第24話 建物の秘密、それから仮面の三人組の謎

 爛 梓豪バク ズーハオたちが産まれるよりも遥か昔……三百年ほど前。この國が禿とく王朝として成り立ての頃、皇帝争いがあった。そのとき、ひとりの男が初代皇帝の補佐をしていた。

 男の名は爛 春犂ばく しゅんれい、仙人の中でも特に強い力を持ち、長寿の存在と言われている。

 各地で弟子をとり、仙人としての力と地位を確かなものへと変えていった。


 そしてその弟子のひとりが、爛 梓豪バク ズーハオである。



「──嘘、だろ? 阿釉アーユが言ってた叔父上ってのが、俺のお師匠様って……」


 全 紫釉チュアン シユが、爛 梓豪バク ズーハオの師匠となる男の孫だった。

 その事実に驚愕しながら、心を落ち着かせるために深呼吸をする。ゆっくりと起き上がり、男──爛 春犂バク シュンレイ──を直視した。


 男は眉根をつねによせ、威厳を保つかのように彼を見下ろしている。整った顔立ちに見合うだけの青い華服の袖を揺らし、無言の圧をかけていった。


「……うっ、ぐっ!」


 ──俺、お師匠様のこと、本当に苦手なんだよなぁ。何考えるかわかんねーし。何よりも、笑顔なんて見たことねーもん。とは言え、このまま何も話さないわけにはいかないし……


「あ、あの、お師匠様……」


「何だ?」


 爛 春犂バク シュンレイは表情を変えることなく、淡々と息を吐いた。眉間のシワを少しだけ緩め、瞬きをしている。


「……な、何でここに? それに、仮面被ってたのは何でです?」 


 すーはーと、何度も深呼吸を繰り返した。真剣な面持ちで男を見つめ、背筋を伸ばす。自身の後ろにある鏡を気にしながら視線だけを男の元へとやった。

 

 爛 春犂バク シュンレイは、彼の不可解な行動に眉をピクリと動かす。腕を組んでどうしたのかと尋ねた。

 爛 梓豪バク ズーハオは意を決して、ここであったできごとを話す。





「…………」


 爛 梓豪バク ズーハオの話を聞いた男は、無言で彼の元へと進んだ。


 彼は殴られると思い、両目をギュッと閉じる。しかし……


「……あ、あれ?」


「……なるほどな」


 男の腕は鏡へと伸ばされた。壁に引っついている鏡を器用に取り外し、じっと凝視する。そのまま丁寧に鏡を彼へ渡し、扉へと進んだ。扉の前で立ち止まり、踵を返して嘆息する。


「馬鹿弟子よ、よく聞きなさい」


 青い華服をひるがえし、鏡の表面に触れた。その瞳には優しさが滲みでている。


「おそらく私の孫は、悪魔鏡あくまきょうに魅入られたのだろう」


「……な、何ですかそれ?」


 ふたりは鏡を見下ろした。


 鏡はうんともすんとも言わない。磨かれてきれいな表面だけが、ひっそりと輝いていた。


「妖魔や妖怪の類いが住んでいた鏡のことだ。それらが外へ出ていっても、妖力は残っている。それが人の闇の部分を蝕み、鏡の中へと誘いこむのだ」


「え? な、何でそんな危ないものを……ってか、そもそもここは、どういったところなんです?」


 一刻も早く全 紫釉チュアン シユを助けたい。けれど、この場所への好奇心は尽きなかった。それでも大切な人のことを思い、笑ったりはしない。

 

 爛 春犂バク シュンレイは彼の気持ちに応えるように、鏡を見つめながら階段を降りていった。

 爛 梓豪バク ズーハオは慌てて男の後へついていく。


 建物の入り口付近でとまった男は、目線を周囲へと走らせた。口を閉ざし、静かに、ゆっくりと呼吸をする。そして爛 梓豪バク ズーハオへと向き直り、出入り口の扉に触れた。


「ここは生前、お前の母が暮らしていた場所だ」


 懐かしいのだろうか。少しばかり瞳が潤んでいるよう。両拳を見れば、強く握られていた。


「正確には、お前の父が病状のためにと作った屋敷だがな」


「そう、か。ここは母上の……」


 ──病弱だったがゆえに息子の俺ですら、滅多に会えなかったんだよな。


 階段へと腰かける。隣には爛 春犂バク シュンレイも座り、ともに天井を見上げた。


 煩わしい音などない。

 誰にも邪魔されない、静寂さがある。


 それを心に刻み、爛 梓豪バク ズーハオは下を向いた。旅で汚れた靴や、華服の先など。ここに全 紫釉チュアン シユがいれば、洗った方がいいと怒りそうなぐらいに汚くなっていた。

 

「物心ついた頃に俺は、お師匠様の元へ預けられてた。母上の顔は知っていても……どこにいて、何をしているのかまでは、知らされていなかった」


 それを寂しいとすら感じていた。幼い頃から親元を離れ、ひとりで見知らぬ者たちと暮らす。それがどんなに苦しくて寂しいことだったのか。

 今さらながらに、爛 春犂バク シュンレイへ打ち明けた。


「……爛 梓豪バク ズーハオよ。両親を恨まないでやってくれ。母は寿命の短い人間で、父は永遠にも近い時を生きる妖怪なのだ」


 爛 春犂バク シュンレイの眉間からはシワが消えている。代わりにあるのは困惑のようなもので、肩をすくませていた。


「お師匠様が謝ることないですよ。寿命の短い……母上が、親父の半分すら生きていけないってことぐらい、俺でもわかります。でも……」


 療養のために作った屋敷にしては、術で隠すなどして、凝っていないか。そう、質問した。


「……お前の母は、少し特殊な力を持っていた。その力を手に入れれば、お前の父に変わって妖怪たちを支配できるというほどの、な」


「え?」


 聞いたことがない。きょとんとしながら、男の説明に耳を傾ける。


 爛 梓豪バク ズーハオは黙々と頷いた。爛 梓豪バク ズーハオと視線を合わせ、眉根をよせていく。


「お前の母が男だというのは、知っておろう?」


「あ、はい。でも……」


 ──男では子供はできない。その機能がついてないから。でも母上は、男だけど俺を産んだ。これ、ずっと気になってことなんだよなぁ。


 その先の話を知りたい。彼は瞳を輝かせた。


「……私も詳しくは知らん。ただ、お前の母は男と交わるときだけ、体の中に女性としての機能が産まれる体質だったらしい」


「……えー? それ、体質とかの問題? ってか、明らかに人間じゃないような……」


 耳にしたことのなかった事実に驚きはすれど、好奇心の方が上をいってしまう。ワクワクとした気持ちを隠し、男の話を聞き入った。


「それについては私も、お前の父ですらよくわかってはいない。それでもお前の父は、母を愛していた。だからこそ、ここで隠れるように過ごしてもらったそうだ」


 見つかってしまえば、人間たちの道具にされるだけ。最悪、妖怪を根絶やしにするための材料になってしまう。それだけは避けなければならなかった。

 ここを不思議な術で隠したのも、人間たちから守るため。


 そう教えながら懐から仮面を取り出し、顔へ被せていった。

 

「この仮面は、私たちの匂いを消す効果がある。人間であることを隠し、彼ら……妖怪たちとともに、掃除をしていたというわけだ」


「……この建物を外から見えなくしていた理由も、お師匠様がここにいた理由もわかりました。でもそれと、この鏡は説明がつかない」 


 ──母上や父親の話しは、すごい魅力的だ。もっと聞いていたい。でも俺は、阿釉アーユを助けることを優先する! そう、決めたんだ。


 腕に抱く鏡を見つめ、顔を上げる。


「お師匠様! この鏡は、いったん何なんですか!? 阿釉アーユはどう……」


 どうやったら、大切な人を取り戻せるのか。声を張り上げながら尋ねようとした。

 そのとき、入り口の扉が勢いよく開かれる。


 ふたりは扉を注視した。


 するとそこには、爛 春犂バク シュンレイとともにいたふたりの男が立っている。黄色い華服の男は、紐でぐるぐる巻きにした何かを担いでいた。

 

「離せッス! 俺っちを離すッスよーー!」


 黄色い華服の男に担がれている何かが喚き続けている。担ぐ側の男は「うるせー! 馬鹿息子が!」と、短気なまでに騒いでいた。


「あ、爛兄バクニィ、助けてっス! 凶暴な父に、雷落とされてるっすよ!」 


「……いや阿光アーグアン、お前、何やってんの?」


 ──そうか。あの黄色い服は、コウ家の……ってことは、黒い服の方はヘイ家か。


 目配せだけで、爛 春犂バク シュンレイへ確認をした。

 男は頷いている。


爛兄バクニィーー! 助けッスよー!」


「お前さては、家出してきやがったな?」


「ギクッ!」


「……マジかよ」


 爛 梓豪バク ズーハオは助ける素振りすら見せず、ただ頭を抱えてしまっていた。

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