを繰り返しながら、雷のような音を響かせていた。


「応戦してるんッスけど、相手がしぶといらしくて苦戦中なんッスよねぇ~」


「……いや、お前は何でこんなところ……あれ? 阿光アーグアン、お前……」


 それは爛 梓豪バク ズーハオが、ふと覚えた違和感だった。

  

「何で、髪と瞳があかく……」


 李 珍光リー ヂェングアンは髪も、瞳すらも黒かったはず。

 笑顔は変わらない。それなのに、なぜか笑顔が恐ろしいとすら感じてしまう。


 その違和感を問いつめようと、李 珍光リー ヂェングアンの髪に触れようとした──



 

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