第25話 白月は白月です。それ以外の何者でもない!

 頭を抱える爛 梓豪バク ズーハオと、男たちに拘束されている李 珍光リー ヂェングアン。そんな彼らを睨みながら、各々に何かを話している仮面の三人組。

 それはとても異様な光景ではあったが、爛 梓豪バク ズーハオはこの空気を変えるために動いた。


「──黄兄コウニィ、そいつを離してやってくれよ」


 黄色い華服の男に向かって、苦笑いをする。


「……ちっ! おい、馬鹿息子。今度黙って家出したら、本当に、はっ倒すからな?」


 ギロっと睨みを利かせた。すると肩に担がれている李 珍光リー ヂェングアンが、まな板の上の魚のようにビチビチと跳ねる。情けなく涙を流し、ひたすらごめんなさいを繰り返していた。

 

爛 梓豪バク ズーハオ、こいつに何を聞いたかは知らねーけど……クソ餓鬼ガキの肩なんか持つんじゃねーぞ?」


「……あー、わかりました」


 他人である自分は、この件には関与しない。キッパリと答えた。李 珍光リー ヂェングアンからは「酷いッス!」と、言われてしまった。それでも親子間のことを他人がどうこう言うのは違うだろうと、心を鬼にして無視を決める。


 ──ぶっちゃけ、巻きこまれたくないってだけだけどな。


 黄色い華服の男と李 珍光リー ヂェングアンは、血の繋がった親子だ。

 息子である李 珍光リー ヂェングアンが、なぜリーを名乗っているかまでは知らない。それでもふたりが親子だということは、彼だけでなく、爛 春犂バク シュンレイや黒い華服の男も周知していた。


黄兄コウニィ、親子喧嘩はよそでやってくれよ? 今はそんなことしてる暇なくてさ」


 黄兄コウニィと呼ぶ、黄色い華服の男を見る。


 仮面を外して顕になった顔は、いたって平凡そのものだ。よくも悪くもなく普通かつ、特徴すらない。身長は百七十米ほどか。体格は中肉中背で、全体的に目立つような外見をしてはいなかった。

 それでも隣にいる黒い華服の男よりは、賢そうな眉をしていた。


 男の名は黄 沐阳コウ ムーヤン。三百年ほど前まで、仙界を二分していた族のひとつ、黄族きぞくの頭領である。


「あぁ? 暇がない? どういう意味だ?」


 黄色い華服の男は、息子である李 珍光リー ヂェングアンを雑に降ろす。ドスンっという音とともに、李 珍光リー ヂェングアンは全身ぐるぐる巻きにされたまま泣いていた。

 それでも彼は助ける素振りすら見せず、ただ、苦笑いで誤魔化す。そして、ことのあらましを一通り話した。




「…………だいたいの事情はわかった。俺たちの可愛い孫が、この鏡の中に閉じこめられたってこともな」


 どうやら黄 沐阳コウ ムーヤンという男は話がわかる人物のよう。眉根をよせては鏡に触れ、困惑したようにため息をついた。

 視線を爛 梓豪バク ズーハオではなく、爛 春犂バク シュンレイへと向ける。ふたりは互いに頷き、近くの部屋へと入っていった。


 残され爛 梓豪バク ズーハオは、未だにぐるぐる巻き状態の弟弟子を眺める。


「……お前さ。何で、家出なんかしたんだよ?」


 跡取りとしての勉強や、作法など。それらが嫌で出てきたのかと問いかけた。


 李 珍光リー ヂェングアンは、首を強く左右にふる。違う違うとだけ言い続けていた。


「いや……それじゃあ、わかんねーから」 

 

 ──理由をハッキリ言わないと、俺は庇ってやることできねーんだけどなぁ。


 半分妖怪の血をひいていても、心までは残酷に染まることがない。それが爛 梓豪バク ズーハオだった。


 

「──うむ。そのことなら、俺から話そう」


 ふと、黒い華服の男が間に入ってくる。男も爛 春犂バク シュンレイたち同様、仮面を外していた。


「え? 黒兄ヘイニィは、理由知ってんの?」


 男を親しげに兄と呼び、教えを乞う。


 男は多少、目元などに小皺こじわが表れてしまっているが、それでも目鼻立ちは整っていた。身長はこの場にいる誰よりも高く、服の上からでもわかるほどの筋肉質。

 けれど爛 春犂バク シュンレイ黄 沐阳コウ ムーヤンたちとは違い、気さくな雰囲気があった。


 そんな男の名は黒 虎明ヘイ ハゥミン、そして二つ名は獅夕趙シシーチャオ。彼らの中で唯一、二つ名を持つ男だった。

 

「俺も詳しくは知らんが、お見合いの話が出ていたようだぞ?」


「え!? マジで!?」


 ふたりの視線は、李 珍光リー ヂェングアンへと注がれていく。


 黒 虎明ヘイ ハゥミン李 珍光リー ヂェングアンの縄をほどき、淡々とした口調で話していった。


「お前たちも知ってのとおり、俺の治めるこく族と、黄 沐阳コウ ムーヤン族。このふたつは合併した。その暁に、両族の跡取り同士が許嫁として差し出された」


 平たく言えば、人身御供である。


 李 珍光リー ヂェングアンはそれが嫌で家出をし、今にいたったよう。


 それを聞いた爛 梓豪バク ズーハオは、李 珍光リー ヂェングアンへ哀れむ眼差しを送った。けれどすぐに真顔になり、諦めろと説得を試みる。


「お家存続のためだ。貴族に生まれた者の定めなんだろうなぁ。俺みたいな庶民には、到底わからないことさ」


 うんうんと、ひたすら諦めろの一点張りを決めこんだ。

 李 珍光リー ヂェングアンからは、裏切り者と言われながら泣きつかれてしまう。


「はぁ!? んなの知るかよ! 俺は阿釉アーユのことで頭いっぱい……あれ?」


 ──黒兄ヘイニィたちがあまりにも自然に入ってきたから忘れてたけど、白月パイユエはどこだ?


「おい、阿光アーグアン! 白月パイユエはどうした!?」


 顔から血の気がひいていく。

 全 紫釉チュアン シユが戻ってきたときに子供がいなかったら、きっと悲しむだろう。それ以前に、幼子をひとりにするなど、彼の心が許すはずがなかった。


 李 珍光リー ヂェングアンの華服の襟を掴み、どこだと狼狽する。


「そ、それが……爛兄バクニィたちが建物に入ってすぐ、目を離した隙にいなくなっちゃったんッスよ!」


「はあ!? お前、何でそんな大事なこと黙って……」


 唾を飛ばしながら怒りに身を任せていた瞬間、建物の入り口の扉がゆっくりと開いた。



 外からの光だろうか。目映いばかりの光が、開いた扉全体を明るく照らした。そしてコツコツと、足音がする。


「…………え!?」


 爛 梓豪バク ズーハオの驚きは、眼前にいる者の姿を明白にさせていった。




 歩いてきたのは黒髪の子供だ。十四、五歳ほどで、美しい顔をしている。

 子供はロバの手綱を引っぱりながら、爛 梓豪バク ズーハオへ無邪気な笑顔を向けた。


「帰りが遅いから、迎えにきてしまいました。父上──」


 ふふっと微笑する姿は、全 紫釉チュアン シユのよう。けれど顔立ちはどちらかというと、爛 梓豪バク ズーハオに似ていた。


「お、前……まさか白月パイユエ、なのか?」


「はい、そうです」


 軽く答えた白月パイユエの背は、爛 梓豪バク ズーハオの胸の辺りまで伸びている。


「……やっぱり、成長したのか」


 ──日を追うごとに、信じられないほどの早さで成長していく。この白月パイユエという子供は、本当に人間なのか?


 モヤモヤとした気持ちのまま、白月パイユエを受け入れた。抱きついてくる子供を無下にできない彼は、苦く微笑みながら頭を撫でてやる。

 

 そのとき──


 白月パイユエの喉元に、白銀の鋼が当てられた。それを行ったのは黒 虎明ヘイ ハゥミンで、腰にかけてあった剣を抜いて先端を当てている。


「ちょっ……黒兄ヘイニィ!」


 爛 梓豪バク ズーハオは慌てるが、剣先を向けられた白月パイユエは平然としていた。きょとんと小首を傾げてもいる。


 爛 梓豪バク ズーハオがやめてくれよと、男の剣の柄を握った。けれど黒 虎明ヘイ ハゥミンはとめることなく、気さくな笑顔を消していく。


「──答えろ。貴殿は何者か。なぜ……」


 黒 虎明ヘイ ハゥミンの剣の先が、少しずつ白月パイユエの喉へと食いこんでいった。


「なぜ貴殿から、爛 梓豪バク ズーハオの母と同じ気配がする!?」

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