第四章 殺四悪夢(コロシアム)の悪夢
第18話 亡霊に花を贈るのは、先へ進むため
人がよりつかない山がある。そこは奥地にある洞窟から発せられる
そんな山の
「俺が捕まって、
砂利道の途中、雑草に隠された小道を発見した。小道の手前には石碑があり、たくさんの名前が彫られている。
「……これは、人の名前?
「石碑に彫られているのは、この村に住んでいた人たちだと聞きます。亡者にならないよう……鬼に変化しないように、と」
供養の意味もあるのだろう。石碑の前には少しばかりの花と、いくつかの
──私にできるのは、これぐらいです。だから……
そんな彼らを見つめ、軽く微笑んだ。そして両目を細め、石碑へと視線を走らせる。
その瞳は黒真珠……ではなく、業火な
けれどそれが見えているのは、どうやら
──私は、あなた方の無念を晴らす術を知りません。安らかに眠ることができないのは知っています。だから、教えてください。何が、怖いのか。何を求めているのかを。
視覚と聴覚を使って、暗い塊たちの声を聴く。
『苦しい……』
『なぜ……なぜ、産まれたばかりなのに』
『ま、ま、どこ?』
耳を塞ぎたくなるほどの叫び声が、いくつも飛び交った。絶叫は亡者の嘆きとなって、
「……っ!?」
膨大かつ、恐怖でしかない亡霊たちの前で、
そのとき、隣にいた
「……ここの魂たちは、呪いによって、成仏できなくなっています」
「呪い?」
彼に支えられながら、
「恨みや哀しみ。そういった負の感情が呪いとなって、
太陽よりも薄い色。けれど異常なまでの熱さを持つ
「よ、よくわかんねーけど……
黒から変化した
そんな彼の気遣いに、
「私は、生まれながらにある力を持っています。それのせいで……」
──そう。その力のせいで私は、ずっと迫害され続けてきた。國だけじゃない。父も、母ですら、私を恐れていた。唯一……叔父上や、外叔父上たちだけが、私を愛してくれた。
亡霊たちの負の感情にひきずられていくように、少しずつ闇へと誘われていく。それを阻止しようと首を左右にふるけれど、この世の者ではない彼らの元へと心がよっていった。
「
ふらついて、今にも気を失いそうになっている
「……っ!?」
──ふたりの気持ちが伝わってくる。亡者たちに引きよせられていく私の負の感情を、光で包もうとしている。
手汗がすごい。額から流れる冷や汗が気持ち悪い。それでも、ふたりの想いを無下にはできかった。
瞳に力を入れ、暗闇だけの視界を
「
隣で支えてくれている
そして懐から扇子を取り出す。片足で地面に円を描き、扇子を一振した。瞬間、扇子から冷気を含む風が吹き荒れる。
「……っ!? な、何だこれ!?」
誰よりも先に声をあげたのは
驚きがすべてを押し潰していった矢先、足元が妖しい深紅の光を放つ。その光が冬の風を、暖かなものへと変えていった。
「え!? これって……
「黙っててください! 集中できなくなる!」
額に汗を滴す。
まっすぐ亡霊たちを見据え、扇子でもう一度風をおこす。すると不思議なことに、風は一ヶ所に集められていった。小さな渦を巻き、美しい結晶になっていく。
足元の
そして、
これには
「私にできるのは、あなた方の魂をこの場から解放することだけです」
大人、子供、言葉すらわからぬ赤子など。村で暮らしていたであろう人々の姿を目に焼きつけた。
そして扇子を宙へと放り投げる。再度片足を滑らせ、落ちてきた扇子に息を吹きかけた。
瞬間、扇子は美しい花へと姿を変える。蒼い。けれど透明な硝子のような、透き通る花だ。その花を手に取り、
「……彼ら、に、これ、を……」
体力の限界がきたようで、
「これ、渡せばいいのか?」
「……はい」
力なく首を上下に動かした。
「えっと……これを、受け取ってくれないか? ……ってか、言葉通じるのか?」
それでも
そのとき、亡霊たちは無言で花へと手を伸ばした。すると花は静かに砕け散っていく。同時に、亡霊たちは
残された
「あの亡霊たちは、ここから先の道を塞いでいました。彼らの許しがない限り、先へは進めません」
誰よりも情報を持ち、たったひとりだけ理解している
石碑に書かれた名前は、
永遠にさ迷い続け、同じ亡霊になるしかなかった。
「
元気な花ならば何でもよかった。亡霊となった彼らには花の区別など、つきはしない。
一呼吸置いて、淡々と伝えていった。
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