第三章 懐かしい顔ぶれ

第13話 鳥さんは鳥さん。でも、妖怪は鳥さんではありません!

 関所を出てしばらくすると、雑草生い茂る山へと入った。

 太陽の光を遮るように並ぶ木々は、先が見えないほどに高い。それでも、木々の合間から陽光が射しこんでいた。豊かな緑と、冬に咲く花が美しい。空気も清んでいて、呼吸をするだけで自然の香りが嗅覚を誘った。




「あっ。しろい子がいます。ははうえ、あれはなんですか?」


「ああ、あれは兎ですよ。とてもふわふわしてて、可愛らしいですよね」

 

 ここには野うさぎや野良猫など。野生動物がたくさん生息していてる。白月パイユエに覚えてもらおうと、全 紫釉チュアン シユはロバの背中に乗りながらひとつひとつ説明していった。


「ほら、あそこにいるのは梟と呼ばれる鳥ですよ」


 指差した先には、白い羽に黒が混じった鳥がいる。首をくるくると左右に動かし、羽を大きく拡げては両眼をぱちくりしていた。

 その梟を興味津々に見ながら、きゃっきゃっと笑う白月パイユエだった。けれどすぐに笑顔が消える。小首を傾げては、大きな瞳が何かを追いかけるように動く。


「では、ははうえ。あれはなんという鳥ですか?」


 今度は、茶色い羽毛の鳥を指差した。


 全 紫釉チュアン シユは、好奇心旺盛な白月パイユエの頭を撫でる。優しく微笑み、鳥を見つめる。


「あれは……鳥です!」


「鳥、ですか?」


「そうです。鳥です」


「鳥ですかぁ~」


 あっさりと、全 紫釉チュアン シユは考えることをやめた。鳥だから鳥でいいという自由人っぷりを発揮し、教えるつもりがあるのかないのか。それすらわからない答えをだした。


 白月パイユエは、納得した様子で無邪気に笑っていた。




「…………いや。ちゃんと名前、教えてやれよ」


 ふたりの微笑ましい姿を見物していた爛 梓豪バク ズーハオが、待ったをかける。苦笑いを通り越して、あきれてしまっているようだ。


「仕方ないじゃないですか。私は鷹と鷲の違いなんて、わからないんです」


 視線を鳥へと移す。

 茶色い羽毛と、かわいらしい眼が特徴の鳥が、枝に乗ってすやすやと寝入っていた。


 茶色い鳥ということしかわからず、全 紫釉チュアン シユは肩をすくませた。

 ふと、先ほどまで楽しそうにしていた白月パイユエが静かになっていることに気づく。


「……ん? 白月パイユエ、どうしました?」


 動物観察に飽きたのだろうか。ロバの背中に乗りながら、足をぶらぶらとさせていた。その表情は不貞腐れている。

 全 紫釉チュアン シユをちらりと見て、ぱっと視線を逸らした。


白月パイユエ、本当にどうしたんですか?」


 心配になってしまう。そう口にした。

 

 すると白月パイユエは、ロバをひく爛 梓豪バク ズーハオの華服の袖を軽く摘まむ。摘ままれた彼は振り向き、どうしたのかと尋ねた。


「ちち、うえ。ははうえと、いっしょに……」


 右手で全 紫釉チュアン シユを。左手で爛 梓豪バク ズーハオの袖を掴む。ぎゅっと、小さな手で握った。

 顔をあげてふたりを見ては、物言いたげに瞳を潤ませる。


白月パイユエ……もしかして、彼もロバの背中に乗せたいのですか?」


「……ん」


 子供が頷く。恥ずかしそうにもじもじとしながら、ちょっとだけ頬を膨らせた。


 ──ふふ。白月パイユエは、かわいい子ですね。それに、とても優しい。私だけでなく、爛清バクチンのことまで気にかけてくれて……


「……白月パイユエ、よく聞いてください」


 今にも泣きだしそうな子供の頬を触る。もちもちとした柔らかさに頬を緩ませながら、むにむにと手で遊んだ。

 白月パイユエを見下ろし、頭を撫でる。


「私も、彼も大人です。そんな大人がふたり乗れるほど、このロバさんは力持ちではありません。それに、どちらかが歩いてロバさんを引っぱっていかないと、進むことができません」


 ですよねと、白月パイユエではく、爛 梓豪バク ズーハオへ同意を求めた。

 

 爛 梓豪バク ズーハオは頷く。ロバをひく紐を少しだけ引っぱり、子供の頬をつついた。けれどロバには鼻で笑われたので、喧嘩ごしに動物を睨む。

 

「こいつめ! ……まあ、阿釉アーユの言うとおりだ。こいつは走るのは早いけど、大人ふたりを乗せるほど力持ちじゃねーんだ。俺まで乗ったら、多分潰れるだろうさ」


 優しく諭した。


 白月パイユエは理解したよう。うんと言い、ロバの毛並みをナデナデした。


「はは。白月パイユエは、ロバと仲良しだな。……とっ。それより阿釉アーユ、どこまで進む?」


「うーん。日が落ち始めてますし……このまま進むのは得策ではありませんね。この辺りで、野宿するしかないかもです」


 空を見上げれば、既に太陽の光が降りている。まだ青空ではあるものの、うっすらと星が見えはじめていた。月は確認できないけれど、寒さが数時間前よりも増している。


「まあ、それしかないか。よし! じゃあ、俺は薪を用意するよ。阿釉アーユはこの辺りの地面にある小石を片づけてくれ。白月パイユエは、阿釉アーユを手伝ってくれ」

 

 できるかと腰を低くして、子供に尋ねた。


 白月パイユエは元気よく返事をする。そして全 紫釉チュアン シユの隣に座り、一生懸命小石を集めては雑草の中へと置いていった。


爛清バクチンは、手際がいいですね。野宿には慣れてるのでしょうか?」


 隣でせっせと小石を手にする子供を見守り、言葉は彼へと向ける。視線も送り、薪を取りに出かけようとする爛 梓豪バク ズーハオの足を止めさせた。


「……お師匠様が、すっげぇ厳しい人でさ。ひとりで生きていくために、よく野宿を強いられたんだよ」


 そう語る背中は、少しばかり丸くなっているようにも見える。はあーと盛大なため息を溢し、頭を掻いた。ぶつぶつと、師匠への怨み節を呟き続けている。



 そんな彼に、全 紫釉チュアン シユは苦笑いを送った。


 ──爛清バクチン、背中に哀愁が漂ってますよ。聞いてはいけないことだったのかもですね。


 申し訳ないと思いつつ、声をかけようと腰を上げた。そのとき、くいっと、白月パイユエに華服の袖を掴まれる。


「ん? どうしました?」


 白月パイユエの指が、近くにある大木の天辺を指した。つられたふたりは、大木へと視線を走らせる。するとそこには烏がいた。ただ、普通の烏とは違い、頭がふたつ。肢が四本ある。


「……っ!? あれは、妖怪!」


 それに気づいた彼らは警戒を強めていった。


 全 紫釉チュアン シユ白月パイユエを背に隠す。爛 梓豪バク ズーハオはふたりの前に立ち、腰にさげてある小刀を手にした。

 

阿釉アーユ! 俺の後ろに……」 


「──よーやく、見つけたッス」


 爛 梓豪バク ズーハオの言葉に、誰かの声が被さる。


 烏の妖怪がいる木の天辺に、全身真っ黒な姿をした何者かがいた。片腕を止まり木のように差し出せば、烏の妖怪は羽を拡げてそこに四本肢を降ろす。


 謎の人物は烏の妖怪を撫で、全 紫釉チュアン シユたちを見下ろしてした。そして……


「探したっスよ。爛兄バクニィ──」


 布で隠された顔の中で唯一確認できる瞳を、強く光らせた。

 

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