第16話 自覚なしイチャイチャは子供には毒です

 三歳から七歳へと、成長を遂げた白月パイユエ。異常とも言える成長速度に大人たちは驚いていた。

 それでも目的地へと進まなければならなかったため、彼らはロバをひき連れて移動を開始する。

 ロバをひいて歩くのは、爛 梓豪バク ズーハオだ。隣には弟弟子の李 珍光リー ヂェングアンがいる。ロバの背中には全 紫釉チュアン シユが跨がり、その膝の上に子供を乗せていた。

 



「──母上、あの人……李 珍光リー ヂェングアンはもしや、父上と恋仲なのでしょうか?」


 楽しそうに昔語りをしている爛 梓豪バク ズーハオ李 珍光リー ヂェングアンを見つめながら、子供は突拍子もないことを言いだす。

 

 全 紫釉チュアン シユは目を丸くし、先を歩くふたりの背中を見つめた。


 爛 梓豪バク ズーハオは楽しそうに大笑いしている。李 珍光リー ヂェングアンの背中をバシバシと叩きながら、お腹を抱えてもいた。

 李 珍光リー ヂェングアンは彼の隣にべったり。腕を組んでいるわけではないが、それでも顔が近いと苦情を言いたくなるような距離だった。


 ──別に、爛清バクチンが誰と仲良くしようと、私には関係ありません。あのふたりは修行仲間のようですし。


 無意識なのだろう。全 紫釉チュアン シユは頬をぶっすうと膨らませていた。膝の上にいる子供の髪を、行き場のない怒りをぶつけるように素早く巻きつけていく。


「……母上、焼きもちですか?」


「違います! 私はそんなの知りません!」


 ──そうですよ。私が焼きもちなんて焼くわけがない。だって爛清バクチンは、ただの旅仲間なんですから。


 腹の底から涌いてくる怒りや焦りが、大きな瞳を潤ませてしまう。白月パイユエの頭へ顔を埋め、ぐすんっと、鼻水をすすった。


「……っ!? 母上……むむっ!」


 子供は爛清バクチンを睨む。そして彼の長い黒髪を引っぱった。


「い、てっ! は? え? な、何!?」


 楽しく会話をしていた矢先の出来事に、急いで振り返る。子供に引っぱられていると知ると、困惑した表情になった。


「え? 白月パイユエ、どうしたんだ?」


 退屈かと聞く。


 子供は手を離し、頭の上でべそべそといじけている全 紫釉チュアン シユを撫でた。爛 梓豪バク ズーハオを睨みつけ、ことの顛末を伝える。


「……あー、それは……すまん」


 彼自身、全 紫釉チュアン シユを放っておいたことに罪悪感があるよう。美しい銀髪を少しだけ手にとり、困った様子で軽く謝った。


 全 紫釉チュアン シユは顔をあげる。男とは思えないほどに大きな瞳で、彼を見据えた。


「……あなたの交友関係に口を挟む権利は、私にはありません。懐かしい人との再会が嬉しいという気持ちもわかります」


 全 紫釉チュアン シユはぷいっと、そっぽを向く。子供っぽく頬を膨らませながら涙を溜めた。


「だけど……」


 ギュッと、白月パイユエを抱きしめる。


「えっと……寂しかったって事、か?」


「な、ば……ち、違います! 私は別に寂しいとか、ありません!」


 図星だったのか、顔を真っ赤にさせた。怒り半分、恥ずかしさ半分。がーと、心の底から恨み辛みのようなものを口にしてしまう。


「私のことなんて、どうでもいいんですよね!? そりゃそうですよね。ぽっと出で、何者かもわからない私なんかより、昔から知っていて信頼できる友の方が、一緒にいて心地よいはずですから」


 ──とまらない。爛清バクチンへの気持ちが、とまらない。こんなこと、言いたくないのに……


 爛 梓豪バク ズーハオを見れば、驚いた様子でほうけている。かと思えば、眉は徐々によっていく。隣に並んでいる李 珍光リー ヂェングアンはオロオロとしていて、それにすら見向きもしない。


「……阿釉アーユ、本気で言ってんの?」


「……っ!?」


 普段、にこにことしていて笑顔を絶やさない爛 梓豪バク ズーハオ。けれどこのような状況で笑顔でいれるはずもなく、眉根の先から怒りを表していった。かと思えば、一気にため息をつく。両手を腰にあて、あきれたようにため息をついた。


「あのなぁ。こいつとは三年以上、ずっと会ってなかったんだ。そりゃあ、懐かしさに花を咲かせるさ。それが駄目って言うのか?」


「ち、違います! そうじゃありません。私も同じことがあれば、爛清バクチンのようにしていたでしょうし……」


 反論する全 紫釉チュアン シユの声は震えている。抱きしめていた白月パイユエへの力を緩め、ロバから降りた。

 爛 梓豪バク ズーハオと真正面に立つ。けれど視線を逸らし、彼から放たれるため息だけを受けた。


「じゃあ、何が不満なんだ?」


 全 紫釉チュアン シユの両手を握って、優しく問う。答えてくれなければわからないよと、低姿勢で尋ねてきた。


「……わ、わかりません。何で、こんなにもイライラするのか。私にもわからないんです」


 ──自分の感情が押さえらえられない。私は、本当にどうしてしまったのだろう。


 爛 梓豪バク ズーハオに手を握られたからといって、心臓が熱くなるわけではなかった。見つめられたからといって、照れることもない。

 けれど彼が、楽しそうに誰かと話している。それだけで、胸の奥が締めつけられていった。


 泣きたくなってしまう。

 自分の鼓動を止めてしまいたくなる。


 そんな、不思議な気持ちに駆られていった。


「うーん……熱、はないよな?」

 

 爛 梓豪バク ズーハオが、全 紫釉チュアン シユの額を触った。そして額同士をくっつけ、体調の良し悪しを確認する。


 全 紫釉チュアン シユは驚きはしたものの、いやがることはなかった。おとなしく、彼のやりたいように、されるがままになっている。


「……よし。よくわからんが、すまん!」


「え?」


 唐突に、爛 梓豪バク ズーハオが頭を下げた。


 全 紫釉チュアン シユはわけがわからず、こてんと小首を傾げる。


「んんー! かわいい! ……じゃなくて! 俺が阿釉アーユを無視して、こいつと喋ってたことが寂しかったんだろう?」


「……わ、わかりません」


 全 紫釉チュアン シユは自分の気持ちの正体がわからず、どう答えたらいいのか迷った。

 両指をモジモジとする。笑顔の爛 梓豪バク ズーハオを見上げ、瞳を潤ませる。


「な、何で、こんなにも胸がざわつくのか。私にもわからないんです」


 再度、上目遣いになった。


「うっ、ぐっ!」


 すべてにおいて全 紫釉チュアン シユに弱い爛 梓豪バク ズーハオは、言葉を詰まらせる。もういいからと、あくまでも弱腰になっていった。




 そんなふたりを目撃していた李 珍光リー ヂェングアンは、子供の両目を手で覆って隠してしまう。


「……父上と母上が見えません」


「見ちゃ駄目ッス。これは、子供は見るものじゃないッスから」


 李 珍光リー ヂェングアンは遠い目をしていた。はははと、から笑いをしている。それでも何かを確認するかのように、全 紫釉チュアン シユへ「ちょっと、いいッスか?」と、尋ねた。


「……あのぉ、一応聞くッスけど、ふたりは付き合ってるんッスよね?」


 こんなに見せつけられたのに、恋人ではないのはおかしい。ハッキリと伝える。


「んん? 何、言ってんのお前。俺と阿釉アーユ

、男同士だぞ? 付き合うなんて無理だろ。ましてや、好きってわけじゃねーし」


 利害の一致で行動をともにしているだけ。ふたりは曇りなき眼で答えた。




「…………」


 瞬間、李 珍光リー ヂェングアンの顔から笑みが消える。真顔になり、白月パイユエの目から手を退かした。


「……そんなんだから、すれ違いが起きるんッスよ」


 虚しく呟かれた言葉は、彼らには届かない。もう距離がどうこうではなく、ふたりの心の鈍さが問題なのではないだろうか。

 李 珍光リー ヂェングアンはふたりを見ながら、ボソッと口にした。

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