第30話 滅びし鬼魂《グゥイコン》の主

 白月パイユエの視線、そしてあか魂石こんせきについてを仄めかす言葉。それらがすべて、全 紫釉チュアン シユへと向けられていた。


 全 紫釉チュアン シユは下を向いてしまう。


「……母上、もう、ひとりで抱えるのはやめましょう? 僕も、それから父上だっています」


 何もかもを見透かしたような表情だ。それを全 紫釉チュアン シユへと送る。蚊帳の外状態の爛 梓豪バク ズーハオへは、苦笑いを見せた。 


「いや白月パイユエ、そんな中途半端なこと言われてもなぁ……」


 あか魂石こんせき、そして白月パイユエ全 紫釉チュアン シユの秘密。これらがすべて明かされない限り、何も変わらないのではないだろうか。

 もちろん進展はあるだろう。けれどそれは、ほんの一握りにすぎないはずだ。


「お前が、何を目的にして俺たちと一緒にいるのかは、この際問題じゃないんだろうさ。俺が言いたいのは、そこじゃないしな」 


 ──阿釉アーユが苦しんでる。俺は、そんな顔を見たくないんだ。だからさ……


「例え相手が白月パイユエでも、阿釉アーユを苛めるなら……」


 指先にほのおを絡ませる。それを剣の形にしていき、片手で空を軽く斬った。


「俺は、容赦しねーよ?」


 ニカッと、裏表のない笑みを白月パイユエに走らせる。


 白月パイユエは一瞬だけ目を大きく見開いた。


「得体の知れない子供よりも、阿釉アーユを大切にする。それが俺の気持ちだし、当たり前のことだろ?」


「…………」


「……んん? 俺、間違ってる、のか?」 


 黙ってしまった白月パイユエにやりすぎたかと、ため息を放つ。ほのおで作った剣を消し、子供の頭を撫でた。


 ──子供への接し方なんて、知らねーからなぁ。これでよかったのかすら、俺にはわかんないや。でも、さっき言ったのは事実だし。


 うーんと、腕を組んで悩む。けれど悩むこと自体が苦手な彼にとって、この時間ことが無駄だとわかったよう。

 両腰に手を置いて「わからんから、この話は終わり」と、開き直った。


 これには、白月パイユエはビックリしてしまう。全 紫釉チュアン シユも顔を上げて、大きな瞳で彼を見つめてきた。


「……んんっ! 阿釉アーユが可愛いすぎる!」


 ──ああ、阿釉アーユに見つめられると、めちゃくちゃドキドキする。本当に、この気持ちは何だろうな。


 ときどき訪れる、不思議な想い。これの正体を知る間もなく、ふたりを交互に凝視していった。

 

 白月パイユエは申し訳なさそうにしていて、全 紫釉チュアン シユは苦く微笑んでいる。


「……んーとだな。白月パイユエが最初に言った話に戻すか」


「え?」


 白月パイユエは何度も瞬きした。何のことかと小首を傾げては、全 紫釉チュアン シユと顔を見合せている。


 爛 梓豪バク ズーハオはふたりの肩に腕を回し、ハッハッハッと大笑いした。ほうけている全 紫釉チュアン シユたちの肩をバシバシたたき、笑いをとめる。

 彼らから手を離して、ふたりの頭を撫でた。


白月パイユエ、お前が言ったんだぞ? この町にいたら駄目だって。そのときに、何かよくわからんことを言ってた気がするけど……」


 基本、爛 梓豪バク ズーハオは考えて行動することをしない。野生の感そのままに動いていた。

 けれど白月パイユエの底知れぬ秘密、全 紫釉チュアン シユの哀しそうな笑顔に我慢ならなくなった。それらが、少しだけ考えて行動するということを彼に与えたよう。


 笑顔だけは絶やさず、全 紫釉チュアン シユの頬に触れた。

 銀髪の美しい彼は爛 梓豪バク ズーハオの手を握り、涙を堪えて笑みを作っている。


「で? 白月パイユエ、教えてくれよ。何が、どうなってるんだ?」


 その瞳は凍りつくように。

 その声は優しさなど壊す。


 白月パイユエを見る視線は、全 紫釉チュアン シユを慈しむそれとは真逆だった。


「……っ!?」


 白月パイユエは声を出せなくなる。ゾッと、全身を震わせる何かを子供に与えてしまう。


 やってしまった本人は、バツが悪そうに頭を掻いた。


 ──はは。我ながら、大人げないって思うよ。でも俺は白月パイユエよりも、阿釉アーユの方が大事なんだ。


 心の中で謝罪する。けれど気持ちを曲げるつもりはなく、爪先を白月パイユエへ向けた。


「俺は、自分に正直なんだ。何が大切で、どうでもいいのか。それは、ハッキリとしてるからさ」


 例え、全 紫釉チュアン シユが大切にしている子供であろうとも、優先すべきは白月パイユエではない。

 淡々とした口調でありながらも、申し訳なさそうに眉をよせた。


 白月パイユエは一度目を閉じる。そして……


「……僕が教えられることは、限られています。僕が何者か。どこから来たのか。これを教えることはできません」


「まあそこは、期待してないよ。それに俺が知りたいのは、そこじゃないしな」


 ニカッと、白い歯を見せた。


 彼の人懐っこい笑顔に、白月パイユエは肩をすくませる。


「……わかりました。お伝えできることは、すべて言います」


 人差し指と中指を立てた。


「僕が教えることができるのは、ふたつです。ひとつは、この町を出なければならない理由です。それは、あか魂石こんせきの有りかに深く関わっています」


「……何となく、そんな感じはしてたけど。何が、どう関わってくるんだ?」


 逃げ出そうしているロバの紐を握り、半ば無理やり建物の柱に縛る。決して毛並みがいいとは言えないロバだが、それでも爛 梓豪バク ズーハオたちにとっては貴重な足でもあった。

 そのこともあり、機嫌を損ねないよう、人参や林檎などをたくさん与える。


「こいつも、随分と走ってくれたよな。ありがとうな」


 一言だけ例を伝え、白月パイユエを凝望した。 


 白月パイユエは、ふうーと、軽く息を吐く。


「……僕は元々ある目的を持って、この地に訪れました」


「目的?」


 爛 梓豪バク ズーハオ全 紫釉チュアン シユは、顔を見合せた。


「はい。その目的は、あか魂石こんせきと、その主を守り抜くこと。そうすればすべての歪みがなくなり、正せる。そう……教わりました」


 感情のこもらない声で語る。


 爛 梓豪バク ズーハオは腕を組む。白月パイユエに背を向け、全 紫釉チュアン シユとともにヒソヒソと語り合った。


「なあ、どういう意味だと思う?」


「わかりません。でも、もしかしたら白月パイユエは、異国の地……あか魂石こんせきを賢者の石と呼ぶ地から来たのかもしれません」


 あか魂石こんせきのことを誰よりも知るからこそ、その可能性もあるのだと、全 紫釉チュアン シユは表情を殺して答える。

 

「……確かに、それはあり得るけどさ」


 白月パイユエを横目に確認した。


 子供は、ロバに顔を舐められながら喜んでいた。ふたりからの視線に気づくなり、笑顔で手をふっている。


「…………なあ阿釉アーユ、あいつ言ってたよな。あか魂石こんせきのこと。それから……」


 白月パイユエではなく、全 紫釉チュアン シユと目を合わせる。茶化すことのない眼差しで全 紫釉チュアン シユを見つめ、細くて白い手を軽く握った。


阿釉アーユ、お前があか魂石こんせきに関わってるってこと。口では言ってなかったけど、白月パイユエの態度や視線を見てればわかる」


「…………」


 全 紫釉チュアン シユを見れば、彼は憂いを帯びた儚い表情をしている。唇をきつくしめ、グッと言葉を詰まらせた。

 空を見上げ、長いまつ毛を震わせる。深く深呼吸して両目を開けた。


「──私は、幽霊谷……いいえ。鬼魂グゥイコンの、幼くて愚かな当主です」


 大きな瞳の角に、涙を溜めていく。

 冬の冷たい風があたれば、銀の美しい髪がより一層儚さを増していった。


「愚かで、馬鹿な子供。そんな私の話を……聞いてくれますか?」


 靡く髪を手で押さえながら伝える姿は、まさしく女神だ。儚くも脆く、砕け散っていきそうな姿勢で、昔を語っていった。

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