第17話 戯山《ぎざん》は王都への近道。だから向かいます

 太陽の光が真上に差しかかった頃、一行は山を抜けて参道を歩いてた。人通りはあまりなく、猫やうさぎなどの野生動物が行き交いしている。

 周囲を雑草に囲まれた整備されていない砂利道を進み、彼らは王都へと向かっていた。





「──殺四悪夢コロシアム?」


 旅の途中から加わった男、李 珍光リー ヂェングアンから聴かされた話に、全 紫釉チュアン シユたちは首を傾げる。

 國の地理を把握していない全 紫釉チュアン シユはもとより、爛 梓豪バク ズーハオですら聞いたことのない場所のよう。ふたりは息ぴったりと、李 珍光リー ヂェングアンへ尋ねた。


「そうッス。ここから南東へと進むと、そういう名前の古びた建物があるらしいッスよ。何でもそこは、昔は村だったらしいッスよ。だけど村人全員が妖怪に殺されて、誰も住まなくなったらしいッスけど。で、そこが王都へと近道でもあるんッスよ」


 李 珍光リー ヂェングアンは身震いしながら語る。どさくさに紛れて爛 梓豪バク ズーハオに抱きついた。

 けれど抱きつかれた彼は苦笑いだけで済ませ、振り払おうともしない。


「…………」


 それを見ていた全 紫釉チュアン シユは頬を膨らませ、ふたりを睨んだ。

 爛 梓豪バク ズーハオは小さな悲鳴をあげ、すぐに李 珍光リー ヂェングアンを体からひき剥がす。


「な、なあ阿光アーグアン、それってもしかして、枌洋へきようの村のことか?」

 

 慌てふためきながら、話題をすり替えようとした。けれどすぐに全 紫釉チュアン シユが彼の耳の先を掴む。

 

「ちょ……阿釉アーユ!? お、俺が悪かったよ。だからさ、な?」


 強気になれない彼を相手に、全 紫釉チュアン シユの瞳は冷めていった。ふにふにとした耳たぶを離し、彼にあきれたようなため息を送る。

 微妙な空気の原因とも言える李 珍光リー ヂェングアンへは見向きもせず、自身の膝の上に乗る子供を見下ろした。

 ロバに跨がる全 紫釉チュアン シユの膝の上には、七歳の姿になった白月パイユエがいる。一日たつにつれ、何歳も成長するという不思議な子供だ。赤ん坊や三歳だったときの面影はある。そして何より、性別が明白にわかる外見となっていた。


白月パイユエは、男の子らしい顔立ちをしていますね」


 パッカパッカと、ロバのひづめが砂利を蹴る。蹴った小石が爛 梓豪バク ズーハオへと当たり、彼はロバと口喧嘩を始めた。 

 そんな爛 梓豪バク ズーハオを微笑みながら瞳に入れ、子供へと視線を戻す。


 漆黒の髪色を揺らす白月パイユエの目鼻立ちは整っていた。凪の眉に、少しばかりのタレ目。それを大きく見せるのは、健康的な肌だ。色白とは言わないが、それでも爛 梓豪バク ズーハオ李 珍光リー ヂェングアンのように、健康的な肌色をしている。

 

 ──私のように、血色が悪い顔色をしているわけではない。そこだけが救いですね。


 全 紫釉チュアン シユの肌はこの場にいる誰よりも白かった。体調の悪いときは、色をなくすほど。氷漬けにされてしまい、爛 梓豪バク ズーハオに助けだされた直後が、そのような肌色だったと彼に教えられた。

 

 ──髪も、肌も。私は普通の人間より薄い色だ。それが、どうしても好きになれない。


 髪や肌の色が原因で、誰にも言えない闇を抱えてしまっている。それを言葉にしないのは、全 紫釉チュアン シユ本来の性格のせいでもあった。

 黙って時がすぎるのを待つ。言われるがまま、言われたい放題に罵倒を浴びたとしても、我慢すればいい。そんな気持ちで日々を過ごしていた。


 ──白月パイユエは私とは正反対のようですし、その心配はないですね。


 苛められることを恐れ、過保護になりつつある。そんな自分の性格を把握していながらも、とめられるものではなかった。だからそこ、爛 梓豪バク ズーハオという男に頼ってしまうのかもしれない。


 ──彼は、私とまったく違う。誰とでも仲良くなれて、人当たりだっていい。常に前だけを見て、弱気になったりしない。


 そんな性格が羨ましいと思う反面、憎らしいとすら感じていた。けれど、口にすると関係が拗れてしまう可能性がある。

 そう気づき、ため息だけにとどめた。


「──爛清バクチン枌洋へきようの村について、どこまでご存じです?」


「え? ああ……戯山ぎざんふもとにあって、妖怪の住み家だって聞いたな。それにあそこの奥地には、冥界……人間の住む世界とは違う、闇だけの國に繋がる洞窟があるって聞いたな」


 腕を組みながら、一生懸命考えているよう。間違ってるかなと、全 紫釉チュアン シユに視線で問いかけていた。


 全 紫釉チュアン シユは軽く頷く。白月パイユエをロバの背中に残し、砂利道へと降りた。近くにあった落ちている枝を拾う。

 

爛清バクチンの言葉は間違いではありませんが……戯山ぎざんという山は、正確には妖怪の住み家ではありません」


 砂利道の小石を退け、土を晒けだした。そこに枝で丸を描く。丸の中に戯山ぎざんという文字を書き、右端に小さな丸を描いた。その丸を塗り潰し、枝を置く。


 爛 梓豪バク ズーハオたちは興味深く、描かれたそれを囲んだ。


「あの山には、確かに妖怪がいます。ですが、とるに足らない……何の力も持たない普通の人間ですら、退治できるほどに弱い妖怪ばかりです」


「え? そ、そうなのか!? 俺はてっきり、闇の世界を統べる王様並みの強さを持つ妖怪たちがいるものとばかり……」


 こりゃあ驚きだ。

 素直な気持ちで、声をあげる。


「そう言われているのには、ちゃんとした理由があります」


 彼の実直なまでの表現に微笑みを送り、枝を持ちなおした。戯山ぎざんと書かれた丸の外に文字を足していく。


 戯山ぎざんの奥地にある洞窟から漏れる障気しょうき、それが山全体を囲んでいた。常に薄暗いことも手伝い、障気しょうきというものが妖怪の姿に見えてしまう。

 これは人間の深層心理にある恐怖が見せる、幻の一種でもあった。


「誰でも苦手ものはあります。ましてやそれが妖怪となればなおのこと、嫌悪感や恐怖心が強くなります」


 人の心が作りだした幻影が独り歩きし、口伝てで広まったのではないだろうか。


 全 紫釉チュアン シユは、自分の知る限りのことを彼らに教えた。ふと、さんにんの姿を確認する。


 白月パイユエはロバから降りている。小石を退けて地面に正座して、真剣に聞いていた。


 李 珍光リー ヂェングアンは両腕を首の後ろに回して「へー」と、感心している。


 爛 梓豪バク ズーハオは立ったまま腰を少し曲げ、顎を触りながら何度も頷いていた。


「……昔は妖怪だらけの地だったそうです。けれど百五十年ぐらい前からは、花が咲き乱れる美しい地になったと聞きます」 


「…………あっ!」 


 何かを思い出したかのように、爛 梓豪バク ズーハオはハッとする。頭を掻いて、困惑したように眉根をよせていた。


「そう言えば、お師匠様からそんな話を聞いてたよう……な?」


「いや、何で疑問系なんです?」


「え? だって、あんまり覚えてないって言うか……勉強苦手で、歴史の殆ど覚えてねーもん」


 両腰に手を置いて開きなおる。

 李 珍光リー ヂェングアンは、彼のそんな残念な部分をやんやしていた。


「誉めてませんからね?」


 全 紫釉チュアン シユ、そして白月パイユエですら、ふたりの男を残念なものを見る目で凝視する。

 全 紫釉チュアン シユは笑っている爛 梓豪バク ズーハオのおでこを指で弾いた。

 彼は小さな悲鳴をだす。


「──話を戻しますが、その戯山ぎざんの近くにあった枌洋へきようの村……今では殺四悪夢コロシアムという名前の建物があるだけの場所を通れば、王都への近道ということですよね?」


 白月パイユエを抱きしめながら、爛 梓豪バク ズーハオを見つめた。


「うっ……お、おう! そ、そうそう」


 爛 梓豪バク ズーハオはたじろぎながら、何度も頷く。隣にいる李 珍光リー ヂェングアンとひそひそ話をしては、戸惑っているようだ。

 李 珍光リー ヂェングアンが「爛兄バクニィ、本当にこの人に弱いッスね」と言えば、彼はうるさいと顔を真っ赤にする。


 そんなやり取りを横目に全 紫釉チュアン シユは、そそくさとロバに跨がった。膝の上に子供を乗せ、爛 梓豪バク ズーハオへ紐を持つように頼む。

 彼の落ち着かない行動に疑問を浮かべながら、ロバの背中に乗って戯山ぎざんへと向かっていった。

 

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