幼き王

第31話 愚かな幼子

 愛されたかった。両親に褒められたかった。

 だけど、たったそれだけのことが上手くいかない。




 死者、あるいは、捨てられた者たちの魂が行き着くとされる幽霊谷の近く。人の身でありながら妖怪へと転じ、魂までもが世を捨てた者たちが集う町があった。

 そこは妖怪や死者が暮らす町【鬼魂グゥイコン】。

 ここは人間から鬼になった者、人間の暮らしを好む妖怪など。人ではない何かのみが過ごしていける町だ。


 その町を治めるのは鬼人きじんと呼ばれる妖怪で、捨てられた人間の女を妻にめとっている。最初は半ば無理やりではあったが、次第に人間の女の方が鬼人を愛するようになっていった。

 そして生まれた愛する我が子だったが……


 ふたりには似てもにつかぬ、不思議な色合いの髪をしていた。


『冗談じゃないわ! こんなのが私の子供だなんて……』


 女は戸惑いを通り越して、我が子に触ろうともしない。赤ん坊が笑いかけても悲鳴をあげて逃げていくだけ。

 そんな母親……王妃に習うように、夫婦に仕える者たちまでもが、赤ん坊を気味悪がっていく。



 


 言葉がわかっても、理解することがまだ難しいような、幼い頃。全 紫釉チュアン シユは、両親に愛してもらおうと必死だった。

 生まれたときからある理由で見放され、相手にもされない。近づくと気味悪がられた。母親にいたっては、顔を青ざめてしまうほど。父は全 紫釉チュアン シユを抱きしめたりはするが、それでも一定の距離があった。


『ああ、気味が悪いわ。私とあなたは黒髪なのに、どうしてあの子の髪はあんな色なのかしら』


 両親は艶のある黒髪を持っていた。

 けれど全 紫釉チュアン シユは、色素すらない真っ白な髪だ。まるで老人、しいては、化け物か。そんな影口をたたかれる。

 庇い、守ってもらいたいと思う両親ですら、全 紫釉チュアン シユの髪を嫌悪していた。


『父上、母上……私、頑張りますから。だから、好きになってください』

 

 母親に愛されようと、必死に勉学に励む。運動も頑張った。けれど……


『気持ち悪い! お前なんか、私の子ではないわ!』


『そんなことを言うものではない。阿釉アーユは、頑張っているのだから』

 

『あなたは妖怪だから、この髪色の気持ち悪さがわからないのよ! 見なさい。子供なのに、すでに老人のようだわ!』


 いつしか、両親は喧嘩が絶えなくなっていった。顔を合わせる度にふたりは口論し、我が子を嫌っては庇う。


 けれど王たちがそんなことをしていれば、國や町は乱れていくもので……

 あっという間に町の情勢は傾き、そこで暮らす妖怪たちは彼らに見切りをつけてしまう。

 妖怪という存在は、自分たちの利益にならぬ者は容赦なく切り捨てた。例えそれが鬼人であっても。


 やがて王の住む宮殿の中で、裏切り者が現れた。人間の王に町の内情を伝え、外から攻めた者がいた。

 内側は夫婦の関係に亀裂、外には裏切り者がいる。


 鬼人は王として、町の者たちを必死で守っていた。裏切り者を探し、処罰もする。けれどそれだけでは、町に飛んだ火種は消えることがなかった。


 

『……母上』


 幼子の前で妃でもある母親は、父を庇って亡くなってしまう。最後まで、全 紫釉チュアン シユを我が子として抱くことがないままに。

 父もまた、内通者の裏切りにより、その場で息絶えてしまった。


 残されたのは物心つくかつかないかという年齢の幼子、全 紫釉チュアン シユだけである。



『……今日から、あなた様が、この町を支えるのです。ええ、ええ。ご心配なさらずに。わたくしどもめが、まつりごとを取り仕切りましょう』


『……?』


 突然、矢面に立たされた全 紫釉チュアン シユは小首を傾げた。政以前に、王の椅子へ座らされているのだから。


 遊びだろうか。両親をなくした自分を慰めてくれているのか。


 ものの良し悪しの判断さえままならない全 紫釉チュアン シユにとって、どう捉えたらいいのかわからなかった。

 言われるがままに町を動かしていく。それが後に、滅びを生むことへ繋がるのだとも知らずに。


 大人たちは幼子の高い霊力を利用し、あか魂石こんせきを作った。それを使い、人間たちの國へと攻め入る。

 手始めに名もなき関所、そして町や村など。最終的には王都【縁二閣匐エンニィカクフ】まで奇襲した。


『そうです、紫釉シユ様! ああ、素晴らしい』


 大人たちは、全 紫釉チュアン シユの造りしあか魂石こんせきを手にして喜び続ける。


 全 紫釉チュアン シユ本人は、何が正しいのか。悪いのかすらわかっていないよう。無理もない。幼子の年齢は僅か三歳だ。大人たちが何を仕出かしているのかすら、理解できるはずもなかった。


『…………』


 けれど目の前で人々が炎の中に消えていく姿を見て、彼は少しずつ疑惑を持つようになる。

 そして、そのときは訪れた。

 彼が六歳になった頃、大人たちに傀儡くぐつにされていたことを問い詰める。けれど、何が悪かったのかの説明ができなかった。

 子供だからという理由だけで、大人たちは何も話を聞いてはくれない。


 未だに、地位を利用され続けてもいた。


『……このままでは駄目だ』


 幼いながらに、決意を胸に刻む。


 大人たちが欲してやまないあか魂石こんせきを持ち出し、自らの体の中へと封印した。

 その頃には町の雰囲気は一転していて、鬼人を慕っていた者たちは既におらず。残ったのは私利私欲にまみれた者たちのみだった。


 やがて全 紫釉チュアン シユは、あか魂石こんせきの力で町を消滅させる。

 そこからは逃亡の日々だった。あか魂石こんせきと、王という地位を求めている連中に追いかけ回され、少しずつ疲弊していく。

 

『私は、許されないことをした。子供だからという理由では、片づけられない』


 父や母のような、罪のない者たちを死に追いやった自分が許せなかった。町を、地位を、いいように利用した大人たちも許せはしない。

 

 そして成長していく過程で、母が気味悪がっていた髪色のことにも触れていくようになる。


『本当に私は、父上たちの子供なのだろうか?』 


 このような薄い髪色など、見たことがない。もしかしたらこれが原因、しいては、わざわいを呼ぶ不吉な色なのではないだろうか。

 

 ますます、この髪色が嫌いになっていった。

 

 


 逃亡を続けて何年かたち、立派な青年へと成長した頃。全 紫釉チュアン シユは大人たちに見つかってしまう。

 そのとき、無意識下で、氷の術を発動させた。側にいた赤子を巻きこむように、みるみるうちに氷の結晶へと変貌させていく。

 術の暴走が収まった頃には全 紫釉チュアン シユは赤子を抱いて、氷漬けになっていた。


 そして……


 その姿のまま数年のときを得て、爛 梓豪バク ズーハオに助けられた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「──これが、愚かな私自身の物語です」


 両親に愛されたいという気持ちから始まった日々は、いつしか取り返しのつかない罪を背負うものへと変わっていく。

 なぜ、そうなったてしまったのだろうか。いつ、何を間違えてしまったのか……


 全 紫釉チュアン シユは両手で顔を覆い、声を殺して泣いた。銀髪に涙がつこうとも、顔がぐしゃぐしゃになってしまったとしても、感情を隠すことなどできはしない。


「すべて……すべて、私が悪いんです! 何の罪もない町の民たちを巻きこみ、父を信頼してくれていた妖怪たちすら追い出してしまった。挙句の果てには人の命すら……」


 命を命とも思わない大人たちに翻弄され、全 紫釉チュアン シユはずっと苦しみ続けていた。

 あか魂石こんせきという、争いの元になった物を造った責任もあるのだろう。結果として、長く、孤独な戦いを、今も強いられていた。 


 自分を責め続け、心すら壊そうとしている。

 そんな全 紫釉チュアン シユの背中を、爛 梓豪バク ズーハオはそっと撫でた。


「……なあ、阿釉アーユ

 

 彼の凪のように穏やかな声が、全 紫釉チュアン シユの顔を上げさせた。

 涙で視界が滲む。それでも、優しい男の姿を映した。


 爛 梓豪バク ズーハオは微笑みながら、全 紫釉チュアン シユを抱きしめる。


「辛かったな。でも、もう大丈夫だよ。俺がいる。何があっても、どんな過去だったとしても、俺はお前を責めたりなんてしないさ。だって……」


 全 紫釉チュアン シユの頬を流れる涙を、服の袖で拭いた。

 

「前に言っただろ? 阿釉アーユは……幼子は何も悪くない。良し悪しがわからない子供を利用する大人が悪いんだって」


 ほら拭いてと、きれいな布を差し出す。裏表のない、屈託のない笑みを送った。


阿釉アーユを責めるようなことを言うやつが現れたとしても、そのときは……」


 全 紫釉チュアン シユの、細くてきれいな銀髪を指に絡ませる。

 片手にほのおを生ませ、剣を作りだした。それを天に掲げる。


「俺、爛 梓豪バク ズーハオが、阿釉アーユの剣になろう。そして盾になろう。どんなときも、いかなる場面であっても、絶対に守り抜く。裏切らない。それから……」


 ざあー……

 冬の風が、ふたりを横切った。爛 梓豪バク ズーハオの黒と、全 紫釉チュアン シユの銀の髪が優しく絡みつく。


「ずっと、想っている。世界中の誰もがお前を責めたとしても、俺だけは、友として信じ抜いてみせよう──」


 不思議な光景だった。

 彼自身が輝いているわけではない。それなのに、全 紫釉チュアン シユの瞳には眩しく見えてしまう。


「……はは。なん、ですかそれ……」


 苦しさと嬉しさからくる笑いは、全 紫釉チュアン シユの感情を少しだけ表に出していった。


「そんなこと言われたら……」


 両頬に溢れんばかりの涙を流す。作り笑顔ではなく、初めて・・・心から笑うことができた。


 ──ああ、やっとわかった。私が彼をどう想っているのか。私は……


「──信じるしかないじゃないですか」


 ──彼のことが好きなんだ。


 泣きながら笑う心の奥底で、ようやく、爛 梓豪バク ズーハオへの気持ちに気づいたのだった。



 


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