第14話 山中で出会ったのは懐かしい人

 全身黒ずくめの男は、体重を感じさせない身軽さでさ降りてきた。ギラギラとした瞳でふたりを見つめ、少しずつ距離を縮めていく。

 

 爛 梓豪バク ズーハオはそんな男を見返し、静かにため息をついた。小刀から手を離し、頭をポリポリと掻く。


「…………」


 無言で、黒ずくめの男の布へと手を伸ばした。


 男は意外なほどに抵抗をしない。それどころか、そうされることを待っているかのようだった。

 やがて顔を隠していた布が取れる。するとそこから現れたのは、口元の黒子が印象的な二十歳前後の男だった。 

 肩ほどまでに切り揃えられた黒髪を、後ろで少しだけ縛っている。整った顔立ちはしているものの、どこか幼さを残していた。

 

 そんな男は、にっと笑う。そして……


「──爛兄バクニィ、見つけたー!」


 爛 梓豪バク ズーハオを親しげに兄呼びしながら、彼へと抱きつく。


「あ、阿光アーグアン!? 何でここに!?」


爛兄バクニィ、何で三年間も、俺の前から姿消したんッスか!? 師範に探すなって言われてたけど……それでも俺は!」


 グリグリと。甘えん坊のように、彼の胸板へ顔を埋めた。


 爛 梓豪バク ズーハオは両目を見開く。引っついてくる男を半ば無理やり剥がし、離れろと伝えた。

 

「お前、まさかずっと俺を探してたのか!?」


「当然ッスよ。爛兄バクニィは、俺の憧れなんですから。ところで……」


 男の視線は全 紫釉チュアン シユへと向けられる。


「誰ッスか? ものすごい、美人さんじゃないッスか!」


「ん? ああ、全 紫釉チュアン シユって言って、俺は阿釉アーユって呼んでる」


 

 名前を呼ばれた全 紫釉チュアン シユは、頭を軽く下げて挨拶をした。けれど、置いてきぼりを食らっていたことに違いはない。

 白月パイユエを抱っこしながら苦笑いし、話の中心になっている爛 梓豪バク ズーハオの隣へ並ぶ。

 なぜか照れている彼の脇腹を小突き、睨みを利かせた。


「うっ! ち、ちゃんと説明するよ。しますから、そんなに睨まないでくれー!」


 爛 梓豪バク ズーハオ全 紫釉チュアン シユには勝てない。たじたじになりながら、後ずさった。少しだけ子供っぽい笑みを浮かべる。 

 

「えっと……こいつは俺の弟弟子で、名は【李 珍光リー ヂェングアン】。俺と同じ半妖ではあるけど、俺よりも優秀なんだ」


「何、言ってるんッスか!? 爛兄バクニィの方が凄いじゃないッスか。誰もできない術……黒いほのおを出せるんッスから」 

 

 ふたりは、彼らしか知りえない物語に花を咲かせていった。




 彼らの会話に横やりを入れることすらできない全 紫釉チュアン シユは、ふたりを見ては頬を膨らませる。

 白月パイユエを地へと降ろし、小石を蹴る。疎外感が生まれてしまい、目には涙すら溜まっていった。すると……

 

「……ちちうえ、ははうえが、かわいそうですよぉ~」


 白月パイユエが、話に夢中になっている爛 梓豪バク ズーハオの服を引っぱる。たどたどしい言葉遣いで、構ってあげてほしいと彼に頼んだ。


 全 紫釉チュアン シユはしゃがみこみ、雑草をブチブチと抜いている。長い銀髪が地面について先っぽが汚れてしまおうとも、お構いなしだ。


 白月パイユエはとてとてと、かわいらしい足取りで全 紫釉チュアン シユの元へと歩く。背中にぴったりとくっつき、潤んだ目で爛 梓豪バク ズーハオを見上げた。

 子供の純粋な眼差しに加わるように、全 紫釉チュアン シユは振り向きざまに上目遣いになる。


「うっ、ぐっ!」


 全 紫釉チュアン シユの顔に弱い彼は言葉に詰まってしまったよう。


「お、お……俺が…………悪かったです」


 どうやら、敗けを認めたようだ。その場に土下座し、ふたりに許しをこう。


 ふたりはしたり顔になる。お互いの手を合わせ、ふふっと微笑んだ。

 ふと、全 紫釉チュアン シユが真剣な面持ちになる。


「……別に、昔話に花を咲かせるのは悪いことではありません。でも、何となくてすが……」


 もじもじ。普段の全 紫釉チュアン シユらしからぬ落ち着きのなさを指に含ませた。耳の先までタコのように真っ赤に染まり、ゴニョゴニョと口を動かす。

 

「そ、その……あなたが、他の人と楽しそうにしてるのを見ると、胸の奥が痛むんです」


 ──この気持ちの意味がわからない。私は本当に、どうしてしまったのだろうか。

 

 どうしたらいいのか。それすらわからなくなり、頼みの綱として、爛 梓豪バク ズーハオを見つめた。


「……っ!?」


 見つめられた爛 梓豪バク ズーハオも、全身を真っ赤に染めてしまう。


 ふたりはお互いに言葉を失い、ともにゆでダコ状態となっていった。

 



「……あれ? 爛兄バクニィ、いつの間に結婚したんッスか!?」


 そんなふたりを見ていた男──李 珍光リー ヂェングアン──は、何かを悟ったように閃く。他意のない発言で爛 梓豪バク ズーハオに笑顔で質問した。彼の両手を握り、ブンブンと勢いよく上下に揺らす。


「あー、でも。三年もの間いなくなってたんッスから、その間に結婚して、子供ができても不思議ではないッスね? 子供はそれなりに大きいから、いなくなってすぐってことッスか?」


 女に興味ないふりして実はムッツリなんだなと、わかったような口を訊いた。


「いやぁー。それならそうと、連絡くれたらよかったじゃないッスか。師範、きっと喜ぶッスよ。しかも、こんなに美人な奥方がいるなんて……」


 羨ましい。にやつきながら、肘で爛 梓豪バク ズーハオの横っ腹を小突く。


「は、はぁ!? ばっ! 何、言って……お、俺と阿釉アーユはそんな関係じゃ……」


 あわてふためいた。その瞳はかなり動揺しているらしく、視線が泳いでいる。


 李 珍光リー ヂェングアンは隠すことないのにと、茶化しにかかった。けれど全 紫釉チュアン シユが男だと説明を受け、驚愕の叫び声をあげる。


「お、男……? この、見た目で? 本当に、男ッスか!?」


 顔をひくつかせ、再度尋ねた。


 全 紫釉チュアン シユはそうですよと、営業的な笑顔を浮かべる。


「そ、そんな……こんなに美人で、きれいなのに……下半身には、俺や爛兄バクニィと同じものが、ふべーー!」


 最後まで言い切る前に、爛 梓豪バク ズーハオから重い蹴りを入れられてしまった。李 珍光リー ヂェングアンはその場でぶっ飛び、背後にある木へと激突してしまう。

 蹴った本人である爛 梓豪バク ズーハオは真っ青になりながら男の胸ぐらを掴んだ。


「ば、馬鹿やろー! 阿釉アーユの前で、そういう下品な発言……はっ!」


「さすがは兄弟弟子、発言が下品そのものですね?」


 全 紫釉チュアン シユの細長い指が、彼の肩を力いっぱい掴む。


「──爛清バクチン、お説教の時間ですよ? 子供の前で、下品な物言いはよしなさいと申し上げたはずですが?」 


 青筋を浮かべながら、笑顔を爛 梓豪バク ズーハオへと向けた。






 誰もが寝静まった夜の山中に「ひょーー!」という、奇妙な叫び声が響いていった。

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