第五章 動き出した過去

第27話 王都に到着。そして過去が明るみに出る

 数多くの因縁がある地である戯山ぎざんを超えて、爛 梓豪バク ズーハオは王都に到着した。



 王都縁二閣匐エンニィカクフは、立派な城壁に囲まれた町だ。國の中心都市だけあり非常に賑やかで、各地の品が出揃っているよう。




「……ここが、王都【縁二閣匐エンニィカクフ】か」


 ロバの手綱を引きながら、爛 梓豪バク ズーハオは町の入り口にある門を潜った。

 今まで通ってきた歩きにくい地面とは違い、砂利道ではない。凸凹はなく、きれいに整備されていていた。大きな荷馬車が通れるほどに道端は広く、とても賑わっている。

 道の両端にはあかだいだい色の煉瓦や壁の建物があった。見上げれば、細い紐が屋根から出ている。向かい側の建物に繋がっているようで、目で追った。

 紐には等間隔の提灯がぶら下がっていて、風に揺られて動いている。


 目に見えるほとんどの家の屋根にそれが施されていた。


「ああ、そうか。もうすぐ、鬼魂祭グゥイコンサイか」


 昼間だからか。提灯は灯火のない、ただの飾り物となっている。ゆらゆらと冬の風に揺られては、カサカサと音をたていた。

 

「来たことなかったから知らねーけど、普段もこんなに人多いのか?」


 全 紫釉チュアン シユたちと過ごした村や山奥とは違い、人混みで溢れている。

 女性は桃や黄色の華服を着、頭にかんざしをつけていた。男性は青などの落ち着いた色が多いが、貴族などに見られる黒の華服は誰ひとりとして着ていない。

 子供たちは汚れてもいいようにと、主に薄茶の布を使った服だ。大人たちのように華服ではなく、質素な布を適当に服にしたような感じがある。案の定、子供たちの服は泥にまみれていた。

 それを見た親が子供を叱り、首根っこを引っぱって家へと入っていく。


 そんな微笑ましい、平和そのものな光景を見て、爛 梓豪バク ズーハオの頬は揺るんでいった。


『──ここは、國の中心都市ですらね。お祭りだろうと、何も変わりませんよ』


 ふと、ロバの背中に乗る白月パイユエが手に持つ鏡から声がした。


阿釉アーユ!? お前、喋れるのか!?」


 ここまでの最中、全 紫釉チュアン シユの入った鏡はうんともすんとも言わなかった。けれど町とうちゃしたとたん、全 紫釉チュアン シユの声が耳に届くようになる。


 鏡を手に持つ白月パイユエも驚き、恋しそうに母上と呼んだ。


『はい。理由はわかりませんが、縁二閣匐エンニィカクフに踏み入れた瞬間、意識が戻りました。あの、爛清バクチン……』


「ん? どうした?」


『……い、今の私は、どういう状況……いえ。どういった姿になっているのでしょう?』


 どうやら人間の姿ではなく、鏡になっているということを知らないよう。爛 梓豪バク ズーハオは一瞬だけ悩むけれど、すぐに笑顔になって教えた。


『……そう、ですか。鏡の中に……どうりで、自由が利かないなと思いましたよ』


「手がかりがここにあるって、お師匠様に聞いてさ。それで……あっ、そう言えば阿釉アーユ、聞いたぞ? お師匠様の孫だったんだな?」 


 建物の中でのできごとを、かいつまんで話す。

 

『……ああ、やはりあの画面の人たちは、お祖父たちだったんですね?』


「え? 気づいてたのか?」


『…………はい、霊力の流れでわかりましたから』


 少しの間を置いて放された声は、いつもどおり透き通っていた。けれど姿が見えないため、感情を摘みとることは難しい。

 それをわかっていながら、爛 梓豪バク ズーハオは敢えて鏡の中はどんな雰囲気なのかを尋ねてみた。


『真っ暗です。何も、ありません。お祖父たちが、何を思ってこの鏡を飾っていたのか。それすらわかりません。ただ……』


「ただ?」


『…………』


 そこまで言うと、今度は押し黙ってしまう。


 その沈黙に耐えれるほど、彼はできた人間ではなかった。うーんと困惑しながら眉根をよせ、どうしたものかと頬を掻く。

 白月パイユエに鏡を渡すよう頼むと、手に取った。鏡の磨かれてきれいな表面を撫でる。


「感覚ってのは、あるのか?」


 くすぐったかったりするのだろうか。一種の実験として、鏡のあちこちを触ってみた。

 けれど全 紫釉チュアン シユは何も感じないらしい。五感のうち、聴覚と視覚だけが、かろうじて機能しているとのこと。

 匂いを嗅ぐことはもちろん、何かを食べることすらできなかった。


『食事は取りたいんですけどね』


「大食いだもんな?」 


『むっ。余計なお世話です!』


「食欲だけは、どんなときでも健在ってか? 阿釉アーユは見かけによらず、大胆なんだな」


『ほっといてください!』


 顔すら見えないはずの全 紫釉チュアン シユだが、不思議と頬を膨らませてそっぽを向く光景が彼の脳裏に浮かぶ。

 爛 梓豪バク ズーハオの口元が、思わず揺るんでしまった。にやけ顔を隠すために口を手で押さえる。


 ──やっば。阿釉アーユがかわいい。想像できちゃうぐらいに、阿釉アーユがかわいすぎる。


ハオ


 無意識に鏡を抱きしめた。ひたすら鏡を撫でて、頬ですりすりとする。そして、かわいいを連呼した。




「──わぁ。やっぱり、父上と母上は仲良しさんですね」


 そのときだ。一緒にいながらも蚊帳の外状態だった白月パイユエが、軽く拍手をする。子供らしい無邪気な笑みと、無垢な瞳。それらが鏡と、明らかにデレデレになっている爛 梓豪バク ズーハオへと向けられていた。

 ロバの背中に乗りながら爛 梓豪バク ズーハオの手を握る。


白月パイユエ、どうした?」


 突然の行動に、彼はたじろいだ。けれど敵意などありはしないことは周知の上だったので、やんわりと尋ねるだけに留める。

 

 白月パイユエはひたすらニコニコしていた。


「父上も、それから母上も、本当に仲良しです。息子としては、とても嬉しいです。でも……」


 笑顔が苦いものへと変わる。数歩だけロバを進ませ、彼へ小声であることを伝えた。


「父上、ここにはたくさんの人がいます。おふたりが仲良しなのはいいのですが、今の父上は、鏡に向かってにやけている変態にしか見えないかと」


「……っ!?」


 平たく言うなれば、自分大好き人間としか思われない。だった。

 言われて即座に鏡から顔を離し、白月パイユエへと渡す。けれどとき既に遅しなようで……




「お母さーん、あのお兄ちゃん、鏡見て凄い笑ってるよ?」


「しっ! 見ちゃいけません!」


 通行人の親子から、そんな言葉が投げられた。行き交う人々は爛 梓豪バク ズーハオに、変なものを見る目を送る。近づこうとせず、距離を取っていった。


「…………ひょーー!」


 いつもの間抜けぶりを発揮する。


 顔を真っ赤にさせたかと思えば青くなり、紫になってしまった。顔芸のようなことをしながら、その場にしゃがみこんでしまう。


 ──そうだった。ここは町中だった。忘れてたーー! でも、阿釉アーユと仲良しってのは幸せだ!


 恥ずかしさ、それから、仲良しと言われたことへの嬉しさか。彼の脳は容量を超えていった。


「……父上は、本当に忙しい方ですね? そう、思いませんか母上」 


『…………ただの、考えなしなだけです』


 子供には優しい全 紫釉チュアン シユにしては珍しい、冷たい態度だ。


 そのことに白月パイユエは、苦笑いさえしてしまう。


「そう、ですか? それよりも母上、先ほど父上が言っていた魂鬼祭こんきさいとは、何でしょう?」


 ロバから降りて、適当な屋根の下に腰を落ち着かせた。鏡を膝の上に乗せて、純粋な眼差しで見下ろす。


『……鬼魂祭グゥイコンサイとは、この街で亡くなった者たちの魂を成仏させるためのお祭りです』


 【鬼魂祭グゥイコンサイ】 

 その昔、幽霊谷の近くに鬼魂グゥイコンという町があった。そこは、行き場をなくした人間や妖怪たちが暮らしている町であった。

 けれど町は、それを疎ましく思った人間たちに滅ぼされてしまう。


 それ以降、國の中心都市である縁二閣匐エンニィカクフは、数々の悲運に見舞われた。


 ある日の夜、鬼魂グゥイコンの町の生き残りたちが復讐のためにここを襲う。逃げ遅れた人々は死に、妖怪たも倒れていった。


『そのときに亡くなった者たちの魂を鎮めるという意味で、この鬼魂祭グゥイコンサイがあると聞きます』


 淡々と。けれど澄んだ声は、爛 梓豪バク ズーハオの耳にも届いたよう。立ち直った彼は白月パイユエの隣に座り、鏡を優しく撫でた。


『……私は、望んでいなかった』


「え?」


 何のことだろうかと、爛 梓豪バク ズーハオ白月パイユエは首を傾げる。


『……あんな結末を、私は望んでなんかいなかった。私が……皆を殺してしまった』


 鏡から発せられる声はとてと寂しそうだ。そして、哀しみすら含んでいる。

 そう、感じてしまうような、美しい声だった。

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