第21話 さんにんの仮面の男は何者だ?

 太陽が沈み、漆黒の時間が訪れた。それを期に、全 紫釉チュアン シユ爛 梓豪バク ズーハオとともに建物の中へと侵入する。


 建物の一階には、あか絨毯じゅうたんが敷き詰められてきた。中央には左右に別れた階段があり、それも絨毯の朱に染まっている。

 一階に窓はなく、他の部屋へと通じる扉もなかった。

 広さは、大きな城一個分といったところだろう。




「──すっげぇ。本当に、夜になったら姿が現れたよ。しかも鍵開けしなくても入れた……どうなってんの?」


 ひそひそと。誰が潜んでいるのかもわからない場所での大声は控え、柱の影に隠れながら問いかける。 


「この建物は、影を吸収して姿を消しています。そうなると影が存在しない夜は、どうなると思います?」


 眉根をよせて悩む爛 梓豪バク ズーハオの横で、全 紫釉チュアン シユは頷いた。両端に黒髪を携えた銀髪を払いのけ、柱の影に隠れる。手に扇子を持って広げ、口を隠した。

 真剣に考えているであろう爛 梓豪バク ズーハオを見て苦笑いをする。


「では、言い方を変えます。昼間は隠れる必要があったものは、夜にはどうなると思いますか?」

 

「え? ……うーん、と。影を使ってまで建物は隠れてたわけだろ? それが必要なくなったわけだから……あっ! 昼間とは逆……つまりは、隠れる必要がないから姿を見せる!」


 無垢ともいえる笑顔で答えていった。

 胸をはり、賢いだろと、白い歯を見せる。


 全 紫釉チュアン シユは、少しだけ子供っぽさを残す彼の笑みに絆されていった。けれどすぐに瞳を細め、静寂とともに立ち上がる。

 

「ふふ。ええ、そうです。だけどそうなると、ひとつの問題が浮かび上がります」

 

 扇子隠した口を軽く上げ、妖艶さを瞳に乗せた。

 銀の髪が月明かりに染まれば、妖しく、とても美しい。

 

 全 紫釉チュアン シユの色香に惑わされるように、爛 梓豪バク ズーハオの喉はゴクッと大きく動いた。


「んんっ! 阿釉アーユが色っぽい!」


「……今、そんな話してませんよ?」


 彼の不可解な言動に、全 紫釉チュアン シユはひいてしまう。それでも話を先に進ませようと、扇子で彼の脳天を軽く叩いてやった。

 睨みつければ、爛 梓豪バク ズーハオはごめんなさいと平謝りしている。


「ちゃんと聞きなさい。……いいですか? 影を望み、夜を好む。そんな存在がどういうものなのか。あなただって、わかるはずでしょう?」


 そう、教えた。


 爛 梓豪バク ズーハオは一気に表情を消す。直前までの朗らかで気さくな雰囲気など、どこにもなかった。あるのはこの建物に関係する何かについて考査する、濡れ場色の瞳だけ。


「……妖怪、か」


 たどり着いた答えを呟いた。


 肯定するように、全 紫釉チュアン シユは頷く。


「ええ。おそらくここは、妖怪の住み家なのでしょう。……ああ、白月パイユエを連れてこなくてよかったですよ」


 ふたりは子供を危険なめに合わせたくないからと、李 珍光リー ヂェングアンを護衛として外へ置いてきた。その判断が正しかったのだと、今さらながらに証明されてしまう。

 

「で? 阿釉アーユ、どうするんだ?」


 無闇に動くのは得策ではない。かと言って、ずっと柱の影に隠れているわけにもいなかった。


「……そう、ですね。一階は何もないようですし、二階へ行って……っ!?」


 足を一歩踏み出した直後、二階の両端から、たくさんの妖怪が現れる。妓女の格好をしている者もいれば、貴族のような豪華な華服を身につけている妖怪もいた。見た目は普通の人間と大差ない者から、明らかに妖怪だとわかる輩もいる。

 彼らは、楽しそうにお喋りをしながら一階へと降りてきた。


「おい、聞いたか? あのお方の行方が、掴めたそうだ」


「何ぃ!? それは本当か?」


「ああ、確かな情報だぞ。何せ、あの男のお墨付きの者が、見つけてくれたらしいからな」 


「おお、それはよかっ……んん?」


「ん? どうした?」


 妖怪だと丸わかりな外見の者が立ち止まる。骨は大丈夫なのかと心配になるほどに首を回転させ、あろうことか全 紫釉チュアン シユたちのいる場所を凝視していた。


「…………んん?」


「おいおい、本当にどうしたんだよ?」


 隣を歩く妖怪が訝しげな眼差しを、首が回転している者へと向ける。

 瞬間、首が回転している妖怪は目をパッと明るくさせた。


「いや。悪い悪い。何か、人間の匂いがしたなぁって思ったけど、気のせいだったようだ」


「ハッハッハッ、しっかりしてくれよ? これから人間たちを驚かせに行くってのに」


 物騒なことを口走りながらぞろぞろと、建物の出入り口へと向かっていく。そして扉を開け、外へと出て行ってしまった。




 この場にいた妖怪たちがすべていなくなったのを見計らい、ふたりはドッと肩の力を抜く。


「あ、ぶなかったぁ~。俺、半分人間だから、それでバレちゃいそうになったのかも」


 ごめんな阿釉アーユと、苦笑いした。

 

「……で? どうするんだ? 二階、行くか?」


 キョロキョロ。柱から顔だけを出し、周囲の様子を伺う。誰もいないことを確認し、よしっと言って中央へ進んだ。

 

 広いけれど何もない寂しい空間に、彼はすっと立つ。

 美しく整った顔立ちと長身。長い濡れ場色の髪がさらりと揺れれば、全 紫釉チュアン シユとは違った美しさを生んでいた。

 正された姿勢で立つ姿には、普段から想像もつかないような気品さが垣間見れる。



 そんな彼の姿を目に焼きつけた全 紫釉チュアン シユは、胸の奥に生まれた熱い何かに気づいた。


 ──爛清バクチンは私には持っていない、前向きさがある。それに、本当の意味での強さも。どうしてなのだろう。あなたを見ていると、心臓が早く脈打っていく。


 この気持ちは何だろうか。自身の胸に手をあてて、小首を傾げた。


「ん? 阿釉アーユ、どうしたんだ?」


「え? あ、いえ……っ!?」


 何でもありませんと返事をしようとしたとき、ふたりを不気味なまでの空気が包む。

 全 紫釉チュアン シユは急いで柱へと身を隠した。

 爛 梓豪バク ズーハオは前方を直視しながら、天井を支える柱にある隙間へと飛び乗る。


 ふたりは互いの姿を見合い、頷いて、空気が淀む原因を探った。


 ──これは、先ほどの妖怪たちとは比べ物にならないほどの霊力が溢れている。いったい誰の……っ!? 


 二階の両端にある扉のひとつ、右側がゆっくりと開かれていく。するとそこから、さんにんの男たちが現れた。


 ひとりは頭の上で、髪の毛をお団子にしている。青い華服を着ていて、腰には八角形の八卦鏡バーコーチンがぶら下がっていた。

 その男の左隣には頭ひとつ分ほど背が低く、猫背な男がいる。黄色の華服を着ていて、手に札を数枚持っていた。

 さんにんめは、青い華服の男の右隣にいる男。ふたりよりも体格がよく、肩幅が広い。肩ほどまでの黒髪と同色の華服を着、背中には背丈よりも大きな剣をしょっていた。


 さんにんは皆が皆、あか色の仮面をしている。


「…………気のせいか」 


 青い華服の男が、低い声で呟いた。そしてふたりを連れて、右側の扉の奥へと消えていく。




「──阿釉アーユ、悪いことは言わねー。今すぐ外に出よう。今さっきの連中、めちゃくちゃ強い気がする」


 野生の勘とでもいうのか。それが働いているようで、冷や汗を拭いながら床へと降りてきた。

 戦ったら勝てないのが目に見えているらしく「早く出よう」と、急かす。

 

「そうは言いますけど、この建物の陣を破壊しない限り、私たちはこの付近から出ることすらできませんよ?」


「あちゃー。そうだったぁ!」 


 手詰まりなのは同じで、ふたりはどうしたものかと悩んでしまった。

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