第29話 朱《あか》き魂石《こんせき》の秘密

「──父上、母上! 急いで町の外へ出ましょう。そうしないと、すべてが狂ってしまう。取り返しがつかなくなります!」


 ロバの背に乗ってふたりを説得するのは、白月パイユエだった。けれど子供は数分前までに見ていた、十四、五歳の姿ではない。もっと身長が伸び、目鼻立ちが大人っぽくなっていた。年齢で言えば、十八歳ほどのよう。


「うっそだろ……白月パイユエ、お前……また、成長してる!?」


「父上、母上……」


 驚くふたりをよそに、白月パイユエはロバに跨がった。いつになく真剣な面持ちで空を見上げ、眉をよせている。やがて意を決意したかのようにふたりを見つめ、深呼吸した。


「……おふたりに、伝えておかなければならないことがあります」


 震えて落ち着きのないロバの頭を撫で、話を続ける。目を隠してしまうほどの長い黒髪を払うこともせず、下を向いた。


「父上が探している【あか魂石こんせき】。僕は、これの有りかを知っています」


「……え!?」


 爛 梓豪バク ズーハオは驚愕とともに、白月パイユエの両肩を掴む。どういうことだと怒号混じりに問い詰めた。


 白月パイユエは顔を上げ、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。爛 梓豪バク ズーハオの両手をそっと退かし、苦しそうに微笑んだ。そして、重たい口を開いていく。


あか魂石こんせきとは、すべての王になる力を秘めている。僕たちの住む人間の世界を始め、鬼や妖怪たちが暮らす冥界ですら、意のままにできます」


「……な、何だよ、そのでたらめな力は。ってか、そんな危険物を、俺は探してたってのか!?」 


 頭を抱えてしまった。それでも目的でもある品の秘密が聞けたことが嬉しいなと、前向きに笑う。白月パイユエを子供のようにひょいと持ち上げ、高い高いをした。


 白月パイユエは苦笑い……ではなく、幼い子供のような無邪気な笑顔でそれを受け入れている。


 ひとしきり戯れが終わると、爛 梓豪バク ズーハオは嘆息した。背筋を伸ばし、隣にいる全 紫釉チュアン シユと顔を見合せる。


 全 紫釉チュアン シユもまた、同じ考えのよう。軽く頷いて、白月パイユエを見張っていた。


 爛 梓豪バク ズーハオは一歩前に出て、あか魂石こんせきについて知る限りのことを教えてくれと頼む。


「……わかりました。僕の知る限りのことをお伝えします。あか魂石こんせきは先ほども言ったように、すべてを制圧する力を宿しています。異国の地では賢者の石とも呼ばれていて、人の生き血や、肉体から作られているとも聞きます」


「え!?」


 何とも物騒な品物だろうか。

 爛 梓豪バク ズーハオは、そんなものが存在するのかと驚嘆してしまった。


「父上たちが驚くのも無理はないと思います。製造方法などは、異国の者が教えたという話ですし」 


 ただ、問題なのはそこではないと、瞳を細める。


あか魂石こんせきは幽霊谷……鬼魂グゥイコンの当主の霊力を用いて造られました」


「当主? 確か五、六歳とかって話じゃなかったか?」


 白月パイユエのしっかりてした口調に釘を刺した。それでも彼は、そんな小さな子供が命をなくすような危険なものに手を出すはずかない。そう、問いかけた。


 白月パイユエの眉は、困ったようにへの字になってしまう。首を左右にふって爛 梓豪バク ズーハオではなく、全 紫釉チュアン シユへと視線をやった。


 全 紫釉チュアン シユはうつむいてしまっている。両手を拳状にして、体そのものを震わせていた。


 爛 梓豪バク ズーハオはそれに気づくことなく、白月パイユエに再度疑問をぶつけていく。


「そんな子供に、欲なんてないと思うぞ? あったとしても、周囲の大人たちだろうさ。旅の途中で茶屋の店主に聞いたけど……やっぱり、俺は信じられねーな」


 白月パイユエの言葉を信じていないのではない。まだ、ものの良し悪しがわからない子供が、そのような危険な石を造るとは到底思えなかったからだ。

 

 彼の疑問に頷き、白月パイユエは言葉を返す。


「多分、父上の言うとおりなんだと思います。何もわからない子供をいいように使って、利用していただけかと」


 だけどと、つけ足した。


「造ってしまったのは事実。それは、変えられません」


「……そりゃあ、そうだけどさ。なあ、話は変わるけど、その石はどこにあるって言うんだ?」


 そう言う爛 梓豪バク ズーハオに、白月パイユエは肩をすくませてしまう。チラリと全 紫釉チュアン シユを見て、視線を爛 梓豪バク ズーハオに戻した。


鬼魂グゥイコンの当主の体の中です。当主は幼いながらも、ことの重大さに気づき、急いであか魂石こんせきを自分の体の中へと封じました。……そう、ですよね? 母上──」


「…………っ!?」


 全 紫釉チュアン シユの肩がピクリと震える。そして顔を上げ、悲痛な笑みを浮かべていた。

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