鏡と過去。そして懐かしい人たちとの再会

第22話 鏡よ鏡さん。大切な人を奪わないで

 ふたりとも手詰まりとなってしまった。


 通せんぼをする建物の陣を破壊しようと侵入した矢先、謎の三人組に出くわす。ただ出くわすだけではなく、全 紫釉チュアン シユ爛 梓豪バク ズーハオ。彼らが、ふたりがかりで襲撃しても勝てないほどに強さを持つと直感してしまったからだ。


 

「俺が前で戦って、阿釉アーユが後方支援って手もあるけど……」


 爛 梓豪バク ズーハオの提案に、全 紫釉チュアン シユは首を左右にふるしかなかった。

 扇子をしまい、美しい銀髪を耳にかける。


「無理ですね。あのさんにんは、かなりの歴戦をくぐり抜けた人たちです。純粋な力比べの場合、私は当然叶いませんし、爛清バクチンでも厳しいかと」

 

 どちらにせよ、ふたりがかりでも彼らには手も足も出ない。そう、口酸っぱく告げた。

 地面にまでつきそうなほどに長い銀髪を揺らし、どうしましょうかと爛 梓豪バク ズーハオの耳元で囁く。


「ひょーー!」


「……むっ! 何ですか、その態度は?」


 彼は耳の先まで真っ赤にして、壁にひっついた。

 

 納得のいかない全 紫釉チュアン シユは、彼の黒髪を軽く引っぱる。頬を膨らませ、自身よりも高い身長の爛 梓豪バク ズーハオを見上げた。


「い、いや、その……ち、近い! 顔、近いからあー!」


「はい?」


 顔を近づけてはいけないのだろうか。それほどまでに、自分の顔は醜いのだろうか。

 そんな疑心暗鬼な気持ちが過っていった。


 ──爛清バクチンは、ときどき意味不明な行動をとる。しかもそれは、私が絡んだときだけ。そんなに私のことを気持ち悪く思っていんでしょうか?


 そう考えただけで、しょんぼりなってしまう。

 

 両端にある、銀の中の黒髪を弄った。口を尖らせ、大きな目を潤ませていく。


「嫌いなら、ハッキリと嫌いって言ってください。そうやって口ごもられると、傷つきます」


 ぐすんっ。少しだけ涙を溜めて鼻をすすった。そして彼を見上げ、瞳に爛 梓豪バク ズーハオの端麗な顔を映した。

 


「んんっ! 阿釉アーユがかわいい!」


 爛 梓豪バク ズーハオの眉根が大きくよせられていく。落ちこむ全 紫釉チュアン シユの両肩を掴み、顔を逸らした。そしてすぐに咳払いをし、にやけながら向き合う。


「俺が、阿釉アーユを嫌いになるわけがないだろ!? そ、その、だな……阿釉アーユがかわいくて、直視できないって言うか……」


 ゴニョゴニョと、普段は騒がしぐらいの口が、今回ばかりは黙ってしまった。


 そんな彼の不可解な行動に、全 紫釉チュアン シユはますます不安になっていく。けれど、少なくとも嫌われているわけではないと知った。それだけでも収穫があったなと、微笑む。

 

 ──ふふ。爛清バクチン、何だかかわいい。


 無意識に彼の頭を撫でた。


「……さて爛清バクチン、これからどうします?」


 祝福とも言えるこの時間を惜しみながら、全 紫釉チュアン シユは両目を細める。

 謎の三人組が消えていった、二階にある右側の扉を注視した。周囲を確認しながら階段を登る。

 右側の扉の前に立った。扉は、質素な建物内には似つかわしくないほどにごつい。鉄でできているようで、触るとひんやりとしていた。

 ともに登ってきた爛清バクチンへ目をやれば、彼は反対側にある扉を見ている。


「右側の扉は避けた方がいいと思うぜ。あいつらが入っていったから、鉢合わせとかしちゃいそうだし」


「そう、ですね。そうなったら私たちはおそらく、生きて帰ることができないでしょうし」

 

 ふたりはため息をついて、実力不足を実感した。タハハと、互いに苦笑いをする。


「……さて。爛清バクチンの言うとおりに、反対側の扉へと向かいましょうか。それにしても……」


 コツコツという、靴音が響いた。それを気にすることなく、全 紫釉チュアン シユたちは左側の扉と向かい合う。

 左側は右側とは違い、どこにでもある木製の扉だった。けれどたくさんの札が貼られていて、怪しさ満載となっている。

 

「……あれ? これ、剥がれねーんだけど」 


 爛 梓豪バク ズーハオは両手を使って札の一枚に触れた。爪を使って剥がしてみるが、びくともしない。

 

「術がかかってますね。退いてください」


 爛 梓豪バク ズーハオよりも前に躍り出た。扉を目と鼻の先に置き、手をかざす。

 両目を、長いまつ毛の下に隠すようにして閉じた。

 扇子を広げ、それを天井へ向けて投げる。瞬間、扇子から目映い光が放たれた。

 同時に、全 紫釉チュアン シユの瞳が深紅に染まる。


「──解呪かいじゅ!」


 儚い。それでいて透き通る声が、その場を駆けた。

 すると剥がそうてしても動かなかった札が、一枚だけ落ちる。それを皮切りに、次々と札が剥がれていった。最終的にはすべてなくなり、木製の扉のみが残される。

 

「……す、っげえ……」


 全 紫釉チュアン シユの術師としての実力を改めて目の当たりにした彼は、あんぐりとなった。ほうけながら顎が外れそうな勢いで、凄いと連呼している。


「ほ、ほら爛清バクチン、行きますよ!」


 絶賛された本人は少しだけ照れたように、ぶっきらぼうなまでにそっぽを向いた。自分のことのように喜ぶ爛 梓豪バク ズーハオの服の袖を摘まみ、早く中へ行こうと誘う。


 ──おかしい。彼に誉められただけなのに……なぜ、私の心は熱くなっているのだろう。


 この気持ちの意味を理解できないまま、扉を開けて中へと入っていった。

 

 □ □ □ ■ ■ ■


 部屋の中には何もなかった。机や椅子はもちろん、寝具すらも置いてない。ただあるのは壁に背をつけた木棚。そして、飾りのように壁にくっついている鏡だけだった。

 生活感がまるでない場所に、ふたりは驚く。


「物置……にしては、綺麗に掃除されてますよね?」


 キョロキョロとしながら、指で床を触ってみた。埃が指にくいてない。

 天井を見ても、蜘蛛の巣すら見当たらなかった。


「いったいここは、何なのでしょう?」


「わかんねー。でも、何かありそうな気がするなぁ」


 義賊としての好奇心からか、彼は笑みを浮かべながら木棚の中をのぞく。けれどすぐに閉じてしまった。


「目ぼしい物、何も入ってねーなぁ。お? やった! 銀銭一個見っけ!」


 手癖の悪さを晒す。こっそりと袖の中にしまい、何事もなかったかのように「これからどうする?」と、相談を持ちかけてきた。


 彼の手際のよさに、全 紫釉チュアン シユは苦笑いしか出てこない。それでも、その行為を咎めることはなかった。


「……そうですね。何もないようですし、一旦白月パイユエたちと合流して、もう一度考え……」


『おいで──』


「え?」


 そのときだった。

 全 紫釉チュアン シユの耳に、聞き慣れない声が届く。この場にいるのはふたりだけ。それなのに、爛 梓豪バク ズーハオとは違う……心の底から涙が溢れるような、優しい声がした。

 

 ──誰? 私を呼ぶのは、誰……


 次第に、全 紫釉チュアン シユの瞳は虚ろいでいく。


「ん? ……阿釉アーユ? ……おい、阿釉アーユ!?」


 全 紫釉チュアン シユの肩を強く揺すった。動揺を眉に乗せ、声を張り上げる。


 それでも全 紫釉チュアン シユの意識はここにはなかった。どこからか聞こえる心地よい声。それだけが、今の全 紫釉チュアン シユの心を支配していく。


『──おいで。ここへ、おいで』


「…………」


 声を発することなく、爛 梓豪バク ズーハオすら無視して、ある一ヶ所を凝望した。そして爛 梓豪バク ズーハオの制止を振り切り、ある場所……壁にある鏡へと近づいていく。

 やがて両手を伸ばした。瞬間、目も開けていられないほどに強烈な光が部屋中を走った。そして……


「うわっ! 眩しっ……阿釉アーユ!」


 鏡の中に、全 紫釉チュアン シユが吸いこまれていった──

 

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