第19話 戯山《ぎざん》は不思議な出来事だらけだね

「そう言えば、お師匠様から聞いたことがある。この戯山ぎざんに咲く花は、戦火で燃え尽きた魂を鎮めるためにあるって」 


 ロバを引きながら、爛 梓豪バク ズーハオはひとりで歩く。ときおり、ロバの背中に乗る美しい青年を見ては、前を向いて進んだ。


 全 紫釉チュアン シユはそんな彼の背を見つめ、苦痛に耐えながら話をする。


「……咲いている花は、彼岸花だそうです。今よりもずっと前……名を呼ぶことを許されない関所が滅ぶよりも遥か昔、戯山ぎざんは戦場だったそうです」


 パッカパカ……


 不思議な力を使い、へとへとになった全 紫釉チュアン シユは、ロバの背中にひとりで乗っていた。


 いつも膝の上に座っている白月パイユエはおらず、李 珍光リー ヂェングアンと一緒に歩いている。右側にロバを引く爛 梓豪バク ズーハオ、左側には子供と李 珍光リー ヂェングアンが並んでいた。

 白月パイユエは体調の優れない全 紫釉チュアン シユを心配し、自分で歩いているよう。ただ、子供の足なので大人たちの歩幅では追いつくことも一苦労だった。

 それを見かねた李 珍光リー ヂェングアンが、ときどき子供を肩車してくれている。


 存外、馬が合うふたりのようで、白月パイユエたちは会話に花を咲かせていた。


 そんなふたりに微笑みを送り、全 紫釉チュアン シユは話の続きをする。


禿とく王朝ができた頃、皇族争いがあったそうです。そのときに初代王が、ここで反逆者を退治したそうですよ」

 

「へえ……ってか、どの時代にもいるんだな。反逆者とかって」


 意外と爛 梓豪バク ズーハオの目は輝いていた。勉強には一切興味を示さない彼だったが、全 紫釉チュアン シユの声には耳を貸している。


「人は常に争い続けます。たとえ仙人として力を得たとしても、妖怪や鬼といったものへ成り果てたとしても」


 空を仰ぎ見た。


 山中を奥に進むにつれ、少しずつ雲が厚くなっていく。それはこの地を覆う、障気しょうきが原因でもあった。


「花を植えた人は、この地を二度と戦場にしないために。哀しみを生まないためにと、花だらけにしたと聞きます」


「……まあ、普通は、きれいな花を潰そうなんて考えねーよな」


 美しく咲く花は、人の心をときに癒す。もちろん心の淀み具合によっては、何の効果もでないのだろう。それでも気持ちだけでもと、植えた人の願いがこめられる。

 

「話を戻しますが、戯山ぎざんで追いこまれた初代皇帝は、友の力を借りて冥界の王になったそうです」


「……へ、へぇ」 


 先ほどまでの興味は消え失せたのか、そっけない返事になっていた。


 全 紫釉チュアン シユは、彼の気持ちの変わり様に小首を傾げる。いったいどうしたというのか。ロバに、彼へ近づくようお願いした。


「ちょっと爛清バクチン、もう飽きたんですか?」 


 顔をズイッと近づける。


「うぐっ! かわっ……」


 瞬間、彼は顔を真っ赤にさせてたじろいでしまった。全 紫釉チュアン シユを直視すらしない。わたわたと慌てながら視線を逸らし、ロバの手綱を李 珍光リー ヂェングアンへと無理やり握らせた。そして……


「うがぁーー! 阿釉アーユが可愛いすぎるーー!」


 謎の奇声をあげながら、ひとりで雑草の中へと入っていってしまった。馬鹿力を持っているようで、彼が進んだ場所の木々は見事に倒れていく。


「……あの人、頭、大丈夫ですかね?」


 誰に尋ねるでもなく、ただ、ボソッと呟いた。

 

 ふたりのやり取りを間近で目撃していた李 珍光リー ヂェングアンたちは、あきれたため息を溢す。「いや……これで、あんたらふたりが付き合ってないってことの方が問題ッスよ」と、情けないものを見る瞳を全 紫釉チュアン シユに向けていた。

 白月パイユエは彼の言葉に賛同しているようで、うんうんと頷く。


 そんなふたりに、全 紫釉チュアン シユは意味がわからないと小首を斜めに傾げた。


「……とりあえず、爛清バクチンは元気ってことですよね?」


 ──このふたりは、何がいいたいのだろう? そもそも、なぜ私と爛清バクチンが付き合うなどという発言が出てくるんでしょうか。

  

 うーんと、顎に手をあてながら真剣に考えた。


 そんなことを思っていると、ガサッと音がした。生い茂る雑草が動き、そこから爛 梓豪バク ズーハオが姿を現す。ただ、全身に蜘蛛の巣や葉っぱをつけての登場だった。心なしか目尻に涙が溜まっているようにも見える。


「何で、誰も追いかけてきてくれないんだよ!? ひとりで暴走して恥ずかしいだろ!」


 耳の先まで、林檎のように真っ赤になっていた。


「……あなた、相当おかしなこと言ってません?」


「知ってる! おかしなこと言ってるって、知ってるよ!」


「……チッ」 


 彼の無駄に明るい性格に苛立ちを覚えた全 紫釉チュアン シユは、めんどくさそうにそっぽを向く。

 普段のおとなくて優雅な全 紫釉チュアン シユとは思えないような態度に、爛 梓豪バク ズーハオは「ひょー!」と、悲鳴をあげてしまった。ガタガタと震え、ごめんなさいと低姿勢で謝る。


「……はあ。もういいですよ。それで? 何か、収穫があったから戻ってきたんでしょう?」


 爛 梓豪バク ズーハオという男は考えなしに行動をとる。けれど、ここぞというときには頼りになる男だった。

 そんな彼は、にっと笑う。


「ああ、もちろん。この先に、阿光アーグアンが言ってた殺四悪夢コロシアムらしき建物があった。ただ、ちょっと変なんだよなぁ」

 

 言いよどみながら頭を掻いた。


「変、とは?」


 全 紫釉チュアン シユはロバの背中を撫で、近くの木に紐をくくりつける。そして爛 梓豪バク ズーハオへ視線をやった。

 白月パイユエ李 珍光リー ヂェングアンを呼びつけ、彼の話しを聞き入る。


「人がいるわけじゃねーと思う。だけど何か、気配がするんだよな。それに、少し中に入ってみたんだけどさ……」


「え? 侵入できたんですか?」


 廃墟だったとしても、鍵がかかっている可能性はあった。その予想を裏切る答えに、全 紫釉チュアン シユは両目を丸くする。


 爛 梓豪バク ズーハオは静かに頷く。


「いや、鍵はかかってた。でも俺は、義賊だぜ? 鍵を開けるなんて、ちょちょいのちょい、ってね」


 器用な手先だろと、自慢気に胸をはった。

 

「それ、自慢することではないと思いますが……まあ、いいでしょう。それで? 中はどうなってました?」


「んー……」 


 爛 梓豪バク ズーハオは腕を組み、踵をかえす。百聞は一見に如かずだと、案内するように、先陣をきって雑草の中を進んでいった。



 爛 梓豪バク ズーハオが暴れて薙ぎ倒した木を哀れに思いながら進むと、広がった場所へ出る。

 そこは草木もなければ、花すらなかった。土埃が舞うだけの……謂わば、荒れ地である。


「見事なまでに荒野ですね。というか爛清バクチン、建物なんてありませんけど?」


 地面を少しだけ蹴りあげた。砂の細かな粒子が飛び、こほっとせてしまう。


 ふとそのとき、爛清バクチンが無言で前方を指差した。

 誰もが、彼の指が示す場所を凝視する。すると……


「……え!?」


 何もないはずの場所に、うっすらと、透明な建物が映っていた。



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